表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

流下車窓

窓を流れる景色はそれを捉えようとした次の一瞬、遥か後方へと過ぎ去っていく。

太平洋岸を走る新幹線の中から俺――渡良瀬わたらせ しきはコーヒーを飲みながら外を眺める。

二人掛けの窓側の席をとった。

そうすれば周囲を気にせず、ずっと外を眺めていられるから。

だがそんなことを気にする必要はなかったらしい。

こんな半端な時期にさして人が乗っているわけもなく、結局新幹線に乗っている間、隣の席は終始空席のままだった。



都心から四時間弱、切符に描かれた名を確認しつつ駅のホームへと降り立つ。



――どこも――



天井から下がる看板を見なければここがどこだかわからない。

車窓から覗く駅の姿は俺にはどこも同じに見えた。


――そう、どこも同じ。


少し大きめなスポーツバックを肩にかけて俺はホームから階段を下る。

切符を片手に乗り換え用の改札を通過する。

ここから今度は普通電車に乗り換える。

ポケットに入れていたメモを取り出して行き先を確認する。

在来線は新幹線のはるか下を走っているらしい。

再び長い階段を降りた。

幾分か待たされた後、やってきた随分車両の少ない電車へと乗り込んだ。



「さて、と」


目的の駅に着いた俺は改札を抜けると駅前のロータリーで荷物を地面へと下ろした。

目に映る人はまばら。まだ昼過ぎだから当たり前だが、それにしても人が少ない。


――比較の対象が都心ってのは間違いだな。


そんなことを思いながら再びメモをとった。

ボールペンで丁寧に書き写した地図と備考、。

どうやら目的地はここから徒歩で二十分程度、バスやタクシーという手もありそうだ。


――まぁ、歩けばいいか。


土地勘はないが地図を見れば十分たどり着けるだろう。

再び荷物を持ち上げる。

持ち上げた視線にふと公道からロータリーへと続く入り口に一台の青い軽乗用車が入ってくるのが見えた。

他に乗用車の姿は見えないガラガラのロータリーへと入ってくる。

比較的スピードを出しているそれは俺の近くで車両の後輪を滑らせるように止まると同時に助手席のウィンドウが下がった。

どこかで聞いたことのある流行の音楽が漏れる車中から黒髪をなびかせた女性が顔をのぞかせた。

「よっ、渡良瀬色クン! 会わない間に随分大人になったねぇ」

そういって笑うのは俺の姉、渡良瀬 優だった。

かけていた大きめのサングラスを頭の上にずらす。

「ゆうねぇ? ……なんで?」

「ははっ、あんたが来る時間くらいわかってるわよ。せっかくだからお迎えにね」

「わざわざいいのに」

「まぁ今日は特に用事もなくて暇だったし。遠路はるばる私の学園に編入してくれるっていう可愛い弟君の迎えくらいこないとね。まぁちょっと出遅れちゃって時間ヤバかったけど」

「そっか……ありがとう」

俺は後方のドアを開けて荷物を投げ入れる。

再びそのドアを閉じると助手席へと乗り込んだ。

ほぼ同時に自動車は勢いよく走り出す。

「なんだかんだ久しぶりよね?」

「そう、かな?」

「私がこっちへ越してからは、結局電話くらいのものじゃない。私が越してかれこれ七年……って年は数えない数えない」

呪文のように独り言を繰り返しながらゆうねぇは車を走らせる。

「まぁ弟の顔はちゃんと忘れてなかったんだから」

いいながら笑いかけてくる。

あいづちだけは返した。

「で、早速だけど学園への転入は明日だよね……今日はどうする?」

「一応荷物を置いたら周囲を少し見て回ろうかな」

「そう、それって私がいなくても問題ない?」

「一人で大丈夫」

ゆうねぇの車は川沿いの細い道をやはり少し無理気味なスピードで走る。

車二台がとりあえずは問題なく行き来できる程度の道幅、対向車がいる時は徐行くらいしそうなものだが、そんな気はさらさらないと言った具合だ。

「それに、しても……さ、っと!」

ゆうねぇは見事なハンドルさばきで道を突っ走りながら助手席の俺に話しかけた。

「ビックリしたよ、色がこんなところに来るなんて」

「こんなところ?」

「だって、なんと言っても田舎でしょ」

車がスピードを下げることなく川を横切る橋へと右折する。

遠心力を体に感じる。気が付くと片側二車線の少し大きな通りへと出ていた。

「サラブレットが住むような場所じゃないじゃない? それにそもそも色って結構いいところに通ってたでしょ? ……えっと、名前は……」

「星雲学園」

「そうそう……ってあれ? 星雲だったっけ? 無茶苦茶偉いのね、色」

ゆうねぇはどうやら俺が通っていた学園を忘れていたらしい。

確認するや否や驚いた声を上げてこちらへ顔を向けた。

さすがに運転中に余所見は危ないと諭すと再び前方へと向き直った。


――星雲学園、それは俺が通っていた高レベルな教育で有名な学園だった。

多くの子供たちがそれを目標に据えるほどの名門。


「それがいきなりこんなとこに転入なんてびっくりだよね」

「――そう、かもね」

少し、言葉に詰まる。

びっくりも何も、俺をこの場所へと導いたのはゆうねぇその人だ。

「……まぁ私が驚くのは筋違いか」

ゆうねぇはそう言って笑うとハンドルを大きく右へと切る。

対向車線を豪快に横切り再び細い道へと入った。

そこから目的地まではすぐだった。

三階建てのマンションの駐車場へと軽乗用車は頭から突っ込んだ。

「よし、到着!」

足早に二階へと続く階段をのぼるゆうねぇの後をかばんを抱えてついていく。

ワンフロア五世帯のマンションの一室203号に渡良瀬と書かれた表札があった。

ここが、今日から俺の……

鍵を右手でくるくると遊ばせながらゆうねぇは少しだけ体をひねり後方の俺に向かって話しかけてきた。


「荷物は昨日までに大体届いてるからさ、確認しておいて」


それだけいうと鍵を開けて中へと入っていく。

2LDK――それはゆうねぇが一人暮らしであることを考えると大きな部屋だ。

玄関からリビングへ続く通路の左右に扉が一つずつ、玄関から向かって左側の部屋に多数のダンボールが山積みにされていた。


「そこが、色の部屋ね」


ゆうねぇとの同居は父親の出した唯一の転入の条件だった。


とりあえずカバンだけ部屋の隅に置いてリビングへと向かう。

L字型ソファーに腰掛けてテレビをつけるゆうねぇの姿が視界に入った。


「あ、冷蔵庫に野菜ジュースがあるからとって」


ゆうねぇはこちらを見るとそう言った。

リビングからカウンターを挟んでキッチンになっている。

背の高い冷蔵庫から俺は紙パックの野菜ジュースをとりだした。

それを下投げでゆうねぇへとほおる。

「サンキュ! 色も飲みたかったらどうぞ」

「いや、とりあえず部屋の片付けをするよ」

「そう、何かいるものがあったら気軽に言いなよ」

手を振りながら笑顔を見せるゆうねぇに軽く笑顔を作って答える。

そのまま自分の部屋になる場所へと足を踏み入れた。

ベッドとデスク、空の本棚が一つずつそれぞれ部屋の三つの角に置いてある。

無造作にダンボールを空ける。

中身は衣類や参考書といったハードカバーの本。

それ以外に変わったものは特にない。

それらを無造作に片付け終わり、リビングへと戻るとソファーでゆうねぇは居眠りをしていた。


今日は休日、それなのにこの人がここにいるということは、わざわざ俺のために時間をとってくれたということだろう。

少しだけ感謝しつつ、俺は鍵を手に取った。

このあたりの地理はない。

でもまぁなんとかなるだろう。



高いビルもなければ人の数もまばらだ。

住居にしても三階建てのものは高いと感じられる。

なにかがずれている様な、不思議な感覚だった。

大通りと呼べる場所ですら片側二車線程度。

建物の密度も低く、ところどころに深緑が見てとれる。

標識や電信柱に貼り付けられた住所を見ながら適当に足をすすめる。

この町は大通り沿いにひとつの川が流れている。

その近くに転入予定の学園があるらしいが、具体的な場所は知らない。

とりあえず川のほうへと歩いてみることにする。

途中の道に一階建てのスーパーが一軒、あとは個人店が数店舗点在していたが

大きなデパートのような建物は見当たらない。


そうしているうちに少し広い国道と併走するように流れる川へと出た。

ガードレールに手を添え上からその流れを眺める。

川べりは若干整備はされているようだが、だが人工的な色合いは強くない。

舗装されていない自然の砂地がむき出しになっている部分が見える。

そのところどころに野草が生え広がり、それは舗装された部分にも覆いかぶさっていた。

そんな風景を見て、ようやく自分が今までと違う場所へ来たことを肌で実感する。

少なくともこんな風景はこれまでいた場所では見たことがない。

テレビや雑誌、ノスタルジックなドラマの風景などで見たことはあった。

しかしそれはこれまで自分の中であくまで箱の向こう側の世界だった。

本当に、あるんだ、こんな、いい加減な川。



川沿いへと降りることのできる階段を見つけて降りてみる。

湿気を含んだ土の感触が靴の底から感じる。


――ん?


少し厚手の生地に見えるジャンバースカートを身に着けた少女が一人、草むらにしゃがみこんでいた。

無造作に伸びた草がしゃがみこんだ彼女の姿を半分近く覆っている。

髪は腰の辺りまで長い黒髪ストレート、座り込んだ側面から見ているだけなので背丈は分からないが、さほど背が高い感じはしない。

きれいな子、という感じじゃなくて……

どちらかというと可愛い、とか?

なんか洗練されてないというか、要するに田舎の人って感じだな。

と、彼女が手に取っている大判のノートのようなモノに目が留まる。

無意識に足を進め、近づく。

ノートというには大きい。

あの表紙、どこかで見たことある。

あれは、たしか……スケッチブック?

彼女はこちらに気が付く様子もなく、右手に持った鉛筆で線を描く。

小柄な彼女にやや不釣合いな大き目のスケッチブック。

線を描く手先は細く雪のように白い。

その風景に、その彼女に不釣合いな鋭い瞳の輝きにいやおうなく惹きつけられる。


――何を描いているんだろう?


もう一歩、近づいたそのとき


「あっ!」


その少女はその視線の先へと少し身を乗り出して断片的な声を上げた。

名残惜しそうな目で虚空を見上げ、そして視線を手元のスケッチブックへと落とした。

そのページが目に留まる。

そこに描かれていた鉛筆画は何かしらの花と、一羽の……


「――蝶?」


声に出していたのか、彼女はこちらに気が付いたのか反射的に振りむく。

「……へっ?」

どこか間の抜けた声から数秒後、その子は驚いたように立ち上がる。

両手でスケッチブックを抱きかかえた。

こちらへの警戒心全開といった感じだ。

別に驚かせるつもりじゃなかったんだけどな。

――と、少女は足を滑らせたのか不意にバランスを崩して後方へと……


「――っ!」


とっさに俺は飛び出して手をとる。

そのまま引き寄せた。

気が付いたときには彼女の額が眼前にあった。

――あ、えっと――


「――大丈夫?」


目の前の少女は目を丸くして俺を見上げる。

やはり背は高くはないな。

彼女はしばらく固まっていたが、握られた手に気が付いて次の瞬間、反射的に振りほどく。


「えっ? あっ……」


何かまずかったか?

少し距離をとった彼女を見る。

視線は斜め下に落としていた。

言葉はないまま、何かもごもごと口元が動く。

……俺は、どうすればいい?

と、再び顔がこちらを向いた。

まゆや口元がヒクついている。

硬い表情のまま、次の瞬間彼女は深々と腰を折った。

「――ごめんなさいっ!」

そんなに深々とお辞儀をされるほどでも……

……ごめんなさい?


顔を上げると視線をそらしたまま彼女は俺と逆方向へと足早に去っていった。


「あ……の」

――なにか、まずかったかのな?


カツンッ!


足を踏み出した弾みで、何かを蹴飛ばした。

足元から彼女が見ていたであろう草むらあたりまでを見渡す。

よく見ると紫がかった花が鮮やかに一帯に咲き乱れている。

そこに混じっていた名前も知らない小さな白い花、そこに白い蝶がひらひらと舞っていた。


「――あれ?」


足元に落ちている小さな何かに気が付く。

手に取ってみるとそれはネコのキーホルダーだった。

あの子の落し物だろうか?

だが追いかけようにも、もう姿かたちはどこにも見えない。

土地勘もないし知り合いもいない。

名前も分からない女の子を特定するなんて不可能だろう。

どうしようもなく、とりあえず手に取ったそれをポケットへとしまった。



「町散策はどうだった?」

ゆうねぇが俺に話しかける。

いろいろ思い出す中でごめんなさいという言葉が浮かんできた。

「――ん、見たことないものばかりだったかな」

「そりゃそうでしょうね」


――ごめんなさい――


「……キーホルダー」

「――はぁ?」

ソファに座り入居祝いに、とわざわざとってくれた出前の寿司を囲んでゆうねぇと話す。

「……いや」

「なによ?」

「ゆうねぇ、交番はどのあたり?」

「交番? なんで?」

「いや、ちょっと……」

しかし、キーホルダーなんて交番へ届けたところで意味はないかもしれない。

言葉少なく話す俺に、それ以上突っ込んだことは聞かないでくれる。

まぁもともとそんなに興味がないのかもしれないが。

「ふーん……まぁいいや。後で地図かなんか持って来て。明日から新たな学園生活なんだからさ、今日は早く休んどきなさい」

「わかってる」

――学園生活、か。

お茶をすすりながらそう答えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ