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純心画紙

「おっかえり、色」

夕方、玄関先でゆうねぇが待っていてくれた。

「どうだった?」

「はい」

手渡したのは今日釣った魚、ではなく栄太が釣った魚を少し譲ってもらっただけ。

「おぉ、釣りなんてしたんだ! 色っぽくないな」

いいながら嬉しそうに笑っている。



荷物を置いて着替えでもしようと部屋に戻る。

部屋を見渡すと、そこにあったのはたくさんの参考書。

そればっかり……


他には、何もない部屋……


「――好きなこと、か」



着替え終わると、台所でゆうねぇが魚と格闘していた。


「三枚におろす、なんてやり方わかんない……」

「……ゆうねぇ」

ゆうねぇの右手の包丁が震えている。

「お隣の苺さんに聞いてみたら?」

「――えっ?」

「料理得意だっていってたから」

「ん、そうなんだ? でもあんなに年下、ってか生徒に料理教わるのは先生としてのプライドがねぇ……」

腕を組み渋い顔をする。


「……ゆうねぇ」

「ん、なによ?」

「……少しだけ、ちょっとだけなら寄り道しても、いいかな?」

「はい? 寄り道? 何を言って……」

そこでゆうねぇの言葉は止まった。

まっすぐこちらの目を見て……


「何言ってるの? そんなの、色の好きにすればいいじゃない」


そう言って再び魚と向き合う


「自分がそうしたいんでしょ? そんなの人に聞くことじゃないわ」


それだけいうとまた魚に無駄な切り傷を入れていった。



「……やっぱり苺ちゃん、呼んできて」





――次の朝


「ちょっと出かけてきます」

制服を着て、ゆうねぇに一言入れる。

「――学園?」

「はい」

「ん、いってらっしゃい」

ソファから動くことなく手を振った。



軋む廊下、静かなその場所には足音とその軋みだけが響く。

「――あれっ? 色くん?」

美術室のドアは開いていた。

足音で気が付いたのか、キャンバスを凝視していただろう彼女が、すでにドアのほうへ振り向いていた。

「どうかしたの? 今日は学園休みなのに」

そういうと筆を止める。

描きかけのキャンバスを背にこちらへ向き直る。



少し息をためて、そして言葉を一気に口にする。

「――俺を入れてくれませんか?」



「ん?」

「……美術部に、入れてください」

「――へ?」

彼女はすっとんきょんな声をあげた。


「部活、なんて今まで入ったことないし、絵なんて全然描けなくて……正直邪魔なだけかもしれないんですが」

「……邪魔なんて……そんなことないよ」

少し怒ったようにいう。


「……でも、一つだけ教えて。いきなりどうして?」


首をかしげて、聞く。


言葉を吐こうとすると、少しだけ胸が詰まって、だから絞り出すように。

「……俺には、やっぱり何にもないんだ」

ようやく出た言葉はそれだけだった。

そんな俺の声を彼女は黙って聞いてくれている。

「こっちに引越してきた事だって、ゆうねぇが父さんと話してそう決めたんです」

「優先生が?」


――自分で引越しを決めたわけじゃない。


気が付いたらそういう流れになっていて、段取りも決まっていた。

「自分で、自分から何かを決めたことなんて、今までだって多分なに一つないんです」


――そう、ちゃんと自分で自分を考えてこなかったから。



自分の意思で選び取ったものなど

生まれてから 今まできっと何もなくて


そんな価値のない自分で


生きるためだけに生きていたいとは思わない。



「……空っぽ、なんです」

「空っぽ?」

「……結局自分には、自分がない。自分の中に、何かを持っていなくて……」

――言葉に詰まる。

自分の気持ちをただ口にするのがこんなに難しいとは思わなかった。

「でも、これは……入部したいということは自分で決めたことです」

そう、誰かに言われたわけじゃない。

彼女は自分にないなにかを持っている、そう感じたからここに来た。

「好きなこと、なんて全然分からないし……でも、何かを自分で見つけてみたいって思って、だから……えっと……」

その言葉をさえぎるように彩姫さんが口を開いた。

「……空っぽなんかじゃないよ」

「えっ?」

「そんな人、いない」

言いながら歩き出す。

足元に転がっているキャンバスを一つ手に取った。

「そうだなー……空っぽなんていわないで。えっと、色くんはね……そう、今きっと真っ白なんだって思う」

「――真っ白?」

「うん。それは、空っぽとは違うよ。……はいっ」

手渡された真っ白なキャンバスを手に取る。

「こんな感じ。真っ白。でもさ、それってどんなものでも描けるの。そういうことでしょ? ははっ、私うまいこと言ったっ!」

くるりと一回転する。

右手を伸ばし、そして笑顔を見せる。

「なんか、バカだから君の言ってることの半分もわかんなかったけど、入部は大歓迎! ようこそ美術部へ」


差し出された手、俺の思考はどこまでも純粋な白に染まる。

ごく自然にその手をとっていた。


入部しようと決めた理由、結局うまく説明できなかった。

けど、よく分からないけど。

なんとなく自分のこと、好きなこと、彼女の近くにいれば見つけられる気がしたから。

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