4
古幡、寿田君、稲葉さんは自転車でバッティングセンターに来ている。もう1人の部員『モナカ』さんも自転車らしい。多岐川さんも自転車・・
学校の許可は案外簡単だという。俺も家に中学の時にホームセンターで買った安いクロスバイクはあった。
行きは先に行ってもらってるが、帰り古幡や寿田君に自転車押して帰ってもらうのも申し訳ないし、地味にバッティングセンター遠いし、うーん。
といった話を1ゲーム後のロビーのベンチで今日は最初からいた稲葉さんも含めた4人でしていた。
「中矢先輩、私、週に何回かしか来れないから貸しましょうか?」
稲葉さん?
「いやいや大丈夫大丈夫!」
ヤバい、これはなんとかしないとっ。
「明日許可取っちゃえば? 土曜日にウチの車で自転車運べるよ?」
受付の多岐川さんが不意に言ってきた。
「ええ? いいの?」
「ホームランボード当てがちだけど、大事な固定客だからね? あと、駄菓子ばっかりじゃなくて、フードメニューもたまには買ってね?」
そうだった。見ると、数組だがテーブル席がある方のカウンターで多岐川さんのお婆さんがニッコリしてフランクフルトを掲げてきた。
取り敢えずダイエットしてる寿田君以外は1本ずつ買ったさ・・
寿田君かわいそうだから多岐川さんが蒲焼き風駄菓子を『2個』奢ってあげたりもしてた。
土曜日!
噂通りあっさり『部が終わって運動不足解消にバッティングセンター』という緩い申請で許可が取れたので、多岐川さんにバッティングセンターの商用車を回してもらい、学校まで運んでもらうことになった。
学校は月2の土曜休み。
ハーフパンツにビーチっぽいシャツにキャップにボディバッグの俺は、マンション前のスロープの横の作り付け花壇の縁に座り、スマホ片手に道路を挟んだ塀の上を歩く猫を見ていた。
昨日手入れや高さ調整した(高校入ってからたまに近くのコンビニ行く以外に乗ってなかった)クロスバイクは側に停めてる。
クロスバイクといっても不便だから普通にスタンドを装備。
(夏のバイト、いい加減決めないとな。いや、そういや車の免許も・・)
考えていると、ONにしてた着信!
「うおっ?」
俺は慌てた。俺の反応に猫が驚いて逃げてく。
DMでもショートメールでも部活で使ってたSNSでもない、古式ゆかしい『Eメール』だ!
「おおお、アプリとか通信会社とか不審なヤツ以外のEメールか・・」
緊張する。多岐川さんだっ。
Eメールを交換したのはバッティングセンター部がDMで連絡取ってるからだろう。俺もまだ会ったことないモナカさん以外とはDM。
部活SNSは多岐川さんはやっておらず、ショートメールは家族と予備校専用らしい。DMは多岐川さんの友達専用。
よってカテゴリー不明の俺は『Eメール枠』となった。どうも他のバッティングセンター部も多岐川さんとはEメールで連絡を取ってるようだ。
多岐川さん的に俺達はなんなんだろうな・・
『〇〇マンションだよね? もうすぐ着くと思う。古幡君ともなかも来た』
メールの内容。もなか? 最中、モナカさんかっ。甘党そうな人だな。古幡は昨日のDMで『要監視だね!』と来てたから、一応俺を警戒しているようだ。ほほう。
寿田君は塾。稲葉さんは病院とチア部に顔出すらしい。
程無く、バッティングセンターのロゴがバーンっ! と塗装されたワゴン車がマンション前に来た。
「わざわざすいません! ありがとうございますっ」
運転手の多岐川の叔父さんに立って頭を下げる。
「うわ~、君、野球部っぽいねー」
叔父さんは目元が多岐川さんに似ている以外は『いかにも野球部OBなガニ股の日焼けしたガッシリめの中年男性』だった。たぶん縄文時代のスタンダード。
T高出身ではないようだ。
「中矢君」
多岐川さん達もワラワラ降りてくる。て、んん?? 1人、小学生みたいな体格の子が降りてきた。これは、だよな? 甘党云々とは違うベクトルだな・・
「えっと、もなかさん?」
「はいっ、一年B組の雲峰もなかです! 帰宅部で、普段曲を作ってます」
と言ってスマホを操作して曲を掛け、画面を見せてきた。
「おっ」
なんとなく、もなかさんっぽいキャラが曲と合成音声に合わせて歌って踊る動画だ。
キャッチーな感じ。
「本格的だっ」
「Vで儲けられないか? 日々企んでます」
悪い顔をするもなかさん・・見た目小学生だけど。ほんとに高一??
「ついにバッティングセンター部メンバー全員に遭遇してしまったね、中矢君。ふっふっふっ」
フィクサー感出してくる私服の古幡。上等そうなハーフパンツの左膝にスポーツタイプのサポーターをしてる。
「暑いからとっとと自転車、車乗せちゃおうよ?」
ファッションに疎いから正式名称がわからないけど、袖無しのワンピースっぽいトップスとショートパンツを合わせてる多岐川さん。
眼鏡は太縁眼鏡だが、髪は学校より個性的に纏め上げていた。
「そうだね。よーし、じゃ、お世話になりまーす!」
正直、休みの土曜なら家から駅まで問題無く行ける。親の車で運んでもらってもいい。だがここは素直に面倒見てもらおう。
自転車を乗せ、学校までの車中は高校生4人は、もなかさんの曲を歌いまくって多岐川さんの叔父さんを結構笑わせた。
──────
小豆 小豆 小豆 小豆・・
あげるよ 甘味っ!
わたしカロリー 肥るカロリー 君のカロリー カロリー カロリー カ~ロ~リ~
逢えるかな? もう忘れた 私、熱量
そんなbean bean bean bean・・
──────
駅で多岐川の叔父さんにお礼を言って別れ、駐輪場の手続きが終わると、今日は4人でカラオケボックスに行くことにした。
「いつかもなかの曲を入れてもらいますからね!」
もなかさんは元気一杯で一足先にカラオケボックスに入ってゆき、
「もなかちゃん、また学生証疑われるからっ!」
古幡が入り口の階段の手摺を持って追っていった。
「もなか、曲作りにハマり過ぎて学校休みがちなんだよ。朝、あんまり起きれないみたいでさ・・」
階段上りだしながらさらっと言い出す多岐川さんっ。
「え?」
「家、近くて、親に頼まれてるから。古幡君達と仲良くなってよかった」
なるほど。
「じゃ、俺も、もなかさんと仲良くするから」
「・・・」
急に疑わしげな目を向けてくる多岐川さん。ん?
「中矢くん、ロリコンじゃないよね?」
「違うけどっ?!」
俺は全力で否定した! 心外っ。
月曜日。
駐輪場から自転車を押し、俺、古幡、寿田君、稲葉さん、もなかさん、多岐川さんは出てきた。
学校まで自転車なら約8分。登り坂あり。
「皆時間合わせてもらって、悪い」
「いいですよ! 先輩の『初乗り』ですからっ」
稲葉さん初乗りて。
「な、なんか、お腹空きましたね」
朝食抜いてきた? 寿田君??
「僕と、もなかちゃんの電動アシストバッテリーが火を吹くからね!」
「1限から学校行くの久し振りだ~」
もなかさん大丈夫かな・・古幡も坂道、実は見てる方がちょっとヒヤっとしたりする。
「眠いねぇ」
血圧低いらしい多岐川さん。まぁよし。
「では、『バッティングセンター関係者一同』、出発!」
「「「おーっ!!」」」
他の生徒や通行人に見られたりもするので微妙に気恥ずかしいが、自転車で登校開始だ! よーし、今日も放課後、打ちに行くぞ~。