014.仲間、肩を並べて
訓練場の中央に立つ私に、ハイネは薄ら笑いを浮かべながら近づいてきた。周囲には大勢の見物人が集まっており、彼らの視線が私の背中に突き刺さる。選抜試験では魔法の使用を禁止していたが、ゆっくり歩を進める捕食者の目はそれでは満足出来ないと、強烈に訴えている。彼女が口にした「一戦お付き合い」という言葉には、明らかに別の意図が込められていた。
「セラくん、選抜試験では魔法が禁止やったけど、今度は実戦形式でええやんな。魔法アリでとことん、ねえ?」
ハイネの提案に、周囲の騎士たちがざわめいた。魔法を使った戦闘となれば、危険性が格段に上がるのは想像に難くない。しかし私は迷わず頷いた。バッケンとの死闘を経験した今、今後の為に魔法を使う敵との戦いに慣れておく必要があったし、そんなことより私はさっさと始めたいのだ。
「なんでもいいよ。好きにしろ。」
「ふふ、怖い顔して、おっかないなあ。」
ハイネは槍を構えると、私との距離を測るように軽く歩き回った。その動きは流麗にして繊細。それでいて大胆に間合いを測っている。円を描く槍の軌跡は独特で、距離感が掴み辛い。私も槍を構え、彼女の動きを注意深く観察する。姿勢は低く、地を這うように。
「うーん、低いなあ。それじゃあやり辛くてかなわん」
ぼやきにも聞こえるその一声と同時に、ハイネが動いた。彼女の穂先は美しい縦の弧を描き、地面を擦る。敵の間合いで戦うのは危険が多い。距離を詰めるべく全力でハイネに突進し、得物を差し込んで攻勢に出ようとしたその瞬間に、ハイネの口から呪文が漏れた。
「稲妻、駆けよ。電撃術<サンダーショック>」
小さな電気が彼女の槍先から迸り、私の槍を伝って手に痺れが走った。感じた事の無い不快感で咄嗟に槍を離し、後方に跳躍する。四天将のゾーイが水属性だったのに対して、ハイネは雷属性。属性が異なると戦術も大きく変わってくるのか。苦い顔をしていると彼女は器用に足を引っ掛け、手放してしまった武器を蹴って寄越した。
「緊張してはるの?かわええなあ」
ハイネの嘲笑に、奥歯が軋む音が頭蓋に響く。槍を拾い上げ、再び構える。今度はこちらから仕掛けた。低い姿勢から突進し、上中下段を同時に貫く槍技を放つ。しかしハイネすんでのところで槍の石突を地面に突き、脚力と合わせた長距離のバックステップで射程外に逃れる。一息で10mほど跳躍し、素早く態勢を整える。
「おっと。危ない危ない。」
今度はハイネが突進してくる。槍を突き立て空中に舞い上がると、私の頭上から詠唱が聞こえてきた。
「神の槍は空を割り、汝の敵を打ち払わん。稲妻矢<ライトニングアロー>」
矢状の雷撃を体を捻って躱そうとするが、私の肩を掠め制服が焦げた。ハイネは落下しながら第二撃で槍を振り下ろす。辛くも防いだが、当たっていたら勝負は決していた。
悔しい事にハイネの戦闘技能は、確実に私を上回っているようだ。槍術と魔法を組み合わせた攻撃に、抜群の戦闘センス。この女は、あの四天将と同じくらい強い。
「男の割には、確かに槍は上手やわ。でもなあ、ちょっと世間知らずなんと違う?」
ハイネの言葉に、私の眉間に皺が寄った。彼女は攻撃の手を緩めることなく、口撃も続ける。
「獣人の集落で育ったんやってなあ。ほんで人族の常識も知らんと騎士団に入って。分不相応や思われへん?あんたの親、教育がなっとらんのちゃう?」
その瞬間、私の中で何かが切れた。カルラを侮辱されることは、絶対に許せない。理性を失った私は、感情を隠す事なく猛攻するが、ハイネはそれを冷静に見切り、単純な足払いで倒れた私に切っ先を突き付けた。
訓練場の石床は冷たく、頭を冷やすのに丁度良かった。
「はい、君の負け。そないイキらんと、頭低く生きなあかんよ」
完敗だった。こうも簡単に負けるとは思わなかった。悔しさが込み上げてくるが、負けは負けだ。正面から戦って負けた以上、この相手は尊敬に値する戦士だ。私は素直に頭を下げた。
「オレの負けだ。強いな、ハイネ」
ハイネは少し驚いたような顔を見せた。彼女は私が泣きわめくか、負けを認めずに暴れると思っていたのだろうか。しかしそれは些末なことだ。自分のちっぽけな自尊心より、カルラから教わった戦士の矜持はずっと重い。
「...ふうん」
ハイネは槍を下ろし、私を見下ろした。その表情からは先ほどまでの嘲笑は消え、代わりに何かを考え込むような複雑な表情が浮かんでいる。
「天狗になってるんと思てたけど、あんた案外まともやな。てっきり子供みたいに泣いてまうと思ってたわ」
「泣くかよ。負けは負けだ。あんたの方が強かった。自分の弱さから目を逸らすほど、愚かじゃない。それも母さんから教わったことだ」
私の返答にハイネは小さく笑った。それは先ほどまでの薄気味悪い笑いではなかったが、何を考えているかは相変わらず分からない。ハイネが差し伸べた手を掴んで私は起き上がった。
「さっきの発言は撤回するわ。...かんにんな。」
「ありがとう、ハイネ。」
「...ほなら、これからよろしゅうな。隊長さん」
ハイネの一言に、周囲の騎士たちがどよめいた。フレデリックも凄まじい顔をしている。それほどハイネという女性は、この騎士団において一角の人物なのだろう。なんにせよ、ハイネが仲間になってくれるというなら非常に心強い。私自身、彼女から多くを学ばせてもらおう。
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途中で飽きて帰った者もいたが、選抜に参加したほとんどの騎士達が私の眼前に整列した。各ステージの乱戦を勝ち残った猛者は、一歩前に踏み出て私を見ている。横に立つフレデリックが私を肘で小突いて急かす。咳払いをひとつ。勝者の名を知らせるのは他の誰でもない、私の仕事だ。
「皆さん、選抜試験お疲れ様でした。では合格者を発表します」
「ビューラ・リー初級騎士!」
「は、はいっ!」
十六歳の少女が恥ずかしそうに前に出た。彼女はこの乱戦の中でただ一人、小型の弓と短剣を使った。当然無傷とは言わないが、この気弱に見える少女が他の騎士達を下したとは、何が起こるか分からないものだ。当然少女といっても私よりも年上なわけだが、顔にはまだあどけなさが残っている。
風属性の魔法適正アリ、身長は私と同じくらいだ。索敵能力を伸ばしていくのが良いかもしれない。
「ウィル・グッドマン初級騎士!」
「はい!」
三十二歳の男性騎士。周囲がほぼ女性の中で苦戦しつつも、泥臭い戦いでなんとか生き残った。彼の戦いを少し見ていたが、決して戦闘能力が高いわけではなかったように思う。特筆すべき点があるとすれば、ひたすらに立ち上がる胆力。しっかりと鍛え上げられた筋肉がそれを裏打ちするかのようだ。
若干の水属性魔法適正アリ、戦場に五度出ている。心強い経験者だ。
「フォウ・グッチ中級騎士!」
「...私だ」
二十八歳女性。土属性の魔法適正アリ。落ち着いた雰囲気を持つ黒髪の彼女は、冷静沈着な剣技で他の騎士達をねじ伏せた。絶対に二対一より不利な状況にならないよう立ち回り、自分だけでなく数十人を自分の制御下に置いていたのだ。最後の三名が残った時、グッチは武器も使う事なく二人を打倒した。末恐ろしい戦術眼だ。
「そして、ハイネ・フォン・ガリレイ上級騎士」
「はいはーい」
彼女の強さは身をもって知った。自分より強い者の背中を近くで追えるのは、戦士にとって幸せなことだ。必ずモノにして見せる。彼女の強さを。強力な雷属性の魔法適正アリ、二十歳女性。
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発表が終わると、新しい仲間たちが私の元に集まってきた。ハイネとフォウは堂々としているが、ウィルとビューラは緊張が見て取れる。全員私より長く生きているにも関わらず、私の下に付くことを選んだくれたのだ。期待を裏切らないよう全力であたらなくては。
「皆さん、これからよろしくお願いします。若輩ですが皆さんを先導していけるよう、尽力します」
「かったいなあ。ウチはともかく、みんなセラくんに付いていきたいから集まってんやし、もっと堂々としいひんと。フォウもそう思うやろ?」
急に意見を求められたフォウは慌てることなく、落ち着いた口調で答えた。
「ああ。これから隊が大きくなった時、そんな態度だとナメられる。隊長らしくしていろ」
どうやら全員が、私の思う以上に評価してくれているらしい。
「分かった。これからよろしくな、みんな。」
騎士団に入った当初、私はアムから散々指導された。しかし、フレデリック然り、ハイネ然り、この隊の皆は私の言葉にそういったものを求めていないように思う。ビューラは少し恥ずかしそうに微笑み、ウィルは安堵したような様子を見せた。私は彼女らと共に強くなり、血を流すことになる。
明日からは小隊として初めての訓練になるわけだが、私自身も魔法の理解を深めなければ。ハイネに教わるのは悪くない選択かもしれない。同じ槍術、同じ...と言っていいかは分からないが雷属性の魔法。戦いに幅を広げる為にも、"自惚れ"は捨てるべきだ。
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訓練場を後にして帰路につこうとすると、フレデリックが声を掛けてきた。
「良い仲間が集まったじゃないか。曲者も混ざっているがな。」
そういえばあの時、私は頭に血が上って彼の話を聞く気がなかったな。一応聞いておくべきだろう。仲間の事を深く知っておけば、連携する上で役に立つ場面があるかもしれない。
「なあフレデリック。あの時言いかけていたのは何だったんだ?」
「ん?ああハイネのことか。彼女はシンシア団長と同期でな。帝国との戦いに於いても十分な功績を上げている。本来であれば四星騎士になるべき人物だぞ」
四星騎士。つまりシンシア団長の次。それが上級騎士に甘んじている、いや居座っていると言った方が正しいのだろうか。
その後フレデリックに彼女にまつわる話を聞いた。完全な一匹狼で、集団に所属する事を嫌う。今まで入った小隊はすべて団長の命令に依るものだったらしいが、例外なく隊長が音を上げて脱隊を繰り返しているらしい。私と同じく小隊を任されたこともあったが、誰一人としてハイネに着いていける騎士はおらず、今に至るというわけだ。十五歳から戦場に出て、過去に出陣した戦いではほとんど大将首を獲ったそうだ。
そんな彼女についた異名が、"雷神"。
敵国でも同じように恐れられているというのだから、凄まじい強さなのだろう。
これからそんな人物を訓練するのだと思うと、武者震いがしてくる。フレデリックに連れられてこの国に来た時とは、私の気持ちは大きく異なっている。人族の集落を目指し森を彷徨っていった私は、国を守るという考えに長く違和感を覚えていた。しかし仲間がいるということが、これ程迄に自分を高揚させるとは。これから歩む道にも、肩を並べる仲間が、友がいたのなら...それが私の戦うべき理由になるのかもしれない。
これからが楽しみだ。




