通学改善
「じゃあな、色くん」
「また明日ね」
芽衣さんと南口さんが声をかけてくる。
とりあえず簡単に挨拶をすませた。
自分もさっさと帰り支度を済ませると教室を出た。
彼女たちは部活があるのだろうか?
彩姫さんを含めて3人とも美術部だといっていた。
教室に彩姫さんの姿はもうなかった。
校門へと流れる少人数の中に混じって校門まで出た。
「お、色!」
不意に後方から声がかかる。
振り向いた先にはとてもガタイのいい……
「――栄太、さん?」
「さんはいらねぇから。なに、今から帰り?」
「はい」
「でもさ、そっちは方向違うだろ?」
栄太は指差していう。
学校の前を走る道は川沿いの道だ。
正面に橋はないので校門を出る生徒の選択肢は右か左。
まっすぐ家に帰るなら左だろう。
帰る場所が同じだからか。
だが俺は右へ曲がろうとしていた。
「買い物があるんです」
「買い物?」
「自転車を買おうと思ってて」
納得したといった顔をした後、再び話しかけてくる。
「で、どこに買いに行くんだ?」
「えっと、デパートに」
「自転車でデパートぉ? そんなところに行かなくてもいいだろ」
驚いたといった声で続ける。
「商店街のほうへ出るんだろ?」
もちろんそのつもりだ。
右へ進めば昔からある商店街、またデパートなどもあるらしい。
特に考えることもなく自転車を買おうと考えていた。
「だったら一緒に行こうぜ」
「えっ?」
「オレ、今からバイトで商店街のほう行く。方向一緒だし、商店街にある自転車屋のオッサンなら知り合いなんだ」
そんなこんなで二人で商店街へと向かう。
今日が転校初日とは思えないな、などと思ったりする。
「昔自転車屋でバイトしてたことがあってさ」
「そうなんですか」
「あぁ、だから安くしてもらえると思うぜ」
そう言って笑う。
――自転車の値引き交渉なんてできるのか?
「チャリ通にするんだ?」
「はい」
もちろんそのつもりでの購入だ。
「まぁ歩くには結構距離あるしな」
「栄太、さんは……」
「まて! 気持ち悪いぞそれは」
「えっ?」
「呼び捨てだろ、タメなんだしよ」
「あ、はい。じゃあ、栄太は自転車じゃないんですか?」
「いや、自転車じゃなくて原付」
「そうなんですか」
「まぁ実は通学禁止だからいつもが学園のそばに路駐すんだけど、今日はバイト先に置いて帰っちゃってたから」
――景色は変わる。
すれ違う人も増えてきた。
そこは車が入ってくることはあまりないであろう路地である。
商店街としての統一感を出すためか共通の旗などが立っていた。
「おっ、ここだ」
栄太が立ち止まる。
その自転車屋は商店街の入り口と呼べる場所にあった。
自転車が数点、またバイクや原付などもある。
自転車屋というよりは二輪専門店?
よくわからない店だ。
看板にはサイクリングクラブ「姫」と書いてある。
「おやっさん、いるか?」
床には工具などが散乱している。
なんとなく暗く人のいる気配のない店の奥へと声は響く。
「あぁ?」
返事があった。
奥の方から車両を避けるようにしながら中年の男性が煙を纏い現れる。
タバコをくわえていた。
「なんだ金髪か」
「客だぜ? なんて対応してんだよ」
そういいながら俺の肩をつかみ一歩前へと誘導する。
「ん? 誰だ、見ない顔だな」
「ゆうセンセの弟」
栄太の言葉を聞いたとたんおやっさんと呼ばれるその人は身を乗り出してきた。
「なにっ! ゆうちゃん弟がいたのか?」
言いながらまじまじとこちらを見る。
「あんまり、似てない……いや、面影はあるか?」
首をひねりながら言う
「オマエ、名前は?」
「色です」
「色……へぇ変わった名前だな。で、なんだ? 自転車か?」
煙をふかしながらこちらへと聞いてくる。
「最新機種七段変速あたりを通常価格の半額で買いたい」
質問に対してそう答えたのは栄太だった。
「おまっ、バカか」
笑いながら手に取ったスパナを栄太の頭上へと振り下ろす。
「うわっ!」
叫んだのは俺、当たり前のように避けたのは栄太だった。
「そんなん商売になんねぇだろうが」
「いいじゃん、昨日引っ越してきたばっかりなんだぜコイツ」
「昨日?」
「だから引っ越し祝いってことで」
おやっさんはふーんとあいづちをを打ちつつこちらを観察するように見る。
「通学に使うだけか?」
「えっ?」
ふいに飛んできた質問だった。
「この町で乗り回すだけなら、七段変速なんか必要ないだろ?」
「あ、はい。そうだと思います」
――というか、はじめから七段変速自転車なんて考えてない。
「じゃあ……この三段変則のでいいな」
示されたのは特に変わったところのない、だがつくりのしっかりした印象を受ける自転車だ。
「半額でどうだ、ゆうちゃんの弟だし特別な」
――うそだろ?
「ってかそれ、本当にいいチャリなんだろうな?」
栄太がニヤついた表情で言う。
「ふざけるなよ。さっきくみ上げたばっかりの最新作だ」
「へぇ、そうなのか。……まぁ見た目はなかなかいいじゃん」
「偉そうに……」
文句を言いながらおやっさんはこちらへと向き直る。
「パンクしたり、原付とか買うならウチにこい。それが条件な」
結局予定よりお金を使わずに予定よりいいものを手にしたようだ。
――ってかいいのかなぁ?
「よかったじゃんな」
どうやら栄太的にはいいらしい。
自転車を押しながら商店街を栄太と歩く。
「ありがとうございます」
「いいよ、そんな言葉使いしなくても」
笑う栄太とは、その先の十字路で別れた。
道はよく分からなかったが、その十字路を左に曲がれば家に着くといわれて、結果いわれたとおり家に着いた。
ゆうねぇは晩酌を好むらしい。
夕食後、リビングでイチゴを食べながら缶ビールを次々空けていた。
「そっか、なりたのおやっさんがね」
どうやら自転車屋はなりたさん、というらしい。
「ゆうねぇのこと、知ってたみたいだけど?」
「車にする前はバイク使ってたのよ。そのときにお世話になったからかな?」
そうなんだ。
思えばゆうねぇが家を出たのはもう10年以上も前、俺の記憶でもかなり奥のほうにある過去だ。
俺が覚えているわけでもない。
「ホント安く買えてよかったじゃない、栄太くんに感謝ね」
「……そうですね」
「でも栄太くんと仲良く話すなんてめずらしいわね」
「えっ?」
「あの子、見た目が怖いのもあって、友達少ないというか。いまいち一匹狼って感じなのよね」
……確かに見た目は、怖いのかもしれない。
だがあまりそういうことに関して意識していないのかも。
本当に怖い人は、あんなにたくさんの表情を持っていない。
「まぁどんな人でも話せるってのはなんにしてもいいことよ」
ゆうねぇは笑いながら缶チューハイをあけた。