表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

天才論理

俺は職員室の注目を一身に浴びる。

さすがに居心地が悪かった。


学長への挨拶を終えて、職員室で担任だという古川智也という人を待つ。

ゆうねぇのデスク前によそから持ってきた丸いすを置いて座っている。

いろいろなプリントをまとめて渡されたのでそれに目を通す。

学校生活のあれこれ、緊急時の連絡先や部活の冊子、教員紹介などなど。

「……ったく、古川くん遅いなぁ」

イライラした様子のゆうねぇは時計を見ながら文句を言う。

時刻はもうすぐ八時半、チャイムとともに朝のホームルームの時間だ。


――ふと、遠くから軽快な振動音が聞こえる。

それはペースを落とすこともなく徐々に大きな地鳴りへと変わる。


「――来たわね、あのバカ」

ゆうねぇが隣でつぶやく。

それに反応してゆうねぇの顔を見ると同時に勢いよく職員室のドアが開いた。


「っしゃ! ギリギリセーフ!」


その男性はドアを手で押さえながら肩で息をしている。


「セーフじゃない、アウト」


呆れたといわんばかり、額に手を当てて首を振るゆうねぇ

その男性はこちらへと歩み寄りつつ息を整えている。

軽く手を上げつつ挨拶をしているようだが、ほかの先生方も複雑そうな顔をしている。

ゆうねぇの隣のデスクが男性のものだったらしい。

乱雑なデスクの上から上手に日誌と出席簿を取り出している。

「一応間に合ってる。まだホームルームのチャイム鳴ってないし」

「とも、職員としてそれじゃダメでしょ?」


――確かにダメだな


「まぁまぁ……って、ん? なんだオマエ?」

ふと俺に気が付いたらしく視線をよこした。


「この子は私の弟よ」

「えぇっ? これがうわさの弟くん!? へぇ~、似てねぇ」

こちらをまじまじと見つめながら叫ぶ。

「――少し、年も離れてますし」

俺は一言答える。

「おっ、言葉の丁寧な子だな。さすがは都会のガキ」

そう言ってゆうねぇから俺の関する資料を受け取った。

「――そっか、ウチのクラスになるんだったな」

「えっ? 知ってたのっ?」

「学長から聞いてた。知らなかったのか?」

「私は聞いてなかったから」

驚いたように叫ぶゆうねぇにまぁねと軽い返事をしながら資料を読み続ける。

「だったらもう少し早く来なさいよ、やることあるでしょ色々と」

「ごめんごめん、俺も一昨日聞いたばかりだったし……」

そういいながらまったく悪びれた様子もない。

「で、名前はえっと、なんだっけ……色くん?」

不意にこちらへと言葉を向ける。

「はい、渡良瀬色です」

「渡良瀬だとさ、このバカゆうと被っちゃうから呼び方、色でいいな」

問題ないと俺はうなずいた。

「じゃ、教室いくからついてこいよ」

そういうとさっさと職員室を出る。

「ちょっと、ちゃんとしてあげよ」

その姿に不安を覚えたのか、ゆうねぇが少し怒ったように叫んだ。

「ゆうの弟だろ? 特別扱いで可愛がるから心配するな」

顔だけこちらへと向けるとひらひらと手を振ってみせる。

「ちょ……! 普通でいいわよ!」

怒るゆうねぇを後にして

「なにボーっとしてるんだ色、さっさと行くぞ」

その声で俺は少し駆け足で先生の所まで駆け寄った。



フロアを一つのぼる。

階段の踊り場から廊下へと先を行く先生の後をついていく。

教室に掲げられたプレートは手前から2年1組、2組と順に奥へと続く。

5組と書かれたプレートの前まで進む。

「おっはよぉ」

ひらひらと手を振りながら廊下ですれ違う生徒たちへと挨拶する先生。

「おはよう、トモちゃん」

「おうよ、ってかもうチャイム鳴るわよぉ」

先生に対してまるで友人のように話しかける生徒たちに違和感を覚える。


――いいのか、それで?


笑みを浮かべ先生へと挨拶をした生徒たちは、だが直後総じてその後不思議そうな顔をする。

先生の後ろをついて歩く見慣れぬ人影、つまり俺におのずと視線が集まっていた。

なんというか、ちょっと居心地が悪い。

「さっそく注目の的だな、色」

――あって数分ですでに馴れ馴れしい。

「まぁ転入生なんてのはその瞬間は時の人でおもちゃだからな」

おもちゃ、ですか。

「さぁて、着いた」

フッと振り返りニヤつく。

ちょうどチャイムが鳴り始めた。

「時間は完璧。準備はいいか?」

「――準備?」

何のことだ?

「なんだ? 自己紹介の準備に決まってんだろ?」

先生は当たり前だろと付け加える。

自己紹介の準備って、何?

「おまえなぁ、初対面は肝心だろ。一発目のインパクトが今後の学園生活を左右しかねないんだから」

先生は真顔で語る。

「特技とか、趣味とかさ。何か一つでもインパクトがあればそれがキャラになったりするもんだ。初っ端のトークにオチが付けられるだけでそれこそ学園生活勝ったも当然」

恐ろしいほど熱く語る先生はどうやら本気でそう言っているらしい。

「そうなん、ですか?」

「……理解してないな」

先生はジトッとした目でこちらを睨む。

「そういうのよく分からなくて。それに俺には特技や趣味も別にないし……」

「ハァ、そんなんで大丈夫かねぇ」

ため息まじりに言葉をはく。

「――まぁいっか、そりゃそれでテメェの勝手だし」

ドアを開ける。

「ちょっとここで待ってな、合図をしたら入ってこい」

よろしく、といった意味なのか軽く手を振り部屋のドアへと手をかける。

わかりました、と答えると先生は教室の中へと入っていった。


「――さぁて、席についきなさいな」


教室から声が聞こえる。

笑い声などが混じったにぎやかな明るい声が廊下まで響く。


――にぎやかだ、ちょっとにぎやかすぎると思うほどに。


「ねぇトモちゃん、外のコ誰?」

「あぁ? そんなのいないぞ」

「嘘付けよ、ドアのトコに人影が見えるじゃん」

「この教室にはかつて不遇の死を遂げた少女の霊がいるという……」

「そういうのいいから、トモちゃん」

「んだよ、つまんねぇ。ってことで転入生だ。このクラスに入ることになった」


ドア越しに聞こえる先生の声と何か歓声のような声が上がる。


「でもまぁそんないろいろ期待しても無駄、なんかつまんなそうな奴だぜ」


――いや、それはそうなんだろうけど、そんなハッキリ言わなくても


「ってことで入ってこい!」


それまでの漏れる声とは違う、こちらへと向けられた声が聞こえる。

合図なのだろう、ドアを開けて教室へと足を踏み入れた。



部屋中の視線を一身に浴びる。

ちょっとした歓声と小声が耳につく。


(なんだ、男かよ)

(マジメそうな感じ……)

(可愛くない?)


そんなざわざわとした空気感が届く。

教壇横へと立つ。

正面を向き、教室中の視線と向き合う。


「わぁ!」


それまでのひそひそ声とは違う大きな声がした。

いっせいに視線がその主へと向けられる。

一人の少女が、両手で口を押さえてこちらを目を丸くして見ていた。


――どこかで?


「……あっ!」

俺も反射的に声を出した。

昨日川べりにいた女の子だった。


「あれ、彩姫の知り合いか? ってか彩姫が声上げるなんて珍しい」

先生が発した言葉に教室中がざわめく。


「彩姫の知り合い?」

「マジでか、誰だよあいつ」

「あいつのでかい声、久々に聞いたな」


とたんに大きくなる雑音を先生がおさめる。

「あー、はいはい。一旦黙れ」

手をたたいて命令する。

それまでざわついていた人たちが一瞬で静かになったことには素直に驚いた。

「まぁその辺をイジるのは後にして、とりあえず自己紹介してもらおうか」


そう言ってこちらへと発言を促すように中央の教卓から外れた。

俺は一歩だけ前に進んで向こう側の壁へと視線を向けながら口を開いた。


「初めまして、渡良瀬色と言います。よろしくお願いします」


……………………


……………………



……………………



――あれ?


教室は静まり返っている。

なにか気に障るようなことでも……


「……えっ、それだけぇ?」


クラスの最後尾、髪を肩口程度で切りそろえたややクセっ毛の女の子が一人、こちらへと不満を述べた。

それを皮切に次々と野次が飛んでくる。


「あーあ、そりゃそうだろ」


先生はこちらを向いてそう言葉をかけてきた。


「だから言ったろ、多分つまんないって」

言いながら俺の横へと並ぶ。

「まぁとりあえずイジって……もとい可愛がってみるか」

さてさて、と不吉な言葉をこぼしながら手に持った資料を見始める。

「……へぇ、オマエ頭いいな……」

おそらく転入時の試験の資料を見ているのか、そんなことを言う。

「頭いいの?」

「勉強できるんだ、へぇー」

「なーんか、マジメそうだしね」

「どっから来たの?」

ざわざわとしたクラスの中からこちらへ不意に質問が飛んできた。

「あ、そうだな、質問タイムにするか」

先生は回答を促してくる。

「はい。首都です」

おー、となんの意味もない歓声が上がった。

「首都ってことは、都会?」

質問の意味というか、いまいち中身がない。

「多分、そうだと思います」

「芸能人とか見たことある?」

「あ、はい。時々テレビ中継の収録などを道端で見かけることは」

おー、とまた意味のない歓声が上がる。

「誰みた?」

「ゆうかりんとか?」

ゆうかりん? 誰だろうか?

芸能人、芸能人……

「えっと、最近は街頭演説とかで政治家の方を」

俺の答えに少し、クラスが静かになった……気がした。

「こっちでは一人暮らし?」

「いえ、ゆうね……姉とふたり暮らしです」

その言葉に教室がざわついた。

「ゆう? 渡良瀬ってもしかしてゆう先生の親戚なの?」

「え? ゆうセンセの弟? 渡良瀬ってそういうこと?」

質問に先生が答えた。

とたんに教室がざわめき立つ。

「ゆう先生と二人暮し?」

「まじで? ゆうちゃん、普段ってどんななの?」

せき止めた水が流れ出すかのように様々な質問が一斉に飛んできた。

「えっ、あっ、えっと……」

熱を帯びた空気に圧倒される。

「あーもう黙れお前ら!」

先生が声を上げる。

「まったく、なんであんなのが人気あるんだか……」

「だって美人だし、優しいし!」

「少なくともトモっちよりは人気でしょ」

一人の女子がからかう様に言う。

「そうそうタバコくさくないしぃ」

「うるさい、タバコの何が悪い!」

「ゆうちゃんのほうが全然優しいしねぇ」

どうやら、ゆうねぇは生徒からの人気があるらしい。

「一緒に風呂入ったりすんの?」

にやけた質問とともにクラス中が爆笑に包まれていた。

「あ、いえ、そんなことはありません」

俺のその答えにそれまでざわめいていたクラス中がとたんに静まる。

「……あ、いや、わるい。冗談だからさ」

バツが悪そうに、質問をしたらしい生徒は頭をさげた。

「やっぱり予想通りのクソマジメ」

静まり返った教室で先生が呆れたように言った。

「まぁ、いっか」

そのまま生徒のほうを向いて話し始める。

「結構なところから来たみたいで頭はバツグンにいいみたいだな。……でもまぁスポーツとか主要科目以外はダメって感じか。まぁそれじゃモテないな学生のうちは。社会に出るとこれが逆転したりするけど」

ほぉと、また少し空気が揺らめき始める。

「さっきからそればっかり。そんなん言うほど頭いいの?」

誰かがヤジる。

「いやな、転入試験結果あるんだけど、スゲェんだこれが。それこそ竜太やベッキーより全然頭がいいんじゃないか?」

「はぁ? なんだと!?」

その言葉に一人の男子が立ち上がる。

見た目は体育会系というか体格がよい男だった。

「頭がいい? 俺より?」

クラス中がその男子を見ながらくすくすと笑っている。

先生は俺の資料をひらひらとさせてその男子へと言い放つ。

「ってかコレ見る限り、竜太じゃ勝てないだろう。ベッキーなら勝負になるかもしれんが」

そう言って窓側の列、その先頭に座っている女の子の方を見る。

そこに座っていたのは美しい金色の髪をした女の子だった。

地毛なのか、よくは分からないが顔からは日本人とは違う印象を受ける。

そのとても整ったその顔は見とれてしまうほど美しかった。

先生と目があったベッキーと呼ばれる女の子は特に興味がないといった具合に視線をそらした。

「まっ、ガキが勉強なんて出来ようが出来まいが、最終的な人生にさほど関係ないけどな」

どっと笑いと野次が起こる。


――それが先生の言葉なのか?

随分変わったことをいう。


古川先生はそんなことを言いながら資料を教壇の上に置いた。

「じゃ、朝の時間も限られてるし、あとは通常ホームルームにするぞ」

先生はクラスに向けてそう言った。

「えっと、色の席はな、あそこ」

右手で指し示された場所は窓際最後尾。

「よかったな、特等席だぞ?」

クラスからもうらやましそうな声が漏れていた。

「……特等席ですか?」

「そうだろ、窓際最後尾、生徒の憧れの場所じゃないのか?」

――何かでそんな話を聞いたことがある。

そうなのかもしれない、だが前の学校では、それは真逆の意味だったな。

「ってかちょっと前に席替えしたばっかりでよ。席全部決めた直後で、新しく机置く場所あそこしかなかった」

……なるほど、そういうことか。

確かに俺の転入時期は少し間が悪い。

新学期に合わせて転入ならよかったのだが、新学期が始まって少し経った微妙なタイミングだ。

「じゃ、席に着きなさい」

言われて俺は歩き始める。

席へと向かう間も絶え間なく刺さる視線が痛い。

と、俺の前の席に座っていた男子が寝ていることに気が付く。

「あっ、栄太のバカ、また寝てやがるし」

――栄太?

教壇のほうから先生の声が聞こえた。

それにつられて教壇の方を向く。

「りゃ!」

――っ!

と、刹那鋭く投げられたチョークが俺の左耳をかすった。

グシャ!

何かが砕ける音がした。

ワンテンポ遅れて振り返る。

その男子は体を起こすことなく左手でそれを止めていた。

「ちっ、化け物め」

先生の舌打ち、教室中からこぼれる笑いとほぼ同時にその背中が起き上がる。

「……ぬぁ?」

目が合う。

「……あっ!」

「――おっ?」

同時に声を上げた。

「栄太って、今朝の……」

「ゆうちゃんの弟? このクラスなのか」

ずっと寝てたらしいと一瞬で理解した。

「そっかそっか、また会ったな」

一切構えた様子のない笑顔で一言、彼は言う。

「はい、よろしくお願いします」

俺は後ろの席へと座りながら言葉を返した。

栄太はそこまで言うとすぐにうつぶせて再び寝息を立てている。



ホームルームと一時間目の授業の間は五分程度しかない。

カバンから教科書を取り出して机に置く。

授業までの数分、やることもなく教室を見る。

数名と目があったりする。

こちらを見ながらなにやらひそひそ話をしている。

転校生ってのは意味もなく目立つんだなと身をもって知った。


ふと目をやった方向に、女の子が一人いる。

――あの子がそこにいる。

昨日の子、同い年だとは思わなかった。



――そういえばネコのキーホルダー……


昨日拾った手前持って帰ったそれを俺は机の上に無造作に投げ置いた。

今日の放課後、交番に届けようかと思ったが……

――彼女のものなら返そう。

俺は席を立つ。

目の前の栄太はうつぶせたまま動かないが、俺の周りの生徒たちは物珍しいのか俺を目で追った。


俺は教室の後ろからその女の子の背中へと近づく。

――えっと、名前、なんだったっけ?


「えっと……彩姫、さん?」


その声にビクッと肩を震わせてこちらへと振り返る。

たとえるならばおびえたウサギのような目をしている。

返事がない

もしかして名前を間違えてるとか?


「あの、えっと、名前合ってる?」

――コクン、とうなずいた。

「昨日そこの川辺で会った、方ですよね?」

――コクン、と再びうなずいた。

……なんというか、しゃべらないな。

昨日もそうだったがなんかビクついている印象を受ける。

こちらも正直構えて話しているので歯切れは悪い。

とりあえず、用件だけ言おう。

「昨日さ、落し物しなかった?」

「……え?」

それまで開かれなかった口が開く。

声を上げた彼女を見て俺が少し驚く。

「君が走り去った後、ネコのキーホルダー拾ったんだけど君のかなって」

その言葉に目を丸くしてうなずいた。

「うん、うん!」

ハッキリとした言葉でしゃべり始める。

「そっか。あ、でもごめん。まさか会うなんて思ってなかったから部屋に置いてて」

彼女は表情を変えずにあいづちらしき反応をする。

「明日持ってくるから」

うん、うん

大きくうなずいた彼女

目はあったまま、言葉はない。

……まぁよく知らないし、話すことはもう何もないし。

用件は済んだので席へ戻ろうと自分の席へと向かう。

「あっ、そだ!」

不意に聞こえた背後からの彼女の声に振り返る。

「ネコじゃないよ」

「……えっ?」

「あれはトラ」

――? 何の話だろうか……

「……キーホルダーのキャラクター?」

「うん」

「あぁ……そうなんだ」


そんなのどうでもいい

――と思うが口にはできなかった。



――なんだ、この子?



なんともいえない感じをうけながら席へと戻った。


とたんに隣の席の女の子に話しかけられた。

長い髪が印象的な女の子。

「――転入生、彩姫の知り合いなんだ?」

「えっ?」

「北川 彩姫、今話してたでしょ?」

そうか、北川 彩姫というのか

「いや、昨日たまたま出会っただけで偶然というか、今の今まで名前も知らなかったし、知り合いなんてものじゃないです」

そう答えると不思議そうな顔をした。

「へぇ、珍しい。あの子、男の子としゃべってるとこあんまり見たことないからさ」

そういいながら、言葉を止めた。

何か考えるようにして再び口を開く。

「っていうか男女問わず、少し人を避けちゃうタイプの人見知りなんだよね、悪い奴じゃないんだけど」

なにやら知った風に話す。

「……彼女の友達なんですか?」

「うん、そうだよ」

彼女は、迷いもなく答える。

「まぁ腐れ縁って感じかな。なんかずっと同じクラスだったり……」

そこまで言って、突然会話を変えた。

「あっ、うちってば自己紹介してない?」

そういえば、そうだ。

「ごめんごめん、うちは東出 芽衣ね。呼ぶ時は苗字長いから芽衣でいいよ」

「芽衣さん、ですか」

「芽衣でいいよ。タメっしょ」

「いや、呼び捨てはちょっと……」

「苦手?」

「まぁ」

「じゃあ別にムリにとはいわないけど」

少しその勢いに圧倒される。

まぁさばさばとしていてとても話しやすい雰囲気を作る子だ。

「君のことは色くんでいいよね? 渡良瀬ってのも長いし、ゆうセンセとかぶるし」

問題ないと返事をすると、よしとうなずいた。

「よろしく、色くん」

「はい、よろしくお願いします……芽衣さん」

「あはは、そんなに気を使わなくてもオッケー、同級生なんだし」

「――そうですか?」

「そうですよ」

俺の言葉を真似るようにそう言うと笑いながら肩をたたいてきた。

若干勢いがあってちょっと痛い。


バシッ


その彼女の手が不意に彼女の席の前に座っている女の子の後頭部へと飛ぶ。

故意ではなかったのだろうが、その衝撃に女の子は振り返る。


「もう! ちょっと芽衣、少し静かにしててよ」


苛立ちを含んだその声は彼女の目の前の席からだ。

ウェーブのかかった髪をひとくくりにした後ろ姿しか見えていなかった彼女が振り返ってこちらを睨んでいる。

大き目のめがねをかけた少しマジメそうな印象を受ける女の子だ。

「悪い悪い、ってなんだよ留美、カリカリして」

「――別に。カリカリなんてしてないわ」

「してるじゃん、カルシュウムたりてないんじゃない? あ、違った。乳酸菌だっけかな?」

「……もうっ!」

どうも何かにイライラしているのは間違いなかった。

「ってかなんだよ。ホントにどうしたんだ?」

留美と呼ばれた少女は少しの間、芽衣さんを睨みつける。

その後ため息を一つつくと諦めたように話しはじめた。

「……数学の宿題、まだ終わってないのよ」

めがねの留美という子はため息混じりにそういう。

数学? 確か……今日の三時間目だ。

ちなみに一時間目は英語、二時間目は物理だったはず。

「えっ、めずらしいね。留美が宿題忘れるなんて?」

「いや、忘れたというか、どうしても解けなかったんだよね……芽衣は?」

「うち? やってるわけないじゃん。今日は当たらないし」

二人の女の子の会話、気になって聞いてみる。

「当たる?」

芽衣さんがその声に反応した。

「ん、あぁ。色くんは宿題やってきた?」

いや、今日はやってるわけない

「あははっ、そりゃそうか。数学の宿題はね、それ自体の提出はないんだけど、順番で黒板に書くことになるんだよね」

あぁ、なるほど。

じゃあこのメガネの子は……

「あぁぁ! もう解けないよぉ!」

その子は頭を抱えて机に倒れこむ。

「あははっ、大丈夫大丈夫。留美が解けないならうちも解けないよ。ごめんなさい、って書けばいいじゃん」

「……もう、当たってないからって……」

「それこそベッキーか竜太に頼るとか」

「それはいろんな意味でイヤ! 負けたくないし!」

そう言ってまゆを吊り上げてこぶしを握る。

ベッキー、竜太、さっきのホームルームでも出てきた名前だな。


「――ちょっと見せてもらえますか?」


俺は声をかけた。

「えっ……あっ、はい」

俺の言葉が意外だったのか。

少し戸惑ったようだが、教科書を差し出してきた。


当たってる、ということか。

問題番号に星マークが書き込まれている。

――確かに見るからに一番めんどくさそうな問題だった。

大問の最後の問題、だがこれなら……


ルーズリーフを一枚取り出す。


「……これが……ここでこの項をまとめて……係数が3だから……」




紙の上を芯がはしる。

白い紙の上に様々な数字の羅列が流れるような優美さで描かれる。

そんな光景を見ていた二人が声をなくして魅入っているようだ。

「すごっ……!」

無限の数字の組み合わせ、展開式や公式の応用式が頭の中を駆け巡る。

そこから必要なものを選び取り、そしてパズルのピースのように隙間を埋めていく。



「――これで、どうかな?」


教科書とルーズリーフを差し出す。

おそらく一分もかけてはいないと思う。


「……あってそう……」

驚くめがねの少女

「お前、ホントに頭よさげだな」

芽衣さんはこの数式をわけが分からないといった具合で見ている。

目の前の席の栄太はそんな騒ぎにも一切反応せず寝息を立てていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ