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バッティングセンター部  作者: 大石次郎


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初詣以降も年始は慌ただしい。


親戚付き合いであったり、野球部の付き合いだったり、クラスのよく話す男子達の付き合いだったり、もちろんバッティングセンター部も。

専門学校の予習も引き続き。車校に通う多岐川さんの紹介でPC系の資格を取れる教室にも通い始めた。

意外ともなかさんが「パソコン得意だけど資格なんも取ってなかった。です」と同じとこに通いだしたりも。俺より専門的なコースを取ってるけど。


そうこうしてる内に1月一杯は続けるつもりの居酒屋のバイトも再開し、冬休みも終わった。


T校の場合、受験の片付いた三年はなにか事情がない限りほとんど登校する必要がないから、忙しくても時間の都合はつけ易かった。

結果的に『送迎』で和音さんを送る機会が多く、他に人がいない時でも『あんた』から『中矢拓実』とフルネーム呼びに格上げされたりもした・・


1月下旬。バイトの前に、多岐川さん、和音さん、もなかさんをバッティングセンターまで車で送ると、


「な、中矢先輩! 皆っ」


駐車場でクリーム色のスクーターの前でヘルメットを持った寿田君が手を振ってる。待ち合わせはしていたけど・・


「寿田君! 免許取ったのかっ?」


「寿田! なんだその格好いいマシンは?!」


まだ車停めてないから皆、窓を開けて身を乗り出す。


「お、親の説得に、じ、時間かかったけどっ。と、取った。じ、自分でどこでもいけるの、楽しそう、って。か、カメラも買っちゃった。ど、動画も取れる」


デジカメもダウンのポケットから取り出す寿田君。嬉しそうだ。


「そっか~。よかった! でも事故気を付けてなっ」


「は、はい」


「自転車の方が痩せるんじゃないですか~?」


「和音っ」


古幡の国立受験も近かった。稲葉さんもチア部を辞め、学校との契約の関係もあって病院の紹介したリハビリに特化したプールに移ることになっていた。


皆、色々経て、動いてる。野球部のコーチも変わった。練習キツくなって早くも何人か辞めそうだけど・・


諦めて負けて退いたとしてもその先は、ある!



2月14日。雪が降っていた。

温暖化の反動で? 降る時はガッツリ降るようになった気がする。未来の子供達が時々心配になる。


普通の服も結構売ってる作業服の店で買った滑り止めの付いたショートブーツで雪道を歩く。


俺は稲葉さんと待ち合わせしていた。


行ったことない喫茶店だ。スマホで確認する。

前まできた。


白い息を吐いて整える。お洒落なレトロ喫茶だ。通学の導線でもない。きっと、調べて、下見したんだろう。


店の窓越しに、目が合ってしまった。


稲葉さんはもこもこのファーの付いたコートを隣の席に置いて、温かそうな生地の襟のあるチュニック着ていた。

髪を編んで、少し化粧をしていて、銀色の鎖のネックレスを提げていた。


最近はタイヨガも習ってるそうだ。身体と向き合うことを諦めていない。


凍てついたガラスの向こうに稲葉さんがいる。


軽く畳んだコートの上に紙の小袋があった。


稲葉さんは恐れるような勇気が灯るような瞳でガラスの向こうの雪の中の俺を見ていた。


ずっと忘れられない。


そう思った。



卒業式はなんだか不思議な気分だ。もう制服をあまり着なくなっていた気恥ずかしさも少しある。


無事合格した古幡はなんだか終始ヘラヘラしていて、多岐川さんは和音さんからのショートメールに薄く笑みを浮かべていた。バッティングセンター部の後輩達は泣いてくれていたな。


「桜、蕾」


久し振りに、卒業式の後、全員自転車に乗ってバッティングセンターに向かう途中、稲葉さんが桜の街路樹の桜を見上げていた。


「4月からエリ達とおさらばーっっ!!」


私立中学は早くに卒業式が済んでいたから、電車とバスを乗り継いで私服で来ていた和音さんがホームランボードに初めて命中させていた。

和音さんはT高に来なかったけど、エスカレーター式の私立高校には進学しなかった。


そこそこT高と近いから「平日もバス1本で来れる」そうだ。無理することはないけどね。


「大学では『本格的に』モテるぞっ、ハリケーン!!」


(よこしま)な宣言で空振りする古幡もいた。


「今日は特別に皆に1本ずつ奢るね。また来てね」


多岐川さんのお婆さんがフランクフルトを奢ってくれた。


立ち仕事は大変だからと、4月からは受付と事務所の手伝いに専念するそうだ。


バッティングセンターを出た。

使いきってない打席カードを後輩達に譲ったりしてから、ソテツの木を前で申し合わせて、


「「「ありがとうございました」」」


俺、古幡、多岐川さんの卒業組はバッティングセンターに頭を下げた。



・・・青い葉桜並木を俺のコンパクトカーと多岐川さんがカズ兄さんに譲ってもらった軽自動車が並んで走っていた。


東京湾が上手く見えるスポットを目指してる。


後続の多岐川さんはなにを聴いてるかな? 俺は今聴かないのは仁義に反する、と思い、もなかさんが最後に贈ってくれた曲を掛けていた。



──────



沿って 滑る 小さな


組み木の中 手離されない


私鉄の古びた座席 眠たいな 話して


小さな スパンコールを着てる 5月になって ペダル漕いだら 国道の先 起きたよ


ah ah ah・・・


沿って 走る 小さな


組み木の中 手離されない


私鉄の古びた座席 眠たいな 話して


小さな 小さな ah ah・・



──────



奇妙なくらい広く、閑散とした駐車場に車を停めて、コンクリートの岸の方に歩く。


海辺の鳥達が多かった。


東京の海は酸性が強そうで風も硬質だ。よく晴れてはいた。


多岐川さんは下ろした髪を押さえていたけれど、眼鏡は細縁眼鏡だった。薄い水色のスカンツがはためいてる。


「1人じゃなくてよかったよ」


「俺も、そう思う」


野球部で一時流行った古着屋のスカジャンを着ていた。

下には同じ専門学校の、バスケ部だったが詰めてきた三年を殴って二年で辞めた服に詳しいヤツに連れていってもらった店で買った、丈長めの綿麻シャツを着ている。


後ろの裾がベントになっていて潮風にバタつく。


皆、元気かな?


灰色掛かった海保の船が水平に横切る。


海鳥の声が少しうるさいくらいだった。

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