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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第二章 -立志編-
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027.シグヴァルド要塞攻略戦(5)

――――此処は死地。

触れられるほど近く、そして離れ難い。

全ての命が等しく辿り着く場所。

"それ"はさも当たり前のように、図々しく、太々しく、私の傍らに佇む。

息遣いが聞こえるほどに。


敢然と構えるゴア帝国四天将インペリエは、私とハイネによる波状攻撃を正面から防ぐ。身長程もある戦斧に振り回されることなく、むしろ木剣を振るうかのような軽さを思わせる。大振りの攻撃の隙を土属性魔法で埋めるその戦い方は、既に斧術の極みに達しているように思えた。

ハイネは常に雷属性魔法を発動し、この強敵を感電させようと狙い続けていた。しかしその気配は一向に訪れない。インペリエは土を巧みに操り、鉄と鉄の接触を避けていた。


まさに、神業。

戦神の名を冠するに相応しい強者。

この強敵と相まみえることが出来たことを、私は心から喜んだ。


インペリエの巨大な戦斧が空気を切り裂く音は雷鳴のように響き続ける。攻撃の起点を掴めないまま、疲労だけが蓄積されていく。


「神の槍は空を割り、汝の敵を打ち払わん!稲妻矢<ライトニングアロー>!」

ハイネは槍を振るいながらも器用に詠唱し、手数を増やしていく。しかし戦神はさもそれを予知していたかのように、ほぼ同時に詠唱を始めていたのだ。


「礫よ、顕れよ。石弾術<ストーンシュート>」

拳大の石塊が同時に複数生成され、雷の矢と激突し相殺する。硝煙の中――その内のひとつが、私の鳩尾目がけて風を裂いて迫った。咄嗟に槍で受け止めようとしたが、石塊の重量と速度は想像を遥かに超えており、防御を突き破って腹部に深々と突き刺さった。


「がはっ...!」


息が――出来ない。

肺から空気が全て押し出され、身体が激痛に支配された。膝が震え、槍を握る手に力が入らない。


「悪く思うな、少年」

インペリエは躊躇なく腹部に蹴りを叩き込んだ。鈍い音と共に、私の身体は紙切れのように飛翔する。

石造りの壁に叩きつけられ、背中を打った衝撃で口から血が溢れ、視界が霞む。

自分の内側から、聞こえてはいけない音が響いてくる。


「セラくん!」

ハイネが心配の声を上げながらもインペリエに食い下がった。槍を美しく回転させながら、斧の軌道を読み切ろうとする。巨大な戦斧を正面から決して受けないよう、角度をつけて攻撃をいなし反撃の機会を窺っていた。


武器が交錯する度に火花が舞い踊る。

それは――嵐のようだった。

同時に、遥か高みを頂く者達の、神聖な儀式でもあった。

身体を支配する痛みを忘れてしまう程の戦い。


「うおらああああああああああああああああああああ!!」


ハイネの咆哮が要塞を震わせる。


この瞬間、私は理解した。

――彼女は私に対して、一度も本気を出していなかった。

悔しくもあり、誇らしくもある。戦友の勇姿は、かくも美しい。


数多の剣戟を経て、ハイネの槍はインペリエの膝に深く刺さるも、追撃することなくハイネはすぐに離れた。刹那、その場から巨大な岩の槍が突き出たのだ。


「見事也!フェナンブルクの"雷神"よ!我が国の同胞を数知れず屠ってきただけのことはある。」

インペリエは戦斧を地面に突き立てた。その瞬間、彼女を中心に土魔法のマナが広がっていく。

「これを戦場で見せるのは初めてだ。誇るがいいぞ―――」



「沈め、靴音。鎖せ、泥脈。伏せよ大地、刃を孕みて渦を成せ。陥渦岩棘<テラズマスパイン>!」


周囲が瞬時に泥沼に変わる。ハイネは沈んだ足を慌てて抜け出そうとした瞬間、絶叫が響きわたる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「返しの棘だ。もう貴公はそこから出ること叶わぬ」


どうやらあの沼の中では、岩の棘がハイネの両足を食いちぎろうとしているらしい。

インペリエは躊躇なく走り出した。沼に足を踏み入れても――沈まない。見ると彼女の足元だけが、岩の足場を形成している。すでに人の領域から大きく足を踏み出している。

戦斧を両手で握り、確実に息の根を止める一撃を打ち込むつもりだ。


「振り下ろされし天雷はっ!番犬となりて簒奪者の腸を食い破らん!雷鳴斧<サンダーアクス>!」

動けないながらもハイネは雷属性魔法で反撃した。地を這う斧状の雷撃がインペリエに勢いよく飛んでいくが、最小限の動きで躱し着実に距離を詰めていく。


まずい、死ぬ。ハイネが死ぬ。

―――初めて出来た、大切な仲間を失う。


それだけは、


絶対に、


許せねえ。


「神の槍は空を割り、汝の敵を打ち払わん!稲妻矢<ライトニングアロー>」

斧を振り上げた戦神の視界を――黒雷が一閃。

動きを止めた怪物はゆっくりと私を見る。その瞳には警戒と、そして僅かな興味。

インペリエは素早くハイネを岩の壁で覆った。


「今のは貴公がやったのか、"黒槍"」


「ハイネっ!そっちは自力でなんとかしろ。オレはこの女と踊らなきゃならねえ!」

「セラくんあかん!はよ逃げえっ」


軋む身体を無理やり起こす。

不思議と痛みは感じない。

鼓動の高鳴りは鳴りやまない。


黒曜石の穂先を、前に向ける。

――敵は戦神。

これから私は、聳え立つ霊峰に挑む。


「魅力的な誘いだな、”黒槍"」


その敵は戦斧を肩に担ぎながら、獰猛な笑みを浮かべた。


「ステップは...踏めるのか?」






「踊りながら覚えてやるさ。いくぜ――その首、オレに寄越しな!」



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