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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第一章 -少年編-
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011.ルクセン平原の戦い(2)

ルクセン平原の戦いが激化する中、砦に残された男性騎士たちは不安と焦燥に駆られていた。遠くから聞こえてくる戦闘音、時折上がる煙、そして風に乗って運ばれてくる血の匂い。セラは岩石壁の見張り台で、矢筒の整理を続けながら前線の様子を見守っていた。砦の内部は簡易的な構造で、中央の広場に多数のテントが張られ、周囲を魔法で岩石の壁が囲んでいる。風が吹き抜ける度に、テントの布が音を立てて揺れていた。


しかし、セラの鋭敏な五感は、戦場の音とは異なる微かな異変を捉えていた。獣人族の集落で培われた野生の勘が、危険の接近を告げていたのだろう。砦の周囲に漂う空気が明らかに何かを告げていたのだ。鳥の鳴き声が止み、虫の音も聞こえない。まるで捕食者の接近を感じ取った小動物たちが息を潜めているかのようだった。その時、砦の北側から微かな金属音が響き、セラは音の方向を注視した。私もこの時、悪い予感がしたのだ。


「...セラ、急いだ方が良い。」

「分かってる。」


セラは私を手に取り、見張り台から飛び降りた。北側の食料用テントに近づいた時、布が静かに持ち上がった。そこから現れたのは、見覚えのない鎧を身に着けた女だった。黒い鎧に金の装飾、差し色に深紅の布。そして手には血の付いた剣が握られている。間違いなく、ゴア帝国の兵士だった。


「まさか...こんな少年が戦場にいるとは。今日はツいてないなぁ」


その女は溜息をついた。バッケンの背中越し見えるテントの中には、既に息絶えた男性騎士が三人倒れていた。その中には、セラの事を案じていた三十代半ばの騎士も含まれていた。セラが私を握る手に力が入っていく。そしてそれは恐怖ではなく、怒りだったのは私の誤算だった。敵を背にして、ここから逃げて欲しかったのだが、彼はやはり"カルラの子"なのだ。


「お前、敵だな」


セラは槍を構えた。しかし、女は更に溜息をついて、手の甲を仰いで見せた。


「私はゴア帝国四天将、ゾーイ・バッケンだ。今は見逃してあげるから、行きなさい。子供だし、君は男だろう。ゴア帝国の者は弱者を虐げない。」

「子供とか、男とか、煩わしいんだよっ!戦士が向かい合ったなら、あとはどっちが強いか決めるだけじゃあねえか!」


バッケンと名乗った女は、血の滴る剣をゆっくりとセラに向けた。表情は氷のように冷たい。そこには憂慮しかなかった。それだけで、この女がまともなのは分かった。戦争に当てられた者の中には、命を奪う事に快楽を覚えてしまう者、逆に何も感じなくなってしまった者。バッケンは自分がこれから行う事を背負う覚悟があるからこそ、あんな表情をしたのではないだろうか。

セラは黒曜石の先端をバッケンに向け、低く構えた。カルラから受け継いだ基本の型だ。


「...分かった。君の覚悟は理解したよ。すまなかったね、少年。」


バッケンは軽く息を吸うと、詠唱を始めた。


「水よ、湧き出よ。水弾術<アクアショット>」


バッケンから放たれた水弾は、通常の魔法とは明らかに異なっていた。本来拳大であるはずの水の塊は、指先ほどの大きさに圧縮され、空気を切り裂きながらセラに向かって飛んできた。その速度と密度は常軌を逸しており、直撃すれば鎧を貫通するほどの威力があった。

セラは咄嗟に槍を斜めに構え、切っ先で水弾を逸らした。圧縮された水の塊は背後のテントを貫通し、岩壁に穴を開ける。正直に言うが、常人が出来る技ではない。神業と言ってもいい。


「む...偶然か?」


バッケンの表情が曇る。すかさず次の魔法の準備を始めた。


「凍てつく鋼は北からの使者。氷刃斬<アイスブレード>」


今度は五本の鋭い氷の刃がセラに向かって飛翔した。これも通常の氷刃斬とは比較にならない威力を持っていた。氷の刃は薄く、鋭く、まるで名工が鍛えた業物のような美しさだった。セラは槍を縦横無尽に振るい、次々と氷刃を叩き落とす。氷の破片が砂埃と共に舞い散り、テントの布を切り裂いていく。全ての氷刃をしのいだセラは、元の姿勢に戻った。


「馬鹿なっ!そんな...そんな馬鹿なことがあるかっ!()()<アデプト>だとでも言うのか!」


バッケンの表情は険しいものとなった。セラの動きは、明らかに素人のそれではなかったからな。これ程の練度の魔法を、ここまで的確に対処する戦士はそう出会えるものではない。

セラは反撃に転じた。姿勢は低いままバッケンに向かって風のように突進する。バッケンは咄嗟に剣で受け止めた。刃がぶつかる鋭い音が砦内に響く。衝撃で周囲のテントが揺れ、他の騎士達が異変に気づき始めた。しかし、セラの攻撃はそれで終わりではなかった。槍を引き戻すと同時に、石突で地面を突き、体を浮上させながら回し蹴りと横薙ぎを同時に行う。


バッケンは大きく上体を反らしてそれを避けたが、槍先が彼女の頬を僅かに掠めた。一筋の血が流れ、バッケンの表情が一層厳しくなった。目をひそめ、深呼吸をする。すると彼女は一瞬で落ち着きを取り戻した。そこは流石に四天将というべきだな。セラに対する評価をすぐに修正し、脅威として再認識した。


「少年。名を、聞かせてくれ」

「獣人カルラの子、セラ・ドゥルパだ!」


バッケンは剣を構え直した。両者は動かなかった。静かに、しかし確実に空気が張り詰めていった。刹那、バッケンは突進し上段から剣を振る。美しい剣筋だった。確実に敵の息の根を止める一撃を、セラは最小限の動きで避ける。しかし同時にバッケンは呪文を詠唱していたのだ。


「氷刃斬<アイスブレード>!」


飛翔する氷の刃と鋼の剣の波状攻撃に、セラはかなり苦戦した。バッケンの剣を振った後の隙を完璧なタイミングで氷の刃がカバーした。一連の攻撃により、セラはわき腹に斬撃を受けた。流れ出る血は多く、長引けば敗北が待ち受けていると分かるほどに、致命的な傷だったのだ。

セラは飛びのいて距離をとったが、バッケンはさらに距離を詰めてきた。生成した氷刃を一本地面に刺しており、素早くそれを引き抜いて両手に剣を構え、更に変則的な攻撃手段で攻める。槍と体さばきでかろうじて避けつつ、崩された態勢から槍を突き出し、バッケンの左目に深く刺さった。


互いに重傷を負ったセラとバッケンは、息が荒くなりながらも目前の強敵から目を逸らさない。

バッケンは戦慄した事だろう。この少年が今後どれほど成長するのか。もし生かしておけば、将来大きな脅威となるのは間違いない。


「君は...()()だな」


もはや憐憫もない。

油断もない。

純粋な殺意が剣に宿っている。


「君はここで殺さないとダメだ。危険すぎる」


バッケンにもう迷いはなかった。


---


一方、前線では戦況が膠着していた。最前線から少し後退したフレデリックはハイドラの背に跨りながら、敵の動きを注意深く観察していた。その中で違和感があった。


「ギームイさん、どう思われますか?」


美しく化粧を施したフレデリックも、汗で化粧が崩れていた。ところどころに負傷が見られ、周囲の兵士もかなり疲労が見える。フレデリックの問いかけに対し、ギームイは首を振って否定した。


「攻撃が緩くなっているようです。まるで時間稼ぎをしているような...」


フレデリックの表情が険しくなった。時間稼ぎ。それが意味するところは一つしかない。


「敵の指揮官...バッケン四天将の姿はあれから目にしましたか?」

「いえ、さっきから姿が見えません」


ギームイの報告に、フレデリックの心臓が跳ねた。四天将が前線にいない。それは何を意味するのか。


「...やられたっ!」


フレデリックは急いで戦場を見回した。敵の攻撃は確かに中途半端だった。本気で押し切ろうという意図が感じられない。こちらの意図を読んだ行動。長期間相手の意識を南部に集中させる為の陽動であれば、当然兵糧をそれなりに準備している。フレデリックは確信した。敵の真の狙いは、騎士団の補給基地である砦だった。


「アム・グリエ初級騎士!」

「はっ!ここに!」


呼ばれたアムはすぐにフレデリックの元に参上した。彼女も無傷ではなかった。すでに流血も酷く、肩には背後が見えるほど、綺麗に何かが貫通した穴が開いている。


「アムさん、すぐに精鋭を数名選んで拠点に戻りなさい!騎竜隊からハイドラを借りて、一刻も早く!敵の四天将が拠点を狙っている可能性があります!」


アムの顔が青ざめた。拠点には配備されているのは戦闘要員とは言えない男性騎士が大半を占めている。しかも、その中で実戦経験があるのはごく僅かだ。フレデリックの声には、強い焦燥が表れていた。もし拠点が落ちれば、この作戦は完全に失敗に終わる。それどころか、騎士団そのものが壊滅的な打撃を受けかねない。


「ただちに向かいます!」


アムは四人に声を掛け、二匹のハイドラを騎竜隊から借り受けた。しかし、拠点まではかなりの距離がある。間に合うかどうか分からなかった。セラという少年を拠点に残してきた事を、フレデリックは心から後悔した。子供を戦争に巻き込んだ責任と、それでも指揮官として前線を離れられないもどかしさは誰も分かろうはずがない。


---


そして、その拠点では生死を賭けた戦いが続いていた。長期戦を想定した平原の戦いは、早くも佳境を迎えていた。

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