絵画部活
――ちょっと、やりづらい
俺が選択した世界史の教室は隣のクラスだったらしい。
2年4組の部屋へと向かう。
知り合いなどいるわけもない。
俺の知っている顔といえば、とりあえず隣にいる北川 彩姫だけだ。
「――えっと、色くん、どこ座る?」
教室へ入ると一緒についてきた北川さんが話しかけてきた。
最初はしゃべらない子かと思ったけど、どうやら一度話せればあとは大丈夫なのか。
「席は決まってないんですか?」
「どこに座ってもいいんよ、みんな後ろのほうに座るけど」
その例にそうように彼女は壁際後方の席の一つへと座る。
隣の席は空いているらしい。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をしてまだ教室後ろに立っている俺に言う。
導かれるように俺はその隣の席へと座った。
あたりを見渡すと他のクラスの生徒らしい人、顔だけは見た記憶のあるクラスの顔も見えた。
その大半の名前が分からない。
「北川さんは……」
「あっ、そうだ」
こちらの言葉をさえぎってこちらへと上半身を寄せる。
「私のことは彩姫でいいよ」
この学園の人たちは苗字では呼び合わないらしい。
人を下の名前で呼ぶなんて今までそんなになかった。
「みんな彩姫って呼ぶし、北川って言われても私、気が付かないから」
分かりましたと答えると彩姫さんは屈託のない笑顔を見せる。
「芽衣さんや、南口さんは違う授業なのですか?」
「二人は日本史、世界史は日本語じゃないからイヤなんだって」
「えっ? 日本語じゃない? ……英語で授業なんですか?」
「英語の授業じゃないよ、世界史だよ」
「……えっ、あ、いや……」
そういう意味じゃなくて……言い直さないと。
「世界史の授業を英語で行うのですか?」
「なにいってるの? そんなことしないよ。そんなことされたら私死んじゃうよ」
いやそうな顔をしてそういうと北川さんは続けた。
「あれだよ、ナポレオンとか」
「――ナポレオン?」
「ザビエル、クラークとかサクラダファミリア……」
それが英語? 横文字なだけじゃ……それに……
「ザビエルはどちらかというと日本史じゃ……」
「あ、そうだ。色くんは、世界史好きなの?」
言葉をさえぎるように彩姫さんは質問をかぶせてくる。
「えっ? 好きかといわれても……」
別に好きとか嫌いとか……そんな風に科目を履修しているわけじゃない。
「彩姫さんは、世界史が好きなんですか?」
逆に質問を返してみた。
「うん、好きだよ」
他意のない笑顔で返された。
授業が始まる。
クラスの違う生徒の中には俺の方を少し不思議そうな顔で見ているものもいた。
教室の机はそのすべてが埋まっているわけではない。
八割強と言った具合だ。
ふと横の席を見る。
……寝てる。
教科書を立てて持ったままこうべをたれて寝ていた。
(好きなんじゃないのかよ?)
「……はっ!」
――あっ、おきた。
「…………zzzzzz」
――またオちた。
「あはは、ダメダメだ」
世界史の教室を後にする。
その帰り道、彩姫さんは横でそんなことを言った。
「世界史は寝ないようにって思ってるのに」
「世界史は?」
「うん、世界史好きなんだ。美術がみえるから」
お昼の話を思い出す。
彼女は美術部だといっていた。
確かに世界史には美術史が含まれているからそういった機会も多そうだ。
「昨日はほとんど寝てなかったからなぁ」
言い終わるとほぼ同時に大きなあくびを一つ、下を向いて手で口を隠してはいたが……
「ふわぁ……よーし、あと一つで部活! 頑張るぞーぉふぁわぁぁ!」
両手を高く上げて大あくびをの決意表明に廊下にいた数人が見て笑っていた。
「あ、色くんは部活しないの?」
「部活……いや、やったことないので多分」
「ふーん……」
そこまで話したところで教室へと戻ってきた。
窓際最後尾の席へと帰る。
――部活、か。
そんなの、考えたこともなかったな。
――だって、そんなものは勉強の邪魔になる無価値な遊び。
少なくともそれが自分の認識だった。
あわただしい一日が終わろうとしていた。
今日転校したばかりなのに思いのほか人が絡んできた。
いや、俺が絡んだのか?
――なんか、不思議だな。
そんなこんなで部屋に戻る。
机の上にあった彩姫さんいわくトラだというキーホルダーが目に入った。
「……トラ、ねぇ?」
どう贔屓目に見ても、ギリギリでネコ、またはネコに似た何かだろう?
――明日返すんだったな。
忘れないようにカバンのサイドポケットへそれを入れた。