033.短編 : 呪いは巡る
イェンス自らが提唱した、"人間の魔石化"。
研究者としてのアリアでさえも、その足を踏み出せばもう戻れないという確信――
その技術が、決して侵してはならない領域に在るものであると分かっていた。
何故、魔物の体内には魔石が生成され、人族にはそれがないのか。
些細な疑問を投げかけたのはローレルだった。
それが悪魔の発明に繋がるとは、誰が思うだろうか。
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ゴア帝国の魔術研究機関には、様々なものが補完されている。
イェンスは、遠い過去にアリアが口にしたことを思い出す。
魂を吸ってしまう黒い石が、とある施設に保管されていることを。
刃から欠けたような鋭い破片。
運命を嘲り笑うその石は、とある戦場で拾われた。
アリア曰く、それは"呪いの黒曜石"と呼ばれていたのだった。
それは悍ましき執念、歪み過ぎた恋慕。
仮説と実験を行う時間は残されていなかった。
手段というより、もはや懇願に近かった。
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澄んだ水晶に向かって、イェンスは自身のマナを、そして生命力を限界まで注ぎ込む。
自らの死を前に――彼女は黒曜石をそっと手に取った。
『姉さん...ずっと一緒にいるから――ごめん』
声にならない謝罪が、唇の端から零れ落ちる。
マナがため込まれた水晶に、黒曜石を近づけた瞬間――
まるで喉の渇いた砂が水を吸うように、彼女の魂は吸い込まれていった。
残された"肉の塊"に、イェンスはもういない。
帝国初の忌むべき技術は、こうして誕生した。
――姉への愛と、虚ろな希望を道標にして。
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『貴様っ!狂っているのか!?隊員の命を使って魔石を作っただと!?』
四天将インペリエ・アルバスト・ゴアの拳が、石造りの壁を砕いた。
血が滲む拳を握りしめたまま、彼女は烈火の如く吼えた。
尊敬していた戦友が、踏み越えてはならない一線を越えた――その事実が、彼女の心を引き裂いていた。
『恥を知れ! 貴様が守ると誓った兵たちを、玩具にしたのか!』
人形となった無垢の少女は、不思議に思っていた。
なぜ――この人物に話してしまったのだろうと。
彼女の問いには、誰も答えない。
『...インペリエ様。陛下には既に事の顛末を委細報告しております』
アリアの声は、酷く平坦だった。
『これ以上追及しても、何も変わりませんよ』
握りしめた拳から、ぽたり、ぽたりと血が滴り落ちる。
『女狐めが...っ!』




