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11下旬、役場が用意したマイクロバスに他のT市のボランティアに混ざって、俺、寿田君、稲葉さん、もなかさん、あとは野球部の教習所メン3人が乗り込んでいた。
自家用車は駐車場がパンクするのと、管理が利かないので禁止だった。道も指定ルート以外悪い所が多いらしい。
「寿田君はもなかさんといつも一緒にいてくれよ? 稲葉さんも軽作業班だよ?」
「りょ、了解」
「寿田の面倒見ますよぉ?」
「無理はしません!」
俺もだが、皆、動き易いアウトドアタイプのダウンを着てモコモコしていた。
「中矢が後輩の面倒見てる!」
「対人省エネデフォの中矢がっ」
「人って成長するもんだな・・現役中に見たかったがっ」
茶化してくる野球部トリオ。
「うるさいなぁ」
俺達が暮らしてるT市の隣のF町の旧農村地で先日土砂崩れがあり、日曜を利用して、役場にボランティアを申請して参加していた。
この旧農村は野球部のコーチ出身地。その縁で俺を含めた野球部組は来ている。バッティングセンター部の3人は、俺が参加したから興味を持って来ていた。
多岐川さんは公募の一般推薦試験が間近で小論文と面接の対策に集中している。
元々、普通に一般入試でそこそこのとこ狙える基礎学力と、英検漢検国語検定にPC系の試験も受けていた。
今日は不参加だが、バッティングセンター部メンの為にお握りをどっさり作ってくれていた。ありがたい。
古幡は車校と国立受験準備の兼ね合いで地味に苦労していたので辞退。無理に参加するとまた数日膝の具合が悪くなるの確定だしな。
差し入れに貼るカイロと温湿布を1箱ずつくれた。古幡的。
現地に着いてバスを降りると、発酵した土と泥の臭いが強く、少し埃っぽかった。
「外作業の方々は軍手とマスクとゴーグルを使用して下さい。避難所の片付け等の方々もほぼ全ての作業でマスクをして下さい」
役所の職員さんが拡声器で指示する。俺達は言われた装備をして、3人と別れ、野球部トリオと外作業の担当者の所に向かった。
「「「うぁ~・・」」」
人的被害がなかったから、ニュースの扱いは小さかったし、全国ネットだとヘリからの映像がちょっとだけじゃないかな?
旧農村の端の山沿いの畑と作業小屋が「土と木々の濁流」で押し潰されたようになっていた。
山の方の跡は龍でも通ったような有り様。土嚢が組まれ、重機が入ってる土砂崩れ本体は素人は御呼びじゃない。
俺達、外作業ボランティアはおもに土砂崩れ結果周囲の土地やら水路、道路、住宅の敷地に拡がった大量の泥や石の簡単な除去作業を行うことになってる。
現地には住人や、他グループもたくさんいた。
「野球部! おーいっ!」
コーチだ。俺達が駆け付けるとコーチは早速ゴーグルの向こうで男泣きしだした。
「悪いなっ、せっかくの日曜日! ケガするなよっ? 午後から他のヤツらも」
「気にしないで下さいよ~」
「隣町ですし~」
「思ったりより全然片付いてないじゃないッスかぁ」
「人に被害が出てなくてそこはよかったです」
「お前らーっ!!!!」
号泣で纏めてめちゃ抱き締められたが、ずっと作業してたらしいコーチは中々ハードなコンディションだったぜ・・
昼休憩は埃対策で避難所だった旧農村の集会所だった所で取ることになった。
ストーブが焚かれ、豚汁が振る舞われた。
野球部トリオは後からきた野球部軍団や『彼女』に合流し、俺はバッティングセンター部に合流。
多岐川さんのお握り、美味い。ラップで包まれたお握りは詰められたタッパごとに『梅』『おかか』『昆布』『ツナマヨ』と意外と丸い字の付箋が貼られていて、いかにも多岐川さんらしい。
普通に美味しいお握りだった。
「家に泥が入ってるとこもいくらかあったが、ここは撤収でいいのかな?」
「し、親族の家とか、き、期間作業をする人達用のしゅ、宿舎に行ったみたい、です」
「宿舎、そっかぁ」
「無給だけど、初めて働いた・・です」
「もなか、いいことだよ!」
「だね、もなかさん」
「が、がんばった」
「うんっ」
どろどろになって、皆でお握りを食べて、
身になることをしなくては。
最近、そんなことをよく考えてる。
12月、中旬。バイト活動を再開した俺は学校から自転車で行ける範囲の居酒屋の厨房で働いていた。
忙しいがスーパーと違い、ほぼ厨房作業で完結しているのと賄いがわりと豪華で気に入っていた。
「お疲れ様でしたー! お先ですっ」
また結構伸びた髪で、下にも着込んだ学校の制服の上にマフラー、ダッフルコート、手袋の格好に着替えて裏口から出る。
夜風が本格的に冷たい。
店の駐車場の駐輪スペースに停めた自転車に乗り、サドルの冷たさにテンション下がりつつ、駅まで向かいかけたが、ふと、たぶんバッティングセンターのある方を振り返った。
今日、自動車免許を取った古幡が多岐川さんに告白したはずだ。
さっき確認したが、DMもEメールもなにも来てなかった。
自転車を出す。
先月、図書館の帰りにもなかさんが聴かせた星の歌のメロディを思い出してた。
最初は鼻歌だったが、
「・・次に来るのは400年!」
小声で歌いだし、
「軌道を忘れない、星が1つ、回って1つ」
段々声が大きくなり、通行人をギョッとさせながら、うろ覚えの歌を歌って駅に向かった。
・・12月下旬の日曜。もうすぐ多岐川さんの推薦の結果が出る頃。
俺、寿田君。稲葉さんは寡黙な古幡が運転する古幡の姉さんから譲ってもらったコンパクトSUVでとある漁港に来ていた。
人気の無い波止場を歩くワケだけど、凄まじい勢いの冷たい潮風!!
「ぐぅおーーっっ??!! 古幡っっ、遭難するっ、普通に遭難するぞこれっ!」
「も、もなか、来なくてよかった! と、飛ばされるっっ」
「古幡先輩っ! 一旦っ、一旦っ、あそこの食堂にいきましょう!! 膝と腰にも悪いですっっ」
「アハハハっっ!! 吹けよ風っ! 逆巻け太平洋っっ!! 恋等は一時の幻想さぁーーーーっっっ! アハハハハハっっっ!!!」
「ダメだっ! 古幡が壊れたっ、寿田君っ、確保するぞっ? 稲葉君は食堂の座席確保をっ!」
「「了解っ!」」
「アハハハっっ! ウィンターハリケェェーンンっっ!!!!」
取り敢えず、荒ぶる古幡を2人掛かりで確保し、食堂に連れ込んだ。
「うっ、うどん! うどんが美味しいよっ、中矢君っっ!! 僕、結構モテるんだけどねっっ?! 本当だよっ?」
ボロ泣きで鼻をすすって温かい若布うどんを食べる古幡。
「おー、うん。古幡。お前は間違いなくイケメンだ。イケメンの中でも上位グループだと思う・・あ、蛤ラーメンセット、お願いします」
「か、海鮮丼セット、お、お願いします」
「天丼セットお願いしまーす!!」
地味な食堂だったが普通に全部美味しかった。海辺のメシは全部美味い気がする。
帰り、よっぽど俺が運転代わろうかと思ったが、食堂のご主人の好意で畳の間で小一時間横になった古幡は、おもむろに起き上がり、
「さ、帰ろうか?」
と飄々としたテンションに切り替え、帰りは至って古幡らしい堅実な運転で俺達を学校最寄り駅まで送ってくれた。
古幡昭太郎。お前の勇姿を俺は忘れない・・




