アクリリック・ガッシュ
「そう、例えるならば郵便物の仕分け、かな?」
「――?」
教室の窓に水平に差し込む紅、眩しさを拒むようにそれに背を向ける。
最前列、窓際の机で一枚の紙と対峙していた俺にそいつは話しかけてきた。
「入れた場所で行き先が決まる」
「――それは、まぁ普通じゃないですか?」
「そう、その通り」
そう言うと、スッと机のそばから黒板の前まで歩く。
「そういうことだよ、それも」
指差したのは今日中に提出すべき用紙
【進路調査票】
「結局さ、決まっちゃうんだよね。そこで」
「何が?」
「何って、そうだな……簡単な言葉で言えば将来?」
――いや、進路調査票とはそういうものだから、それは普通そうだろう。
「お前は分かってないねぇ」
呆れるようにそう言い放ち、そして黒板に落書きを始めた。
「要するにそれが郵便物の仕分けに等しいんだよ。行き先なんてそこでほとんど決まっちまう」
「……なんだよそれ」
「進学するとしよう。したら、わざわざご丁寧に行き先がランク付けされてんだろ? 受験なんてのは要するに仕分けで、その後の行き先なんてのも大体分かっちゃうんだよな」
「――そんな、こと」
「ないか?」
……俺には、わからない。
「入り口ですでに先が大体は見えちまうってことだ」
「……なんか荒れてるね」
いつもよりヤサグれているように見えた。
「わかる?」
「なんとなく」
「まぁ、あれだ三者面談やってきた」
――なるほど
「まぁ、お前はいいじゃないか。天才なんだし」
「天才?」
「全国TOP10の常連だろ? お前ならどこ書いたって進路指導受けないぜ?」
――そう、だろうな。
今まで一度だってそんなものを受けたことがない。
必要ないといわれる。
「どこだっていけんじゃん? なんか好きなように書けばいいのに」
どこ、だって?
それは違う。
必要がないのは、進路なんてものを選択する必要がないということだ。
「――すげぇよな、お前は」
それまで比較的明るく振舞っていた彼は、だがその瞬間、目線を落とした。
瞬間、雲の裏に入ったのか、光はさえぎられる。
彼の表情を見てとることはできなかった。
彼は一つだけ勘違いをしていると思う。
どこにでもいけるということは
どこにもいけないということだ。
なんにでもなれるということは
なりたいものがないということじゃないのか?
白紙のまま、その紙を学級ポストに入れると俺はその場を後にした。