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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第一章 -少年編-
12/38

012.ルクセン平原の戦い(3)

「セラ、すでに槍で傷をつけている。私の呪いで...」

「水を差すんじゃあねえ。」


私の申し出は間髪入れずに棄却されてしまった。カルラとも長く共に戦ってきたが、これほどまで心を動かされたことはなかった。元々カルラの頼みだったし、最初は興味本位だった。しかし彼女の息子が、十一歳の少年が、強敵を前に一歩も引かず槍を振るうその姿は、美しかった。美しかったんだよ、とてもね。


セラとバッケンの死闘は、既に開始から一刻以上も続いていた。両者とも重傷を負いながらも、一歩も譲らぬ攻防を繰り広げている。私は槍として彼らの戦いを見守りながら、この戦いが既に常人の域を超えていることを実感していた。十一歳の少年が一軍の将と互角に渡り合うなど、本来はありえないことなのだ。


バッケンの左目からは絶えず血が流れ続けており、視界の半分を失った状態での戦闘は明らかに彼女を不利にしていた。しかし、それでもなお彼女の剣筋は鋭く、衰えを見せない。一方のセラも、わき腹の傷から大量の血を流しており、その顔色は既に青白くなっていた。体力の消耗は激しく、息も荒い。それでも彼は槍を構え続け、バッケンの攻撃に対応し続けていた。


「君とは...肩を並べて戦いたかったよ、セラ」

「...アンタが敵じゃなかったらよかったのにな。ゾーイ」


両者の短い問答には、言葉以上の何かが込められていた。実力を認め合い、命を賭して戦った者同士の、戦士としての敬意だ。周囲では、異変に気づいた騎士たちが徐々に集まり始めていた。彼らは恐る恐る戦いの様子を見守っている。誰も加勢しようとは思わなかった。出来なかった。目前の信じ難い光景を目の当たりにして、誰もが息を呑んでいた。後に一人の騎士が語っていたよ。伝説の始まりに立ち会った、とね。


バッケンはセラとの死闘を繰り広げながらも、周囲の状況判断を怠らなかった。周囲には既に数人の男性騎士が二人を取り囲むように配置されている。このまま戦闘を続けていては、いずれ数の力で押し切られてしまうだろう。バッケンは歯を食いしばりながらも、判断は迅速だった。構えを解き、剣を下ろした。


「セラ・ドゥルパ。この続きはいずれまた。ここで私が捕らえられるわけにはいかないのでね」

「逃げるのか」


バッケンは動じなかった。


「いいや、()()()()()()()よ」


バッケンは詠唱を始めた。その声は先ほどまでの戦闘で掠れていたが、それでも明確に呪文を紡いでいく。


「水は集い、束なる。流れは生まれ、敵を穿つ。大いなる奔流の力を今ここに!高圧水流<トレントスプラッシュ>!」


バッケンが放った高圧水流は、セラに向けられたものではなかった。彼女は地面に向かって最大出力の水流を射出したのだ。凄まじい水圧の反動により、バッケンの体は空中に舞い上がった。まるで水の噴射で推進力を得たかのように、彼女は砦の壁を越えて空中を移動していく。

騎士たちは唖然としてバッケンの離脱を見送った。私も、水魔法をあのように利用する者は初めて見たよ。生身の状態で、魔法を推進力として使用するなど常人には思いついてもやろうとは到底思えないだろう。


セラは地面に膝をついていた。バッケンの撤退を阻止しようと動こうとしたが、既に体力の限界を超えていた。大量の失血により、彼の意識は朦朧としている。体温が下がり始めていた。青白かった顔は更に白くなり、彼の魂は今まさに現世を離れようとしていた。


「くそ......」


セラの呟きは悔しさに満ちていた。しかし、十一歳の少年が四天将を撤退に追い込んだという事実は、誰の目にも明らかだった。周囲の騎士たちは、この少年への見方を完全に改めることになるだろう。その内一人の騎士が救命道具を急いで持ってきた。セラは力尽きて気を失った。

バッケンが砦から離脱した後、騎士たちは戦闘の痕跡を調べ始めた。そして、彼らは愕然とした。食料庫の中の兵糧が全て凍結されていたのだ。バッケンは戦闘中にも関わらず、冷静に補給路を断つという戦略的な行動を取っていたのである。引き際の捨て台詞では、なかった。それを見た誰もが、もう戦闘の継続が不可能だと察したことだろう。


騎士たちは改めてバッケンの実力を思い知った。単純な戦闘力だけでなく、戦略眼においても彼女は一流の軍人だった。大将自ら敵軍の拠点に単騎で突入し、言葉の通り決定打を与えたのだ。その場の全員が意気消沈していたその時、砦の入口からアムを先頭とした精鋭部隊がハイドラに跨って戻ってきたのだ。彼女たちの表情は険しく、明らかに急いで駆けつけてきたことが分かる。


「皆、無事ですか!...セラっ!大丈夫!?」


担架に乗せられたセラを見つけたアムは急いでハイドラから降り、セラの元に駆け寄った。彼女の顔には純粋に後輩を心配する表情が浮かんでいた。しかしセラの傷の深さを見て、アムの表情はさらに険しくなった。


「フレデリック副団長が拠点攻撃の可能性を読んで戻ってきました。...バッケン四天将は?」


気を失ったセラの代わりに、周囲の兵士が一連の報告をした。アムは苦しい表情で聞き終えた後、連れてきた騎士の一人を前線に戻らせた。状況をフレデリックに伝え、判断を仰ぐ為だろう。すぐに翻し、担架のセラに駆け寄る。


「セラ!目をあけろ!セラ・ドゥルパ!」


アムの声には切羽詰まった響きがあった。彼女は必死にセラの意識を取り戻そうとしたが、無常にも彼の呼吸は更に浅く、脈も弱くなっていった。周囲の騎士たちも懸命にセラの処置を続けた。食糧を守って殉職した騎士の他には、怪我を負ったものは誰もいなかったからだ。彼が命がけで拠点を、他の騎士を守ったことを皆理解していた。


「急いで止血を!」

「絶対に彼を死なせるな!」


---


フレデリックが前線で報告を受けた時、丁度次の攻勢に入る算段を立てていた。然し初級騎士達はすでに疲弊しており、相当数の犠牲が出ていたのだ。帝国軍の兵士たちの練度と、自らの未熟さに心を折られていた。ハイドラの速足で到着した騎士を見て、フレデリックはすぐに駆け寄った。


「如何でしたかっ!」


フレデリックの問にその騎士はありのままを報告した。


「報告致します!バッケン四天将の奇襲により、戦死者は三名、重傷者は一名です。兵糧が全て使用不能となっており、経戦能力に甚大な被害が出ております!」


フレデリックは自分の懸念が当たった事に深くため息をついた。陽動作戦として長期戦闘が出来なくなれば、被害を最小限に抑えるため撤退するほかない。拠点内の兵士の被害はそれほど多くない事に違和感を覚えた。


「こちらの人的被害が少ないようですが、バッケン四天将は最小限の行動で離脱したということでしょうか?」

「いえ、セラ・ドゥルパ初級騎士がバッケン四天将を撤退に追い込んだと、その場の騎士から聞いております」


その報告を聞いて、フレデリックの表情に僅かな驚きが浮かんだ。十一歳の少年が四天将と戦い、撤退に追い込むなど、信じ難い話だった。


「...分かりました。全軍に撤退を命じます。負傷者の搬送を最優先とし、可能な限り迅速に行動しなさい」


フレデリックの命令により、騎士団は撤退の準備を始めた。今回の南部戦線における陽動作戦は、長期間敵を南部に留め、北部前線の奪還を推し進める為のものだったのにも関わらず、戦死者八十九名、負傷者多数、そして矛を交えたその日の内に撤退という結果は、誰がどう考えても大敗と言わざるを得なかった。しかし、その中でセラという少年が見せた戦いぶりは、確実に何かを変えていた。四天将と互角に戦った十一歳の少年の話は、やがて騎士団全体に広まっていくことになるだろう。


新暦268年の秋、ルクセン平原の戦いはフェナンブルク王国の大敗で幕を下ろしたのだった。


---


負傷者用のテントに運ばれたセラは既に虫の息になっていた。私が憂慮した戦争の恐ろしさが、こうも早く牙を剥くとは正直思ってもいなかった。私自身も考えが甘かったと言わざるを得ない。

英雄譚と言えば、弱き者が強き者を打ち倒し、世界に平和をもたらす話だが、現実はそう甘くはない。セラの魂は体から離れようとしていた。そしてそれは、もう間もなく訪れるのだと私には分かっていたのだ。


私は長く生きてきた。何人もの魂を吸い取った呪いとして。

私は長く生きてきた。カルラという女傑の戦友として。

私は長く生きてきた。カルラの息子を守る者として。


そして、守れなかった。しかしこの子の言葉だけでも、私はいつか誰かに紡いでいきたいと思ったのだ。現世と幽世の狭間で、私はセラに話しかけた。きっとそれが、彼との最期の会話だ。


『セラ、セラ。意識はあるか』

『...ああ、ある。ここはどこだ?』

『そんな些末な事は気にするな。先の戦い、本当に見事だったぞ。しかし、故に残念でならない。セラ、君の魂は、今旅立とうとしている』


『何か、言い残すことはあるか。』


その狭間では、時間という概念が存在しない。少しばかりな気もしたし、十年待ったような気もした。ずっと彼の声を、想いを待った。そしてセラという十一歳の少年は、心から声を振り絞り、言葉にした。単純で、別に凝ったものではなかった。死にゆく者の言葉としてはありきたりで、聞き飽きたもので...それでも私の心は、動いてしまったのだ。





『まだ、生きたかったな...』

『...........................................そうか』














『セラ、君は生きろ』


『君が"私"を継承しろ』


『私が君の魂を取り込む。そして私は...席を空ける』


『君は呪いとなって、その体に宿る』


『何かあっても文句は言うなよ。私だってこんな事は初めてなんだ』


『...短い間だったが、中々に楽しめたよ』


『セラ。生きろ』






『生きろ』


---


朦朧とする意識が現実に引き戻された時、わき腹に酷い痛みがあってね。それが原因で引き戻されたのかもしれないな。夢の中で投げかけられた"彼"の言葉は、"私"もぼんやりと覚えていた。起きてすぐ、自然と涙が頬を伝っていくのが感覚は今でも覚えているよ。目を空けて最初に声を掛けてくれたのは、アムだったな。視界にはテントではなく、しっかりとした石造りの天井だった。私が意識を失っている間に、騎士団は撤退したのだ。


「っ!セラ!よかった!」


自分が生きている事に一番驚いたのは、紛れもなく私自身だったろう。しかし感覚が徐々に戻っていく中で、はっきりと感じた。大勢の亡者が、私の周囲に立っているような感覚だ。"彼"が譲ってくれたこの席は、人が座れるものではなかった。自分が人外...呪いになってしまったことをこの時理解したんだ。これから私が背負うのは、千の魂なのだと。


杖をついて救護室から出ると、何人もの騎士から歓迎された。バッケン四天将との死闘は、騎士団内の雰囲気を大きく変えたらしい。性差別のようなものは、あまり感じられなくなっていた。残念ながらそれは、私に対してのみだったようだが。女性の騎士達も親しみを込めて挨拶をしてくれるようになっていた。


そして鏡を見た時、一瞬それが自分だとは気づけなかった。茶色だった髪の毛はすべて真っ白になり、老人のようになってしまったのだ。これが一過性のものなのかはその時分からなかったが、恐らく自身が呪いになったことが原因なのだろうと、すぐにあきらめた。まあ、前の髪の色に執着があったわけではないし、今はもう慣れたよ。


---


怪我も癒えて来た頃、団長の執務室に呼び出された。入るとそこには、フレデリック副団長と、隣に見慣れないダークエルフの少年が立っていた。ふと思い返すと、以前シンシアが招集をかけた際、フレデリックと並んで立っていた記憶が蘇ってきた。


「セラ・ドゥルパ初級騎士、ご命令に従い参上致しました」

「わざわざすまない、ドゥルパ初級騎士。怪我の調子はどうだ」

「順調に回復しております。お気遣い、感謝致します」


挨拶もそこそこに、シンシアは本題を切り出した。


「さて、来てもらったのは他でもない。先日の陽動作戦において、敵将の拠点攻撃を一人で抑えたと報告を受けている。君の活躍で、多くの騎士達が救われた。心から感謝する。」


その時のフレデリックの眼差しが暑苦しくってな。直視できないほどだった。他方ダークエルフの少年は興味が無さそうにポケットからハンカチを取り出していじっていた。


「いえ、オレがもっと早く気づけていれば、犠牲も出なかったし、食糧も無事でした。敵将にとどめを差したかったのですが、逃亡されてしまいました。申し訳ありません」

「謙遜は不要だぞ、ドゥルパ初級騎士。...ではそろそろ呼び立てた要件を伝えなければな」




「セラ・ドゥルパ。今回の君の功績を称え、異例ではあるが、君を中級騎士に昇級させる。そして、規模は小さいが君に数名の隊を預ける。...フレデリックの目は節穴ではなかったな」

「ううううぅぅ!吾輩っ!感動っ!!!!!」


シンシアの突拍子もない話も驚いたが、私以上にフレデリックが心を動かされたみたいでな。逆に冷静になってしまったよ。


「...ありがとうございます。励みます」

「シンシア、割り込ませてくれ。私も彼の話を聞きたいんだ」


声を上げたのは、ダークエルフの少年だった。中性的な声で、見た目と違って随分と落ち着いた雰囲気を出していた。さっきまでハンカチをいじっていたとは思えないほど、何か特殊な雰囲気があった。違和感、とでも言えばいいのかな。


「あー...そういえば君、私の事を知らないよね。魔法研究室の室長を任せてもらっている、デミ・フォレストだ。デミと呼んでくれて構わない。それと、こう見えても騎士団創立時からここにいるからね。」


以前フレデリックから聞いた話だと、確か騎士団の創立は新暦200年だったはずだ。区切りの良い数字で覚えやすいなと思った記憶があった。


「ドゥルパ君、君起きてから髪の色が変わったそうだね。何か心当たりがあるんじゃあないか?」

「それは...どういう意味で仰っているのでしょう」


心臓が跳ねるようだった。私の正体に気づかれたのか、デミは嘘くさい笑顔でゆっくりと近づいてきた。目はまったく笑っていない。先ほど触っていたハンカチをくるくると指で回していた。


「私はね、ドゥルパ君。この髪が白くなるという現象に、非常に興味があってね。見ての通り私も白髪だが、これには当然理由がある。ダークエルフになった理由がね。一般的に白髪というのは、強力な魔力付加がかからない限り発生しえないんだ。だから、若い男性で白髪というのは、おかしな話だよねえ。フレデリックとは違って、君は魔力適正が無いと聞いているし」


デミの確信めいた問いに、私は冷や汗をかいた。無意識に後ずさりしてしまう程にね。しかし負傷が尾を引いて、後ろに転んでしまったんだ。


「危ないっ!」


デミはすぐに私に駆け寄り、肩を支えてくれた。そこで、おかしな事が、起きてしまった。デミのハンカチが”黒く放電"して、そのまま焼けてしまったんだ。焼け焦げたそれは、以前私には何の価値もなかった、魔力適正で使われた布だったのだ。その一連の様子を見ていたデミは、まるで玩具を与えられた子供のように、純粋な笑顔で私を見た。その口から発せられた言葉は、今度こそ私の心臓を止めるものだったんだ。シンシアやフレデリックに聞こえない囁き声で、彼は言った。


「君ぃ、一度死んだでしょ」


そう、君には本当に驚かされたんだ、デミ。



---


一方、ゴア帝国の首都ヴォルガンでは、バッケンからの報告が軍上層部に届いていた。皇宮の一室で、彼女は黒革の眼帯で左目を覆いながら、今回の作戦について説明していた。


「南部戦線における防衛は成功です。敵の補給基地を破壊し、兵糧を使用不能にすることで、作戦の継続を困難にしました」


簡潔で正確な報告。そしてそれを一日で成し遂げた。ゴア帝国軍の兵士も最小限の犠牲で済み、バッケンの功績は高く評価されている。

しかし、バッケンは四天将だ。そこらの雑兵に片眼をくれてやるほど、弱くはない。左目の負傷について質問が及ぶと、室内の空気が変わった。


「バッケン四天将、左目は誰にくれてやったのですか?王国騎士の"女男(おんなおとこ)"あたりでしょうか」

「敵の少年兵との戦闘に於いてです」

「...今、なんと?」


室内に微かな笑い声が響いた。男の子供に傷を負わされたなど、軍人としては屈辱以外の何物でもない。バッケンの報告を疑う声も上がり始めた。


「まさか、バッケン四天将ともあろう方が、子供相手に苦戦されたとでも?」

「虚偽の報告をしてまで、失態を隠そうとされているのではありませんか?」


将校たちの嘲笑は次第にエスカレートしていった。四天将という地位にありながら、男の子供に左目を奪われるなど、笑いものでしかなかった。バッケンは静かに耐えていたが、その表情には深い屈辱が刻まれていた。軍議は、バッケンにとって耐え難い結果に終わった。南部戦線での戦果は正当に評価され、補給基地の破壊と敵軍の撤退という戦略目標は達成したとして功績を讃えられた。しかし、彼女が最も重要だと考えていた少年兵についての報告は、誰一人として真剣に受け取ってくれなかった。軍議が終わるまで室内の将校達からは、くすくすと抑えた笑い声が漏れている。バッケンは拳を握りしめたが、何も言えなかった。四天将という地位にありながら、この扱いは明らかに不当だった。


軍議が終わった誰もいない広い会議室の中で、バッケンだけが席に座ったまま動けずにいた。先ほどの屈辱的な体験が頭から離れない。あの少年の存在を誰も理解してくれない。彼がどれほど危険な存在になり得るかを、誰も分かっていない。すると会議室の仰々しい扉を開け、バッケンの知った顔が入ってきた。他の四天将である。彼女たちの表情は一様に申し訳なさそうで、バッケンを見つけると急いで近づいてきた。


「ゾーイ...お疲れ様」

「先輩...いえ、ありがとうございます」

バッケンとは一番仲の良いルゥ・ミリオンが最初に声をかけた。彼女の表情には深い心配の色が浮かんでいる。バッケンが四天将になる以前からよく声を掛けており、バッケンの白兵戦の師である。圧倒的な戦闘センスを持ちながら、彼女はとても面倒見の良い姉のような存在だった。


「あー、やっぱりいじわるされた?あのクソババアども、本当にしょうがないねぇ」

少しばかり品位に欠ける発言をした女性は、オズ・プリムウッドだ。


「すまなかったなゾーイ」

深々と頭を下げた大柄の女性は、インペリエ・アルバスト・ゴアだ。身長197cmの筋骨隆々とした姿は、動く山のようだった。その謝罪の言葉に、バッケンは驚いた表情を見せる。


「インペリエ様、なぜ謝罪を...」

「軍の上層部から、我々四天将は今回の軍議に参加するなと言われていたのだ。君を一人で行かせて、助けてやれずにすまなかった」


インペリエの説明に、バッケンは事情を理解した。四天将という地位にありながら、軍の政治的な思惑によって排除されていたのだ。


「そうでしたか...」


バッケンの声には、安堵と同時に深い疲労が滲んでいた。少なくとも、仲間たちは自分を信じてくれている。それだけで、心の重荷が少し軽くなった。


「それで、その少年兵というのは本当なの?」

「ルゥ!お前まだ信じてなかったのかよ!」

ルゥ・ミリオンの優柔不断な性格が表に出て、信じたい気持ちと疑問が入り混じった質問に、オズ・プリムウッドはすかさず反応した。背後で否定するミリオンを見ながら、バッケンは力強く答えた。


「はい。間違いありません」

「じゃあ詳しく聞こう。あたしらはその情報を知っておく必要がある」


プリムウッドが真剣な表情で言った。普段のお調子者らしさは影を潜め、四天将としての責任感が前面に出ている。四人は人目につかない場所へ移動し、バッケンは改めて詳細な報告を始めた。セラ・ドゥルパという名前、十一歳という年齢、黒曜石の槍、そして常軌を逸した戦闘技術。全てを包み隠さず話した。


「黒曜石の槍...見たことないなぁ。黒曜石はすごい脆いし、鉄の剣の交えただけですぐ壊れちゃうと思うけど...」

プリムウッドが呟いた。風属性魔法の使い手である彼女は、武器の材質にも詳しかった。


「獣人族に育てられた人族...確かに特殊な存在だな」

インペリエ・アルバスト・ゴアは深く頷いた。彼女の長年の戦場経験からしても、そのような戦士は稀有な存在だった。


「バッケンを白兵戦で撤退に追い込むなんて...本当にそんなことが」

ミリオンが信じ難そうに呟いた。師匠として、バッケンの実力を誰よりも理解している彼女にとって、その報告は衝撃的だった。


「信じてください、皆さん。あの少年は...明らかに普通ではありませんでした。もし彼が生きていたなら、確実に帝国の脅威となります」

そしてバッケンの声には、切実な思いが込められていた。左目の傷が疼くたびに、あの戦いの記憶が蘇ってくる。


「分かった。その少年については今後、”黒槍"と呼称することにしよう。一般兵士に相手をさせるにはちと重いかもしれん。複数人で対処するか、我々で抑えられるように動くぞ。オズ、悪いがあの"女狐"にも内密に共有してくれるか」

「ん...?あーアリアちゃんね!おっけー!」


アルバストが手早く纏め、オズに指示を出した。四天将の中で最も経験豊富な彼女の判断を、他の三人も素直に受け入れた。


「"黒槍"...どこかで...」


ミリオンは誰にも聞こえない声量で呟いた。同じ槍術士、黒曜石の槍、獣人、どうしても何かが引っかかっている感じがしたが、それは思い出せずに終わった。

セラ・ドゥルパという少年は、ゴア帝国軍の最高幹部である四天将たちに”黒槍"という異名で認識されることになった。軍の上層部は彼の存在を軽視していたが、実際に戦場を知る四天将たちは、その脅威を正確に理解していた。戦争という巨大な歯車は、確実に新たな局面へと向かっていた。



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