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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第二章 -立志編-
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013.そして今、継いだもの

デミは執務室から私を強引に連れ出した後、研究室に案内した。以前来た時は入口までしか入らなかったが、今回は研究室の更に奥の扉を開け、薄暗く怪しい地下室に足を踏み入れていた。彼は上下関係をあまり好かないらしい。私には敬語を使わないよう願い出た。奇しくも私と彼は、同じ白髪、そして少年という外見に於いて通ずるものがある。私もあまり壁を感じる事無く、素直な気持ちを吐露してしまった。


デミの研究室で一通り話し終えた時、私は奇妙な安堵感を覚えていた。秘密を抱え続けるのは、思っていた以上に重荷だったらしい。デミは私の話を静かに聞いていたが、時折メモを取ったり、興味深そうに頷いたりしていた。その表情には嘲笑も軽蔑も無い。純粋な好奇心らしい。

万年筆をそっと置いて、デミは掌を見る。インクで汚れてしまったのだろう。無造作に手を軍服に擦りつけた。


「非常に、興味深い話だったよセラ。やはり君の魂に強烈な負荷がかかったという私の推論は正しかったようだね。まさか意思を持つ呪いとは。一人称が変わっているのは、君がセラではないから、なのかな?」

「いいや、違うよデミ。私は私だ。呪いではない。ただなんというか、この方が落ち着くんだ。人格にも少し変化があったらしい」


デミは立ち上がると、軍服のポケットに手を入れた。取り出した手には、何もない。今度は違うポケット。また何もない。何度もポケットに手を入れる。そこは今探したポケットだぞ。徐々に顔が曇っていくのを私はじっと見ていた。


「あれ...ないな...」


私は何を見せられているのだろうか...。

最終的に、彼は上着の内ポケットに目的の物を見つけたらしい。小さな"黒い"布切れを取り出し、私の前のテーブルに放り投げた。直に布切れ変化が現れ、薄緑色に変化していった。魔力適正検査に使った布だ。その布は、空気中のマナを吸って成長するマナトリ草の繊維で織られており、魔力の伝達効率が非常に良いことで知られている。以前見たものと大きく異なる点があるとすれば、パンくずのようなものが沢山ついているという事だ。汚い。


「せっかくだから、改めて魔力適正検査をしてみよう。さっき起きた出来事は、恐らく君の魂に変化が表れた今の状況に連動する現象だ」


さっき起きた出来事とは、執務室の一件だろう。もしあの時デミが持っていた布が、私の目の前にある布と同じものならば、それは恐らく...。

今の私の中には千の魂が宿っている。何かしらの変化があっても然るべきだろう。私は布に手を伸ばした。指先が触れた瞬間、轟音と共に漆黒の稲妻が走った。いや、私の体内から何かが溢れ出したという方が正しいかもしれない。布は瞬時にその稲妻に包まれ、焼け焦げて灰になってしまった。


「おほっ!これは...たまらないねぇ!」

「...たまらないか」


デミの目が輝いている。そして私自身、とても驚いた。デミの気持ち悪さにではない。

体の奥底から、感じた事の無い巨大な力が湧き上がってくるのを感じる。これが魔力というもの、なのだろうか。それにしても凄まじいな。確かにこうなってしまえば、世の女性がああも横柄に振舞うのもやむなしといったところか。


「セラ。君の雷属性魔法の適正は、私が知る限り最高レベルだ。しかも、通常の雷属性ではないね。黒い雷なんて、私も過去に聞いたことがない。騎士団の書物庫に何か参考になる文献が無いか探しておこう。まず間違いなく、君の中に宿る千の魂が影響しているのだろう。君は本当に特別な存在になったんだね」


胸の奥で相反する感情が渦巻いていた。力への期待と、それが他者からの借り物であることへの複雑さが。確かに強力な力かもしれないが、それは"彼"が残してくれた贈り物だった。そして同時に、千の魂を背負うという重い責任も感じていた。特別という言葉は、これほど物悲しいものだったろうか。揺れる蝋燭の火は、何も答えようとしない。


---


「セラ、これからは魔法の訓練も進めていくといい。ああそれと、悪いけどこの魔力適正検査の結果は騎士団内で隠すことは出来ない。戦略の組み立てに関わるからねえ。魔法の使い方は分からないだろう?君さえよければ、私が直接教えようか?」

「...いや、遠慮するよ。この力との付き合い方は自分で見定めたいんだ」


私は魔法を"使う"という感覚がさっぱり分からない。優秀な師が居ればきっと練達も早いだろう。それは自分自身が一番よく分かっているつもりだ。しかしこの力の事を、使い方を、誰かにとやかく言われるのはどうにも気分が良くない。私は向き合わなければならない。自分自身のこの力と。

私が軍服についてしまった燃え(かす)を払っていると、デミは壁の時計を見て、しまった、と小さく呟いた。何か大事な約束でもあったのだろうか。少し悩んでから、デミは口を開いた。


「すまないねセラ、悪いが今日はここまでだ。次も出来るだけ日中に尋ねて来てくれたまえ。但し、何か体に異変を感じたり、誰にも相談出来ないような状況に陥った時は、躊躇しちゃあいけないよ。いつでもいいから、私の研究室においで」

「ありがとう、デミ。」


短い礼をして、私はデミの研究室を後にした。朝からシンシアに呼び出され、その後すぐにデミとの密談。中々多忙な一日だ。次はフレデリックの元へ向かわなければ。小隊について相談する約束をしていたのだ。どうやら問題を抱えているらしかった。フレデリックには恩がある。何か力になれれば良いが。


---


フレデリックの執務室を訪れると、彼の机は山積みの書類に囲まれていた。シンシアの部屋ほど広くはないが、少なくとも私の家の五倍程度には広く感じる。槍を壁に立てかけて、彼の名前を呼ぶ。書類の山から出てきたフレデリックは戦化粧は落としており、普段の男性らしい姿に戻っている。無精ひげも戻ってしまった。私の姿を見ると嬉しそうな表情を浮かべた。


「セラ!待っていたぞ。実は君の小隊について、少し困った事態になっているんだ」


書類の山の中からばさりと紙の束を取り出して、私に手渡した。中身を見ると、どうやら騎士団の名簿のようだ。それぞれの階級や所属が記載されている。


「今朝の呼び出しの後、掲示板に小隊志願者募集の貼り紙を出したんだが、その束は全て志願書なんだ。現在までに百名を超える応募があってなぁ、選抜をしなければならない状況だ」


私は驚いた。まさかそれほど多くの騎士が志願してくるとは思っていなかった。


「百名も...いつも、小隊の応募はこのような形なのですか?」

「ははっ!まさか!男性の小隊長というだけでかなり稀有だが、募集しても大抵は数人だ。ここまで応募があるのは稀有なことだぞ!」


フレデリックの感情が昂りすぎている気がするが、きっと同性が活躍するというのは嬉しい事なのだろう。自分の事のようにはしゃいでくれる姿は、見ていて悪い気分はしない。父親とは、このような感じなのだろうか。今この時間がとても大切に感じた。顔が緩んでいたことに気づいたが気にしない事にした。


「それにしても、なんだあその口調は?別に二人の時は気を使わなくて良いと言っただろう」

「...そうだな。悪い、元に戻させてもらう」


若干の違和感は自分の中で燻っていたが、フレデリックがそう言うならそうしよう。


「フレデリック、選抜ってのはどうやるんだ?」

「本来はそれも小隊長が決める習わしだが、お前はまだ本調子ではないだろう。吾輩が取り仕切る事もやぶさかではないぞ」


私は迷わず答えた。

「いや、やるよ。でもオレが指導出来るのは体術や白兵戦くらいだし、分かり易く模擬戦にしたい。で、何人まで絞ればいい?」

「小隊はお前を含めて五人だな。だから四人まで絞る必要がある。中隊になると百人、大隊だと千人になるが、これは階級とは関係ない。シンシア団長のお考えでは、功績と仲間を率いる能力は同義ではないらしい。五星騎士になっても自分の隊を持たぬ騎士もいるのだ。」


まだまだ知らない事が多いな。"五星騎士"というのがどこに位置するかは分からないが、話の流れからして恐らく最高位を指しているいるのだろう。百人、千人の命を私は背負えるだろうか。はあ、まったく溜息が出る。おおよそ子供らしくない事ばかり考えさせられるこの現状に、そして自分を未だ子供だと認識している自分に。肉体の成長を早める手段はないものだろうか。


「...ちなみにその、五星騎士ってのは何人いるんだ?」

「シンシア団長ただ一人だな。上級騎士まではシンシア団長に権限があるのだが、一星騎士以上になるには国王陛下がお決めになるのだ。あのクソ女がな。」


聞き間違いだろうか。聞き間違いだろうな。でも少し...いやかなり気になる。しかし話が長くなりそうだったので、先に進める事にした。


「分かったよフレデリック、じゃあ選抜試験の内容は...」


---


三日後、選抜試験当日。第一訓練場には大勢の見物人が集まっていた。志願者だけでなく、多くの騎士たちが興味深そうに見守っている。私は訓練場の中央に立ち、集まった志願者たちを見渡した。

男性騎士は憧憬の表情で待っていたが、以外にも女性騎士が大半を占めていた。年齢も様々で、事前に目を通していた書類では、上級騎士も応募があったようだ。その中で、一際目を引く人物がいた。背が高く、太陽に揺れる小麦のような色の髪をした女だ。冷たく、獲物を見る獣の目。私は別に兎ではないが、彼女からは特別な圧を感じた。


「皆さん、集まっていただきありがとうございます。私はセラ・ドゥルパ。本日は私の小隊に入隊を希望される方々の選抜試験を行います」


私の挨拶に、志願者たちは緊張した面持ちで頷いた。


「ルールは単純。三十名一組で乱戦を行い、最後まで立っていた四名が合格です。武器は訓練用の木製武器を使用し、魔法の使用は禁止です。相手を戦闘不能にした時点で勝利とします。」


志願者たちの間にざわめきが起こった。乱戦という形式は予想していなかったのだろう。


「質問はありますか?」


志願者達は周囲の仲間と目くばせをしながらしばらく沈黙が続いた後、例の背の高い女性が手を上げた。


「ドゥルパ中級騎士、はっきりさせときたいんやけど、ええかなあ」


随分と独特な話し方をする女性だ。彼女の声は澄んでいてとても心地良い。しかし何故だか冷たさを感じさせるような声だった。


「君、ホントに四天将とやりはったん?」


男性騎士がすぐに文句を言った。疑うのか、とか失礼だぞ、とか。しかし多くの騎士はそれを見ていないのだから、仕方がないだろう。確かにゾーイは強かった。母さんの厳しい訓練があったからこそだが、戦闘力、応用力、判断力は敵ながら見事だと思う。とどのつまり、"彼"が席を譲ってくれなければ、私はあの場で戦死していたのは間違いない。そう考えれば、胸を張ろうなどとはどうしても思えない。


「...私から言う事は何もありません。皆さんが判断して下さい。」

「ふうん...ほなら、ウチが合格したら一戦お付き合い願えますか。」


それを聞いて横に立っていたフレデリックが割り込んだ。


「ハイネ、まだドゥルパ中級騎士は本調子ではない。それに、君は何を考えているんだ。中級騎士の下につく上級騎士など、聞いたことがないぞ」


なるほど、彼女が志願者の中で唯一上級騎士だったハイネ・フォン・ガリレイらしい。他の騎士と違ってかなり目立つ志願書だったのを覚えている。書面には参加した戦いや、今までどのような隊に所属していたかを記入する項目があったのだが、彼女のそれには何度も小隊への入隊と除隊処分が繰り返し記載されていたのだ。


「フレデリック様に言われたらかなわんなぁ。ドゥルパ中級騎士は男やし、子供やからね。かばうんも分かるけど...」

「...なんだと?」


凄まじい勢いで怒りがこみあげて来て、思わず口を突いて出てしまったが、知ったことではない。いい加減に性別や年齢に振り回されるのにはうんざりしているのだ。この女、許さない。絶対に泣かす。そんな私を見て、慌ててフレデリックが耳打ちしてきた。


「セラ!やめておけ!問題児を相手にするのは時間の無駄だぞ!しかもあいつは...正直言ってお前がかなう相手ではない!本来は四星...」

「うるせえ!母さんから言われてるんだ。ナメられたら分からせろってな!」


聞く耳を持たぬとは正にこの事だと、我ながら思った。ハイネの目は笑っていなかったが、口だけは薄気味悪く笑っている。完全に興味本位で選抜に参加したのだろう。よし、絶対に分からせる。


「おい、そこの女!選抜に残ったら相手してやる。噂が本当かどうか、自分で確かめてみろよ」

「おっかないなあセラ君は。男なのに勇ましいんやねえ」


何人かの女性騎士もつられて嘲笑する。

コイツら泣かす。絶対泣かす。


---


訓練場の中にフレデリックは土属性魔法で四つのステージを作り、志願者達は四組に分かれてそこに集う。ハイネは他の志願者たちと比べて明らかに落ち着いており、まるで結果が分かっているかのような余裕を見せていた。木製の槍を美しく肩に乗せながら、彼女はゆっくりとステージの中央で止まった。周囲の騎士達はそれ取り囲み、明らかにハイネから攻撃する体制を整えている。事前に打ち合わせでもしたのだろうか。それとも、そうしなければならない程の危険人物なのだろうか。まあ泣かすからどうでもよいのだが。


「皆準備はいいですね。...では一組目、始めっ!」


私の号令と共に、ハイネに向かって大勢の騎士達が襲い掛かる。ハイネは踊るように舞った。槍は美しい円を描き、的確に周囲の敵を葬っていく。私の槍術とは根本的に戦い方が違うようだ。規則的な円運動の中に鋭い突きが時折混ぜられ、リズムを崩されて皆倒れていく。背後からの敵にもしっかり対応しているし、戦士としては非常に優秀なのだということはすぐ分かった。


それぞれのステージで乱戦が繰り広げられていたが、興味本位で見に来ていた者は怪我をする前に自分からステージを降りた。剣、槍、短剣とそれぞれ得意な武器で臨んでいるようだが、木製でも当然怪我をするし、当たれば苦痛を伴う。遠目から見てもハイネのいるステージ以外が全て泥仕合になっているのは容易に分かった。


---


ほどなくして、残った四名が私の前に歩いてきた。ハイネ以外は体に傷を負い、息を切らしていた。皆逞しく、戦士の顔だ。自分を信じて着いてきてくれる人がいるというのは、望外の喜びだ。そんな人の為にも、これからの戦いで無様な姿は見せられないな。


「残った四名の方々、合格です。おめでとうございます。では...」



「ハイネ・フォン・ガリレイ上級騎士。約束通り一戦交えましょうか」


私の声に、ハイネは薄ら笑いで返し、槍をくるくると回しながら前に出た。訓練場に歓声が上がる。フレデリックの顔は心底疲れていると言った様相だが、瞳の奥に僅かながらの期待が見て取れた。きっと彼も、私が何かを成し遂げるのを待ってくれている人間の一人なのだろう。私も訓練用の槍を取り、近くのステージに上がった。


「そんなかたっ苦しい呼び方、嫌やわあ。ハイネちゃんでええからね、セラくん」

「...絶対泣かしてやるからな。」


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