034.短編 : ローレル・パルミ -片割れの神童-
『お前か、ローレル・パルミ少佐。"女狐"の遊びに狂わされた、哀れな兵士よ』
『......狂っていたのは、我が妹です。ただアリア様は――いえ、申し訳ありません。お忘れ下さい』
フェナンブルク王国の進軍を阻む北の関門。
春のシグヴァルド要塞は、暖かな日差しとは裏腹に、
帝国を脅かす敵が迫ろうとしていた。
"子狐"と呼ばれて参上したのは、片割れの神童。
国内では破廉恥だと、散々馬鹿にされたローブに身を包み、
愛する妹の魂を背負ったローレルは、アリアの命に従いこの要塞の警備に付いていた。
四天将来訪の報せはないまま、帝国の英雄は現れた。
そして示し合わせたかのような攻撃――この戦争の流れが変わろうとしている。
要塞内の誰もがそう思ったことだろう。
数刻後、戦斧を携えた英雄から、"告達"の命が出された。
子狐は短い返事と共に、魔術を準備する。
真実を胸にその足を進める、"風神"と"霊峰"、そして――
イェンスの魂を背負うこの魔術師のみに伝わる暗号。
『天つ霆よ、鳴け――』
最愛の妹の力を借り、ローレルは言の葉を紡ぎ始める。
『地の息よ、道となれ――』
アリアと共に作り上げた、戦場の常識を覆すこの魔術。
大気の電位を操り、"声"の道を作り出す。
双子の神童にのみに許された、絶大な力。
『我が言の緒を稲光に結び、風の綾に編み込まん――』
兵士の耳には鉄製の耳飾り――広い戦場に轟く、司令官の囁き。
『雲の裏は盃、枝走る光は舟、嵐は盾、風は綴じ紐、雷は標――』
創り上げた魔術は、アリアによって名付けられた。
至高の御業を目にした時、"風神"は涙したという。
『想い馳せ、共鳴せよ――』
対の魂が織りなす奇跡。
その銘は...
『霆鳴風之綴<インパルス・ウィスパー>!』
その刹那、四天将インペリエの声は、要塞を守る全兵士に届き始めた。
---
『インペリエ様!ご無礼をお許しください!貴方は生きねばなりませんっ!』
不落の城塞に入り込み、
帝国の英雄を降し、
"黒槍"と呼ばれる少年は今、インペリエの首を落とさんとしていた。
ゾーイ・バッケン四天将の報告にあった少年兵の話は、多くの帝国兵が眉唾物だと考えていた。
だが、四天将とアリアは違った。
そして今――フェナンブルクの"黒槍"は現れたのだ。
ローレルは躊躇せず、インペリエに風弾を叩き込み離脱させた。
『貴方が...かひゅっ――総隊長の仰っていた"黒槍"ですね。この先は絶対に通しません...』
複合属性魔法の発動には、他の者が想像も出来ないほどの膨大なマナを必要とする。
確実に術者の寿命を削るほどの過剰な負荷。
それは罪か――はたまた罰か。
『くぅっ...そおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
極限状態の神童は、死の淵で至る。
魔術の理、無詠唱呪文に。
---
ローレルは胸の輝きを強く感じていた。
まるで母の元に子が帰るかのような哀愁と、
目覚めさせてはならない怪物との対峙。
奇妙に同居する背反する二つが、彼女の脳裏を過る。
かつてアリアが言っていた、"呪い"という言葉。
黒曜石の穂先が深々と自分の胸を貫いたその時――不思議とその時を思い出した。
双子の妹であり、
愛すべき家族。
そして――狂人イェンス・パルミ。
彼女は帝国に深い業を、
それを断罪する獣を呼び覚ましたのだ。
---
===========================
記憶はここで途切れている...
===========================




