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神速購買

「ホントありがとう! ……えっと、私も色くんって呼んでいいかな?」


三時間目の終わり、めがねの女の子――南口さんは俺に話しかけてきた。

いえいえと、簡単に言葉を返す。

授業中に呼ばれた名前、彼女の名前は南口みなぐち 留美るみというらしい。

「先生も解法完璧だって言ってたし。ホントすごいね」

「よかったですね」

「いやいや、色くんの力だから。にしてもホント大したものだよ」

「ホントホント! じゃあウチの時も頼むね」

横から芽衣さんが会話に乗っかってきた。

「そんなのダメよ。芽衣は自分でやる努力をしてからにした方がいいわ」

「なんだよ、自分は助力をもらっておいて!」

「私は考え抜いてダメだったの。芽衣はまったく考えなくて丸投げしそうじゃない」

その言葉に芽衣さんは少し上を向いて考える。

「考える必要ないよ」

「はぁ? なんで」

「私の頭で考えて、何も出てこないことくらい分かってるじゃん?」

沈黙が二人を包んだ。

「……あの、別にいいですよ。俺に出来る範囲なら」

俺が答えるとうれしそうに目を丸めた。

「ホント? ラッキー、ありがと色くん!」

「……まぁ、私も芽衣のこと強くは言えないしなぁ」

「留美もまたわからなかったら教えてもらえばいいんだし。ねっ、色くん?」

どうやらそんな位置づけになったらしい。

続けて芽衣さんは俺に話しかける。

「そうだ、色くん。お昼は?」

「お昼ですか?」

「お弁当とか持ってきてる?」

「いえ、持ってきてないです。学食か購買へ行ってみようかと……」

「そっか」

俺の答えを聞くと芽衣さんは南口さんの方へ向き直る。

「留美、今日は?」

「私も何か買わなきゃ……」

「オッケー」

再びこちらへと向き直る。

「じゃあ一緒に食べよっか」

「えっ?」

「購買の場所、知らないでしょ? 案内してあげるよ」

「いいんですか?」

「次回の数学のコトもあるしね、今のうちに買収しておかないと」

芽衣さんは笑いながら話す。

「ありがとうございます」

「留美がいて……あとは彩姫も連れて行こっか」

その言葉に南口さんが反応する。

「なら私が誘っておく」

そう言って立ち上がり、北川さんの方へと向かった。


「……あ、でもそれだと女ばっかりだね。誰か連行する? 栄太とか……」

いいながら朝からずっとうつぶせの状態で動かない背中を指差した。

「でもコイツはダメか。昼は何かやってるみたいだし。他の奴は……」

そう言って周囲を見渡す。

「いや、いいですよ。知り合いはまだいないですし」

「ん、まぁそれもそっか。じゃあ今日はうちらだけでカンベン」

左手を顔の前で立てて申し訳ないなどと笑う。

と、こちらを見ていたその笑顔が若干崩れる。

「――なぁ、女子と話すの苦手なの?」

「えっ?」

突然の質問に声が詰まる。

「ん、いや、なんとなくそんな感じがしたからさ。言葉がちょっとカタイというか、初めての場所だから緊張してるってだけかもしれないけど」

少しだけ間をおいて、答える。

「……まぁ、ちょっと慣れない感じですね」

「慣れない?」

「前は男子校だったので」

「へぇ、そうなんだ」

クラスの半分が女の子、という風景はよくよく考えると違和感のあるものだった。


そんな話をしているうちにチャイムが鳴り始める。

先生らしき人影が入ってくる。

皆が席に着き始める中、芽衣さんは一言付け加えた。

「あ、そうそう。購買は戦場だからさ、コレ終わったらダッシュね」




授業の五分前から隣の席の女の子は時計と教師の顔を交互に見ていた。

授業内容など少しも頭に入れる気がないらしい。

まぁよく考えたら目の前は今日の授業のすべてをうつぶせて過ごしている。


――ついにチャイムが鳴り始める。


「じゃあ今日はここまで……」

「っしゃ!」

先生の言葉と同時に立ち上がった芽衣さん

「走れ!」

こちらの腕をつかみ叫んだ。

「おわっ!?」

引きずり出されるように廊下へと出た。


――速い!


廊下を駆け抜ける女の子の後姿がどんどん小さくなる。

「もっと速く走れって、おいてくよ!」

――おいてくもなにも、もうおいていかれてる。

廊下を曲がるその姿から遅れること数秒、廊下へと入る。

「なっ!?」

もう姿が見えない。

下を覗き込む。

階段の手すりの上を滑るようにして下る影が見えた。

「――すごっ」

驚いている場合ではない、必死に階段を駆け下りた。



購買の位置は知らなかったが何人ものひとが同じ方向へと駆け抜けていくのでそれへついていくと自然とついた。

だが、そこはすでに人であふれており、販売口の位置が分からない。

人の壁はものすごく大きなうねりを持っており、先へと進むのは俺では……

乱れた息を整えながら

「あぁ、ムリだよ色くん」

後ろから声がかかる。

「あ、えっと南口さん」

「さんなんて別になくていいよ」

「じゃあ、南口……さん」

俺の言葉に少し笑みを浮かべる。

その後ろにまるで小動物のように北川さんがついてきていた。

「私たちはこのあたりで待っていれば大丈夫」

うんうん、と北川さんが後ろでうなずいている。

「芽衣が私たちのも買ってくれるわ」

その言葉どおり、群集をかき分けて、芽衣さんは大量のパンを抱えて現れた。




屋上の日差しが人影でさえぎられる。

「はい、どうぞ」

不意に差し出された紙パック入りの飲むヨーグルトは自分のものではない。

「えっ?」

「さっきのお礼」

そう言って南口さんは小さく微笑む。

「もらっておきなよ、報酬ってことで」

口にパンをほおばった状態で芽衣さんがいう。

「ありがとう」

ううん、こちらこそと手渡しながら答えていた。


「それにしても色くん、体力はないんだな」

「アンタから見たら誰だって体力負けするわよ」

話しかけてきた芽衣さんに南口さんがツッコんだ。

「いや、でも確かに運動は苦手です」

南口さんが話へ入ってくる。

「前の学園ってどんなところだったの?」

「どんなところ?」

「ここよりずっと都会なんでしょ?」

言われてふと金網の向こう側を見る。

この校舎よりも高い建物は見当たらない風景だった。

緑の肌が見える山、十分に間隔のあいている建物群

「そうですね、都心のど真ん中ですし、周囲ももっとごちゃごちゃしてるかな」

「ごちゃごちゃか、ビルとかガンガン建ってるんだ」

そんな感じです、と簡単に答える。

「前の学校で部活とかはやってなかったの?」

「はい」

「何も?」

「何も、というか部活というもの自体存在があやふやで」

その答えに芽衣さんが食いつく。

「うわっ、部活してなかったの? じゃあ何が楽しくて学園にいくん?」

――楽しい?

「いや、勉強を……」

「……はぁ、オマエってスゲェな」

驚いたと目を丸くして言う。

――スゴい?

「うちなんか体育のためだけに毎日来てるようなもんなのに」

そう言う芽衣さんをそれはアンタだけよとあしらう南口さん。

「じゃあさ、趣味とか、特技とか?」

……少し自分を振り返る。

「特には」

「――ないんだ?」

「はい」

答えに南口さんは少し戸惑ったような表情をした。

芽衣さんは笑顔を見せて言う。

「変わってるねぇ」

「そう、ですか?」

「うん、変わってるよ」

そこまでいって不意に芽衣さんが横に座っている女の子を睨む。

「……ってか彩姫、話に入ってきなさいよ」

北川さんへ向けられたものだった。

北川さんは手に食べかけのパンを持って空を見上げていた。

「――何してるの?」

呆れるように芽衣さんが問う。

「――――――ん、なぁに?」

その声から遅れること数秒、問いに疑問符で答えた。

「なにボーっとしてるのよ」

「あ、ごめんごめん」

小刻みに頭を下げながら芽衣さんへ謝る。

「昨日あんまり寝てなくて」

「えっ、なんで?」

不意に指で空に浮かぶ一つの塊を指し示す。

「あ、ねえねえ、小学校くらいの時にさ、くじら雲ってあったでしょ?」

「くじら雲? ――あぁ、あったような、気もするけど」

芽衣さんと北川さんは不思議な会話を始めた。

「くじら雲ってあんな感じかな?」

見上げると確かにくじら、に見えなくもない雲がそこにあった。

「あぁ、そうかもね。……で?」

「ん? それだけ」

「………………」

――ため息だけを残す不思議なやりとりを見た。

その二人を見ながら南口さんが話しかけてきた。

「そういえば二人はどうして見知ってたの? あと栄太くんのことも知ってたよね?」

「あ、それうちも聞きたい!」

食いつくように芽衣さんも会話へ入ってきた。

「あっ、それは……」


俺は簡単に川べりで見かけた彼女の話をした。


「なーるーほーどーねー」


芽衣さんはそう言って横でニコニコとパンをほおばっている女の子を見る。

「まぁ彩姫は超絶人見知りだからね。でも彩姫が走って逃げるって」

「――ん?」

北川さんは言われた内容を理解していないらしい。

芽衣さんは再びこちらを向く。

にやりと笑い、再び北川さんの方へ質問を向けた。

「――色くんに何かされたの?」

「なっ!?」

そんなわけはない。

「違うよ、近くに顔があってちょっとビックリしただけ」

そんなビックリされるような顔なのか?

それはそれでショックなんだが。

「彩姫、昨日は部活かなにか?」

「ううん、そういうわけじゃなくて」

北川さんはフルフルと首を横にふる。

「じゃあなんで川べりなんかに降りたのよ?」

「ちょっと帰りに通りかかったら気になった花が見えたからスケッチしたの」

「気になったって?」

「菜の花の群れが……」

「……咲いてるわね」

「うん、一面に」

「でもそんなの珍しくもなんともないじゃない?」

「でもその軍団にね、白い花が一つ混じってたの」

昨日見た白い花を思い出して聞いてみる。

「昨日の白い花?」

こちらの言葉に反応して、笑顔で話し始める。

「色くんも見たんだ?」

「いや、北川さんがずっと見てたようだったから気になって」

「珍しいでしょ? しかもタイミングよくモンシロチョウが止まってキレイだから急いでスケッチしたんだけどね……」

うれしそうな顔をしたり残念だったとまゆをひそめたり、くるくると表情を変える。

とても楽しげに、饒舌に話すので少し驚いたが。

はじめの印象でなんとなく静かな子かと思っていた。

「今日も彩姫の頭の中はお花畑ってことですかね?」

芽衣さんの言葉に、彼女は少しだけむっとした表情を見せる。

「アハハ、ほめてるんだから怒らない怒らない」


――いや、絶対にほめてない。


ふと疑問が浮かんだ。

「北川さんスケッチブックをいつも持ち歩いてるんですか?」

質問に横にいた芽衣さんが答えた。

「あぁ、コイツね。美術部なんだよ」

なるほど、昨日のスケッチブックを思い出す。

自分は手にしたことがないのでとても珍しい。

「そして私も美術部」

「えっ?」

芽衣さんはにやりと顔をゆがめていう。

「加えて留美も美術部」

手で南口さんを指し示していう。

「まぁ一応そうなんだけど」

含みを残して南口さんは答えた。


そこまで話をしていたところで予鈴が響く


「おっ、まずいまずい」

芽衣さんは立ち上がりながらさっさと片付けをする。

次は社会科、日本史、世界史、地理など選択科目ごとに教室が別れるため、急いで部屋へと戻った。

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