水底の唐揚げ
夏の午後、尋はソファに深く腰掛け、揚げたての唐揚げを頬張りながらネット小説を読んでいた。
油の香ばしい匂いと物語の世界に浸るうちに、口中の脂がのどを刺激する。
「喉が渇いたな……」
尋は立ち上がり、キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けて飲み物を探したが、中は空っぽだった。
買い置きが尽きていることに気づき、近くのスーパーへ買い出しに出かける。
ついでに、帰りにからあげ専門店にも寄り、新たに唐揚げを買い足した。
家へ戻ると、机の上に知らないペットボトルが置かれていた。
ラベルはなく、中身は透き通った水だ。
尋は不審に思い、スマートフォンで友人の結衣子にメッセージを送る。
「今、家に来てないよね?」
すぐに返ってきた返事は――
「行ってないよ。どうしたの?」
ためらいながらも、尋はその水を冷蔵庫へしまうことにした。
数日後、再びスーパーと専門店で唐揚げを買った尋は、家に帰るとわくわくしながら袋を開けようとした。そのとき、机の上にまたあのペットボトルが置かれているのに気づく。
似たような現象を思い出し、身体を硬直させる。
また、部屋の床には湿った跡がバスルームまで続いている。
尋は自分のだらしなさを嘆きながら、タオルを手に床を拭き始めた。
そして、脱衣所の床を拭いていると、どこからともなく唐揚げのような香ばしい匂いが漂ってきた。
尋は匂いの源を確かめようと、恐る恐るバスルームの扉を押し開けた。
浴室の中は薄暗い。
尋はゆっくりと中へ進んでいく。
そして、浴槽に近づくと、中には見知らぬロングヘアの女性が縮こまり、両手で唐揚げを握りしめている。
彼女は尋に視線を向けて、ニヒッと口角を上げた。
「うわぁぇぅぇぁっぁ!?」
尋は悲鳴を上げ、裸足のまま廊下を駆け抜けた。
後日、尋は警察に連絡し、室内を調査してもらったが、不審な人物や痕跡は何も見つからなかった。
それでも胸に底知れぬ不安を抱えたまま、尋は家を引き払う決意をする。
机に残されたペットボトルと水跡は、夏の終わりまで尋の記憶に刻まれたままだった。