生徒を守る気なんてなかった、はずだった
「えーと……今日は、座学だ。」
ジーク=アーベントは、いつものように欠伸を噛み殺しながら黒板の前に立っていた。
生徒たちは、もう慣れた様子でノートも取らずに聞いている。
中には堂々とお菓子を食べている生徒までいた。
「先生、また“何も教えない授業”ですか?」
前列のエルナ・リヴィエールが呆れ顔で言う。
「うん。俺が喋るより、実際に体験したほうが覚える。」
「でも、実技じゃないですよね?」
「……理論も、命かけたら身につく。」
「はあぁぁぁっ!?」
クラス中がつっこんだ。
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そのときだった。
校舎の外から、重い“轟音”が響いた。
──ドォンッ!!
窓が震え、教室の床が微かに軋む。
次の瞬間、悲鳴が上がった。
「外に……! 魔獣がっ!!」
生徒たちが窓際に駆け寄る。
見れば、訓練場の方向に、黒紫の靄を纏った巨大な狼の影。
瘴魔だ。
「訓練場って……レオンたち、実習中じゃ……!」
エルナの顔が青ざめる。
彼女の言葉を聞いた瞬間、ジークはイスを立てた。
その動きに、生徒たちは息を呑む。
──空気が変わった。
いつもの怠けた雰囲気が、一瞬で消え失せる。
黒い外套がひらりと揺れ、彼の瞳が鋭く光った。
「……全員、教室から出るな。窓も開けるな。
──死にたくなければ。」
そう言って、ジークは扉を開ける。
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外に出た瞬間、風が荒れ狂っていた。
瘴魔の咆哮が校庭を揺らす。
地面は抉れ、訓練場の生徒たちが防御結界を張って逃げ惑っていた。
「先生っ!」
レオンが叫ぶ。だが、ジークは返事をしない。
代わりに、靴の先で地面を軽く蹴った。
魔力が爆ぜ、足元の石畳が割れる。
「──鬱陶しい。」
一瞬。
ジークの姿が消えた。
瘴魔の巨体が、何かに切り裂かれたように崩れる。
風が止み、煙が上がる。
その中心に立っていたのは、
片手をポケットに突っ込み、ため息をつくジークだった。
「昼寝の時間が、減ったじゃねぇか……」
瘴魔が崩れ落ち、灰となって消える。
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レオンたちが駆け寄る。
「すっげぇ……今、何したんですか先生!?」
「何も。……ちょっと、面倒を片づけただけ。」
そう言って、ジークは彼らの頭を軽く叩いた。
「次からは、自分で守れるようにしろ。
俺は、お前らの保護者じゃない。」
けれど──
背を向けたその表情には、ほんのわずかな笑みが浮かんでいた。
その夜、教員会議室で。
「ジーク先生……また規模外の魔力を使いましたね。」
治癒魔法教師のリーネが呆れ顔で言う。
「しゃーねぇだろ。生徒がいた。」
「“守る気なんてなかった”っていつも言ってるのに、結局全力出すんだから。」
「うるせぇ。……俺が寝る暇がなくなるだろ。」
彼は椅子にもたれ、再び目を閉じた。
──だが、誰もが知っていた。
彼が一番“生徒思い”な教師だということを。




