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9月、夏休みが終わると、多少自分で整えてはみてるけど髪が伸びて頭がちょっと落ち着かない俺は、野球部でまだ免許取ってない非受験組3人と教習所に通いだしていた。
この時期、教習所は似た立場の同じ地域の高校生が多くて妙な連帯感が教習所にあった。
眠くなる講義の合間、あちこちガタがきてそこはかとなくガソリン臭い休憩室の一角で野球部チームで固まってた。
「中矢、夏休み彼女できた?」
「無いな~。でも多岐川さん達と海行った。ピザ美味かった」
「多岐川さん? ・・ああ、眼鏡の人か」
うむ。学校で気配を消してる多岐川さんに対する一般的な男子の反応はこれくらいだ。
「海でピザで多岐川さん? どういう状況?」
面白がって野球部軍団が纏めてきてホームランボード当てまくったりしたらややこしいし、もなかさんとかデリケートそうだし・・
俺はバッティングセンター『部』であることなんかはボヤかしたが、ざっと海水浴やバッティングセンターに通ってる仲間がいることを話した。
「へぇ~? 『謎のコミュニティ』だな」
謎のコミュニティ。的確に総括されてしまったぜ・・
バイトはしばらくしないつもりで、また合間にちょこちょこバッティングセンターに通うようにもなっていた。
今日は古幡と俺ともなかさんだけだった。
もなかさんはピクサーのアニメキャラみたいな極端な動きをして危なっかしいから、多岐川さんにヘルメット被せられていた。
「いいね、教習所。僕も来月から週に何日か、通うんだ」
「え? 古幡、国立受験だろ?」
ビックリして空振りしちまった。
「大丈夫大丈夫。座学、内申! バッチリだよ? それに前期日程でもカツカツだし、土壇場でやりたくないんだ。僕は特に移動手段の確保、重視してるから」
「そうか・・」
古幡の膝は治らない。
「ところでカズ兄さん、どうなんだろ?」
「ええっ?」
またさらに派手に空振り。
「ナナは中学の時、告ってフラれてますよ? 討ち死にっ!」
空振りしてヘルメットがズレながら、簡単に密告してくるもなかさんっ。
「「・・・」」
俺と古幡はしばらく気まずく沈黙したが、
「クリスマスまでには免許取るつもりなんで、そしたら告白するんだ」
古幡・・。
「いや、結構時間かけるな」
「そりゃね! 車校だからね、ごめんねっ!」
「フラれたら、あたしが歌にしてあげますよぉ?」
「ありがとう!」
古幡はヤケクソ気味にスィングして、ホームランボードに打球を当てていた。
そして、ロビーに戻り、
「何ヵ月分かで10点貯まったから、ぬいぐるみ取るよ。多岐川さん、あげよっか?」
「いらない。家に色違いで全種類あるんだ。叔父さんくれて。もなかにあげて」
「やったぁーっ!」
この流れでも素直に喜ぶもなかさんだった。
帰り、俺は古幡と、ついでにぬいぐるみを抱えたもなかさんに、駅近くの店でドーナツ奢ってやったさ・・
9月下旬、最後の文化祭の準備が佳境となっていた。
ウチのクラスは演劇。俺は大道具。多岐川さんは衣装とヘアメイクのチームに入っていた。
文化祭といっても、演劇部と映画研究サークルと図書部に手芸部、DIYやメイクなんかが得意なヤツがチラホラいる。それも三年生の練度でいるので、それなりだ。これで最後だし。
俺は教室の端に積まれた資材を取りにいった。近くのテーブルで多岐川さんが何か縫っている。
さっきまでいつもの図書部&調理クラブの2人もいたが、いつのまにか席を立っていた。
「うぃっす」
「はぁい」
一応適当の声掛けしたら適当に返された。多岐川さん的。
資材は適当に積まれてて取り難いやら危ないやら。俺は持ってく前にちょっと片付けることにした。
「それ、私も危ないかも? と思ってた。行動が伴わなくてごめん」
「別に」
重いのもあるから触らない方がいい。
「・・免許いつ取れそう?」
「10月。専門学校の試験とか面接終わってから」
「私も推薦イケたらすぐ取るつもり。ボロボロの中古でいいから東京で乗りたい」
東京?
「多岐川さんが上京するつもりっ?」
「ダメなの? ふふ」
なぜかウケる多岐川さん。
「いや、俺も東京の専門学校考えてるんだけど・・」
「あ、そ。よろしく。試験の時、カズ兄に車回してもらう?」
「えいやおお?」
カズ兄さん出た!
「なにその動揺? ふふふっ」
ますます笑う多岐川さん。
俺は資材の整理を終えつつ、そこそこ困ってしまった。
10月上旬、俺は東京の品川駅から出てきた。
先日散髪に行って『板前』みたいな髪型にされてしまった。せっかく伸びたのに・・
スマホを見ると家族と野球部とバッティングセンター部とそれ以外の友人等から続々着信が着ていた。
多岐川さんからはカズ兄さんと落ち合う段取りの確認が簡素に。
「さてと」
建物も道も大きいが意外と人混みはそうでもない中、俺はメモとスマホの地図を見ながら待ち合わせ場所へと歩きだした。
しばらく進むと、車道脇に見覚えのある軽自動車があって、軽くクラクションを鳴らした。窓が下がる。俺は小走りした。
「中矢君!」
「すいませんっ。お世話になります!」
カズ兄さんは海辺の南国ファッションではなく、秋らしい茶系の落ち着いた格好をしていた。ごく普通の服装だが、体型が強いので、モデル感ある。
いわゆる『服より着てる人』だな。
中に入ると、女性の香水何かのニオイがした。彼女さんのだ。どう見てもカズ兄さんの趣味じゃない小物も置いてある。助手席のシート位置が高く、グローブボックスに近い。冷や汗かいちまう。
「あ、キツいね。ミドリ、華奢だから。合わしたらいいよ。軽だし。俺は合わせてもカツカツだから」
苦笑してる。確かに軽の体格じゃない。彼女さんは『ミドリ』さんというのか。
「はいっ」
「〇〇のカプセルホテルだよね? カプセルホテルで大丈夫?」
「1泊泊まれたらどこでもっ」
「そっか」
カズ兄さんは目を細め、車を出した。
「明日、大丈夫そう?」
「はいっ、簡単な筆記と面接だけなんで」
「うん。カルチャーセンターみたいなとこじゃないみたいだし、入ってからたぶん厳しいよ? 高校の同級生でそういう専門行って退校せざる得なくなったり、資格取れなかった人、いたよ?」
「気を付けます・・」
実はもう学校で教わる想定の座学はちょこちょこ始めてる。
カズ兄さんはそれからしばらく、俺が受験する学校近くの安くて美味しい店の話をしてくれていたが、
「あの! 一嘉さん」
そう、カズ兄さんこと、一嘉さんだ。
「ん?」
「多岐川さん・・菜々美さん、東京の学校出願したみたいです」
「あー。そうだね。学部はナナちゃんらしい気がした」
少し沈黙になったが、カズ兄さんはカーオーディオを入れた。確か5~6年前に流行ってた曲が流れる。世代、と思った。
「俺、春から福岡で働くことになったよ。ミドリも、来る」
「・・そう、ッスか」
昔の曲はもなかさんの曲と違って、他人や世間の言葉のようで、今はそんなに売れてないそのバンドから音楽で食べてゆくのは世知辛いもんだぜ? と、よく噛み砕いて聴かされた気がした。