031.短編 : 双子の神童
ローレル・パルミ――彼女はゴア帝国領の港町で生まれた。
潮の香りが風に乗り、鴎の声が朝を告げる、その港町の名はカラドヴィーク。
人口は多くないが、少なくもない。
年中魚の香草蒸しが食卓に並び、ほとんどの家庭は漁によって生計を立てている。
そんな町の漁師たちを支える唯一の診療所。
それがローレルの生まれた家だった。
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彼女には仲の良い妹がいた。
名は、イェンス・パルミ。
ローレルと共に一卵性の双子として生を受けたのは、新暦245年の冬――過去に例がない程の寒波が町を襲い、数十人が吹雪の海に沈んでいった最悪の年だった。
二人の産声を風の音が攫う中、両親は新たな命の暖かさに心から感謝した。
幸か不幸か、港町の診療所には来客が絶えなかった。
漁で負傷する者と、喧嘩で怪我をする者――この町の女は特に気性が激しくて有名なのだ。
訪ねてくる女漁師の冒険譚を聞きながら育った二人は、なるべくして粗暴な女となっていった。
大きくなっても双子は常に町の女漁師と共にいた。
煙草を口に咥え、潮風と語らう。
気に入らない輩は拳で分からせる。
荒れ果てた毎日を過ごしていた。
そして、十七歳となり成人した彼女らは町民の舟を盗み、海に出た。
――262年の冬、"あの時"と同じ寒波が町を襲っていた日。
嵐の海に向かって、二人の若き冒険者は飛び出したのだ。
両親はもう二度と会えないだろうと、深い悲しみに心を捕らわれたその晩、
二人は何事も無かったかのように平然と戻ってきた。
パルミの操る風と、イェンスの操る雷――彼女らは嵐を手懐け、冒険から帰ってきたのだ。
双子の神童の噂は、ゴア帝国首都のヴォルガンまで広がった。
勿論それは――ただの与太話として。
誰もが真実だと、微塵も思っていなかった。
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翌年の春、本国から二人の使者が町を訪ねてきた。
膝まで伸びた白銀の髪、無表情の少女の名は、アリア・ヴェルディス。
そして――もう一人。
漆黒の髪に、黒々とした巻角。
人族と魔族のハーフである、リズベット・アーヴァンノルド。
『はああーやっと着いた!もうお尻カチコチだよー。あんな噂を信じてここまで来たんだからさあ、ちょっとは楽しませてくれないと嫌なんだけど。』
『リズ、元々信憑性の低い噂だと申し上げたはずです。もし、嘘偽りなく本物の神童であるなら――是非とも新設する部隊にお迎えしたいのです。あまり角が立つような振る舞いは控えてください』
『固いってアリアちゃーん。それじゃあずっと処女のままだよ?』
『うるっさい!よ、余計なお世話ですっ!』
港町を訪れた帝国の軍人達は御者を見送り、ゆっくりと歩き出す。




