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バッティングセンター部  作者: 大石次郎


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5/12

パコンっ、と打ち上げ、ホームランボードに当てた。


「お~っ、いいですねぇ! 野球部っ」


「た、確かな打率!」


打席の後ろに、もなかさんと寿田君。


他に稲葉さんもいるが、稲葉さんは今日は打席に立たず、さらに後ろのベンチで座って紅茶缶を持ち靴の爪先の辺りを見てた。


「今日は4点でゲームセット!」


「あっ、そのフレーズいいかもっっ」


素人音楽Pモードになって、スマホをイジりだすもなかさん。こういうのも瞬発力ってあるんだな。


打席から出て、3人で稲葉さんのベンチに向かう。

ロビーで話す時間を考慮すると、もういい時間。バッティングセンター部は基本的にそんなに長居しない。


「稲葉さん、ロビー行こ。景品奢るよ?」


「き、貴族のグミ!」


夢から覚めたような、覚めてないよな? 顔をする稲葉さん。


「あ・・はい」


4人でロビーに戻り、道具を返し、景品交換。


「多岐川さん、よろしくお願いします! あ、フランクフルトも買うんでっ」


「まいど~」


多岐川さん、毎日いるけど帰宅部でも勤勉だ。ま、誰も来ないとタブレットをイジったり学校の勉強したりしてるみたいだけど。


寿田君に蒲焼きのヤツ。もなかさんにカルシウム入りビスケット。稲葉さんには貴族グミ! を景品で奢る。

そして点を使いきった俺はお婆さんのとこでフランクフルトを買った。


ベンチに座って、もなかさんは曲作りに集中し、稲葉さんは引き続き心のここにあらずな調子なので、寿田君と寿田君が家でやってる自主トレメニューの話をしていたが、やはり稲葉さんの様子が気になるな。


グミ食べようとして自分の指噛んで「痛っ」とか、やってるし・・


「稲葉さん、今日どうしたの?」


「だ、打率落ちてる?」


ハッとする稲葉さん。


「その・・・コーチに、『推薦狙わないなら、マネージャーチームに入るか、学校で契約してる調整用のプールでリハビリに専念してくれないか?』といった感じのこと言われちゃいまして。ほら! 他の子達、気を遣っちゃうし、三年生もいるし」


消え消えになる稲葉さん。『調整プール』は強いいくつかの体育部が共有で契約してる。弱い野球部は無縁で、どっちかというと勝ち組感あったけど、こういう使い方もされるのか・・


少年野球の記憶込みで一瞬距離感バグりそうになるが、グッと堪え、思考を整理する。


「チアはミスが事故になっちゃう競技だろうし・・有料? のプールならリハビリの環境には良いかもしれない。ただ、部によって空気、というか、コーチの方針もあるだろうから。その、まぁ、マネージャーは、やらなくていい気がする、かな? いやっ、弱小野球部の意見だけど!」


強い部と楽しい部は、全く、完全に違う。


T高チア部はそこそこ強い部だ。女子のコーチは若く、向上心強そうに見えた。


実は俺も中学の時の野球部はちょっと強かった。この生活がほぼ野球しかなくなるラインでもう三年、はギブアップしちまったけど。


故障して、戻れなくて、古幡みたいにサバサバできない選手ってのも、他校を含めて何人か見てきた。荒れるヤツも。


「たっくん先輩・・」


「いやいや」


気まずくなって競技嫌いになる前に環境変えたら? て言いたかっただけなんだけどっ、潤んだ目で見ないでくれ! 元稲葉少年っ!


「はいそこ。弱った女子につけ込まない」


多岐川さんの受け付けからのツッコミっっ。


「つけ込んでないけど?!」


「い、嫌なことあったら、い、一杯寝たらいいですよ? す、睡眠で、大体解決するから」


「ありがとう、寿田君」


「いい曲ありますよ?『オマエら(しゃち)の餌』て曲で、小学生の時、あたしをハブってきた女子グループを曲の中で抹殺してますっっ」


「ありがとうっ。でも、もなかちゃん私、険悪にはなってないからっっ」


うん。まぁ遠くに行ってた意識が近くに戻ってきた感はある。


バッティングセンター部員として、できるのはここまで、だな・・



後日、稲葉さんは休部して契約のスイミングスクールに割安で通うことになった。


雑談、バッティング、景品交換、お婆さんの素揚げフード、自転車で一緒に走る、DMで近況報告。


もなかさんはしょっちゅうのようだが、たまに多岐川さんからEメール。


学校で特別絡むことはなかった。同じクラスの多岐川さんも『多岐川さん、いるな』て感じだ。


そうしている内に夏休みになり、俺はバイトで忙しくなった。



決まった仕事は品出しとレジ打ちの手伝いなんだが、短期のバイトボーイに過ぎないんで、雑用全般を担当してる。


ケージを転がして品出し終えた側からレジの応援に回されて、セルフレジの使い方わからないお年寄りや子供のケア。


たまに男女問わず、セルフレジに癇癪起こす中高年客もいるがこれはバイトじゃ対応は無理。高校生じゃ火に油。


他には、掃除。倉庫の簡単な検品。荷受けの手伝い。意外と多い調理場の手伝い。


今日なんて朝からほとんど惣菜作ったり、洗い場にいる。

あれ? 居酒屋でバイトしてる? て感じ。


でもB品(出来損ない)でも食べられるヤツ、こっそりくれるから役得だったりもする。


遅れた昼休み、山盛りのB品のパックを見なかったことにしてくれる社員さんに、


「お疲れ様でーすっ」


と挨拶しつつ休憩室が口悪い人達ばっかりだったから、従業員通路の窓の近くに置かれた一部割れてるプラスチックベンチに座って1人で昼飯タイムに入った。


メニューはB品と、家から持ってきた保冷パックで冷え冷えになってる梅干しご飯。ペットボトルのお茶。B品盛りのカロリー&塩分は中々だが調理場とバックヤードの仕事はそこそこキツいから。


「・・バッティングセンター、行けてないな」


ポツリと呟く。実はもう1枚買っちゃったから、何ゲーム分残ったカードが財布に潜んでる。


中身がパンクして陳列できなくなった挟み揚げを噛りつつ、何気なくほったらかしだった。スマホを見てみた。


多岐川さんからEメールだ。


『バッティングセンター部メン達。海、行かない? 叔父さん一家のバカンスに便乗できそう!』


「海」


割れたベンチで思う。中高で温度差あっても、基本夏は野球ばかりしていた。スーパーマーケットの仕事は思ったよりマカロニウェスタンだ。


海、か。



・・・バイトの休みと両親の田舎への帰省の日程なんかを調整し、他のメンバーもきっとあれこれ調整し、8月の中頃。


「うはぁーっ!!」


ワゴンの窓側の席で珍しくテンション高い多岐川さんっ。


海が見えてきた! 他の全員も盛り上がるっ。


久し振りに見た髪伸びてきてる稲葉さんも元気そう。よかった。


バッティングセンターのワゴンと、多岐川さんの叔父さん家の四駆車の2台で、俺達は一番近い海水浴場のある海辺のエリアに来ていた。


ワゴンの方にバッティングセンター部メンも全員乗ってる。運転手は多岐川さんの従兄弟の『カズ兄さん』だ。


東京の大学に通ってるらしい。登山やってるそうで、背が高く、背筋に鉄板入ってそうな体型だ。


スラッガータイプだな・・


「民宿古いけど、ご飯は美味しいよ? 特に海鮮! あとピザ窯あるから」


「「「うぉーっ!!!」」」


ますます盛り上がる俺達っ!


本格的に、夏が来た。

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