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7月の昼休み。
受験組は殺気立ち。部活まだ終わってない組は夏の最後の大会なりなんなりの為の疲労で眠たげだったり逆にハイになったりする中、『受験しないし、部活無いよ組』は気楽なもんだ。
その中でよく話すメンバーの2人が『夏休みに漫才コンテストに出る』とか言い出して、そのネタ見せやらなんやらで、わーわーして、昼飯どころじゃない感じになってた。
受験組から疎まれてる気配がそこそこ辛い・・
ふと見ると、多岐川さんはいつもの調理クラブ女子と図書部女子のグループでひっそりしていた。
断片的に聴こえてくる会話によると(不可抗力)3人で、スマホの『ホットサンドの人気店が載ってる』らしいサイトかなんかを見たり、最近3人が買い換えたスマホケースの品評し合ったりしている。スマホ、強いな。
髪を纏め、細い縁の眼鏡を掛け、シュッとしてると言えないでもないが、薄い顔立ちと目立つことをなにもしないスタンスもあって『バッティングセンターモード』よりかなりステルス性を発揮だ。
実際、これまでクラスにいること自体、ほぼ意識してなかった。
「・・・」
見てるのも変だな。俺はバッティングセンターのボールペンで漫才ネタの台本の気になった所にチェックを入れる作業に戻った。
いや、元野球部の、特に面白いこと話すワケでもないヤツがすることだから、
『ここよくわからない』『ここ口回ってない』『なんか芸人とか動画投稿者がやってるヤツのパクり過ぎだと思う』
とかそれくらいだけどさ。
それも一通り言ったら「高度なズラしなんだ!」「まだ本域じゃない」「リスペクトだろ?!」とか猛抗議された。ええ・・
放課後、2日続けて行ったら変か? いや、別に多岐川さん関係無いだろ? 等々。
下駄箱のとこで立ったまま思案して、他の生徒や事務の人に不審がられたりしたが、結局行くことにした。
バッティングセンターに。
散歩しながらだとわりと大股で歩く俺でも平気で学校から30分くらい掛かる。
今日は真っ直ぐ行ったから20分くらいだ。よし。帰りの電車と、家に近い駅からのバスの時間を頭でシュミレーションしつつ、ソテツの脇を抜けてバッティングセンターのロビーに入った。
「頼もうっ」
「道場破り? ホームランボードは程々にしてね」
同じ時間に授業が終わり、今日はストレートに来たが多岐川さんは当たり前に受付にいた。
「多岐川さん、学校からここ来るの早くない?」
「自転車」
即答。納得するしかない。
今日は受付から動かない多岐川さん。俺は手持ち無沙汰な感じで借りたバットを手に、バッティング場に向かった。
と掃除してたらしい、お婆さん従業員とすれ違いになった。
「こんにちは」
「こんにちは~。望菜美ちゃんと仲良くしてあげてねぇ」
「え?」
「ああ、孫なの」
多岐川さんのリアルお婆ちゃんだった! 言われてみれば『多岐川さんっぽい雰囲気』
があるお婆さんだっ。
「そッスか。了解ッス」
畏まると笑われちまったよ。
打席の機械にカードを入れつつ、動揺を静める。
ふぅ。今日の他の客は、昨日と同じ背の高い年齢不詳、初老オジサン、主婦っぽい人、加えて同じT高校の男子が2人も来ていた。
学校からそう近くもないが、ここらでバッティングセンターはここだけだからまぁ不自然でもない。
2人とも知らない男子だが、中肉中背だがそこそこ鍛えてる方はたぶん三年。見たことある。
もう1人の、小柄で小太りだが眉毛太いのはなんとなく中坊っぽいから一年な気がした。
微妙に気まずいが、向こうも話し掛けられたくないだろうし、ここは一先ずスルー。
俺は自分の打席に集中した。
・・・で、今日の成績は、ホームランボード命中2発だった。微妙~
景品のお茶とビスケットはもういいかな、と、打席の後ろの自販機でポカリを買った。
「うまっ」
一息ついていると、
「新顔だね」
「よ、ようこそ『バッティングセンター部』へ!」
ええ? コーラ缶持った中肉中背男子と水筒持った眉毛の男子が話し掛けてきた。
「バッティングセンター部?」
「そう、僕ら2人で結成したんだ。あ、僕三年C組の古幡昭太郎。テニス部だったけど、二年の時、膝を痛めてね」
「リハビリ?」
「いや、今はもう運動不足解消っ!『多岐川さんのファン』だしね」
俺は唖然とした。
多岐川さんのファン。
そんな概念が地球にあったのか・・
「お、オレは寿田颯太です。一年ですっ。つ、春休みにポテチとチョコミントアイスにハマって、3キロ太ったんで、だ、ダイエットです!」
「おお、そう、か」
もう夏だが? と思いつつ、俺は一応生粋の体育部だから寿田君の体型を見てみた。
骨格が、丸い。キャッチャータイプか・・
「たぶん、体質的に痩せ難くはあるんじゃないか? 重心がどっしりしてるから、食べ過ぎは控えた方がいいが、痩せるよりパワー付けた方がいい感じに仕上がる気がする」
このタイプは無理な減量すると身体壊し易いと思う。
「的確なアドバイス! やはり君はバッティングセンター部にふさわしいっ」
古幡の押しの強さ。
「いやいや、どういうこと? バッティングセンター部って? ここに来るT高の生徒全員??」
「違うよ? 意外と土日祝日以外にここに来るT高生は少ないんだけど、わかるんだよね。『バッティングセンター部員の素質』がっ!」
「そ、そうっ。後、で、ロビーとか、え、駅とかで、は、話せそうな、人!」
「お~」
なるほど、ある種の『暇人適性』が求められるのか。
ん? なんで話す前から俺、部に誘われたんだろ?? 確かに『行動が暇人』ではあったが・・
「そんな気の利いた話、思い付かないけど?」
野球部では『普通トークの中矢』と知られ、漫才コンテストの2人からは『笑いの偏差値足りない認定』されてるかんな。
「いいってっ、いいって~」
「よ、よろしくお願いしますっ」
ま、いっか。
「三年A組の中矢拓海。元野球部。夏休み入ったらバイト始めるけど、よろしく」
俺は謎の組織、バッティングセンター部に入部した。入っちゃったよ。
「へぇ、古幡君達の仲間になったんだ」
仲間て。受付で『平温』な顔で対応してくる多岐川さん。この部は既知ではあったようだが。
「成り行きで」
「部活割とかないから」
「おお・・」
「中矢君っ、2点で『フレッシュ果汁グミ』と交換できるよっ?」
「先輩っ、か、果汁グミはここではき、貴族の食べ物!」
「貴族っ? グミかぁ」
グミ食べる習慣がなかったが、取り敢えず、話のネタとして交換することにした。
ちなみにバッティングセンター部は他に2人部員がいるらしい。
T高は『最低5人』部員がいれば部を発足できるので、何気に条件満たしてるな、
バッティングセンター部っ!