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最後の2学期が終わった翌日。
俺と古幡の車で午前中だけは時間が合ったバッティングセンター部の皆と多岐川さんと和音さんを回収し、バッティングセンターまできた。
空調とトイレの整備が入るみたいで年内は今日の夕方まで。まだ開店時間じゃない。
不機嫌顔でソテツの前で大あくびする和音さん。
「早起きして『こんなとこ』来るなんて」
言った側から多岐川さんに腕を軽くはたかれ、逆サイドからもなかさんに強めに肘で突かれる和音さん。
「痛っ。菜々美、コイツほんと嫌だ!」
「年上をコイツって言わない」
「あたしもお前が嫌だぁ!!」
和音さんももなかさんも大概機嫌悪かったが、バッティングの段になると、
「バカヤローっ! エリっ、ビッ〇!」
毒舌全開だがヘルメットを被った打席でムキになって打球に食らい付いていた。
うむ。適性はともかく、激情タイプはバッティングに意欲はあるもんだ。
初めて見るが多岐川さんもヘルメットを被って1ゲームだけ、打席に立っていた。
着実に一塁打を狙うタイプだった。それもわりとハイペース打ち続ける。らしいな、と。
全員1ゲームずつ。並んで打ち終わってから、
「・・どう? T高志望でもないし、限られてるだろうけど。和音、やってみる?」
多岐川さんが問うと、和音さんは暫く口を尖らせていたが、
「叔父さんとお婆さんを一回ちゃんと紹介してほしい。わたしはここで働かないけど、気まずい」
「わかった。・・皆っ、いい人だからさっっ」
多岐川さんが急に感極まって和音さんを抱き締めると、和音さんは慌てて剥がしに掛かった。
「いきなり感動すんなっ! 暇な時、バッティングセンター通うだけだよ!」
「ナナが甘やかすから調子に乗るんだよ」
「甘やかされてないわーっ!」
もなかさんと小競り合いしつつ、和音さんがバッティングセンター部に加わった!『要送迎』の貴族メンバーだっ。ふふ。
12月30日。古幡の運転するコンパクトSUVでまだちょっとじゃりじゃりしてるとこがある隣のF町の旧農村の道を走っていた。
乗っているのは助手席に俺。後部席に多岐川さん、和音さん、稲葉さんだ。
土砂崩れのあった近くで一旦停め、窓を開けて皆で見る。
「全然直ってないけど??」
「いや、工事は進んでるみたいだよ?」
多岐川さんが言う通り、以前はほぼ土嚢とブルーシート細い杭器具で留めただけの所が目立つ状態だったのが、今は下部の擁壁の内側に盛り土が入れられ、デカい杭が打たれてる箇所が多かった。仮の排水溝も造られていた。
植林した木が育つまでは地下に配水管も入れる予定らしい。何十年掛かりの仕事だ。
下の農地はもう使えないが、コーチの話では旧農村内の耕作放棄地を融通して目処は立ったそうだ。
「泥の跡の始末がついて、マスクとゴーグル無しでも出歩けそうになってるから随分よくなってる」
「大変だったね。カイロと湿布1箱はケチだったかな・・」
「そんなことないですけど、皆で頑張りましたよっ!」
普通の景色じゃないから見てると時間を忘れてしまうが、遅れる。俺達は旧農村の神社の方に車を回した。
改めて様子を見るのと、土砂崩れ騒動で遅れてるらしい神社の初詣の支度の手伝いボランティアをすることになっていた。
駐車場から神社脇の社務所に上がると、
「おーい!」
作業着ではなく神主さんみたいな格好のコーチがどたどた出てきた。
「コーチ! お疲れ様です」
「市が募集したワケでもないのにっ、すまんな! 膝と腰が悪い子はこっちだ、爺さん婆さん達と座って作業してくれ!」
うん。声が大きく、そこそこデリカシーの無い言い回しだけど悪気は無い人だ。和音さんが多岐川さんの後ろにサッ、と隠れちゃったけど・・
「了解です。今日はよろしくお願いします」
「私も!」
2人は社務所に入りかけたが俺は挨拶以外にも言なくちゃならない。
「コーチ。あの、野球部」
「ああっ、いい! いい! 次のコーチは俺よりよっぽど華やかな経歴だ。ハハハ!」
先日、コーチが野球部から解任されるたことを急に知らされていた。
コーチは仕事で部活じゃない、てことなんだろうけど、部員減ってたのを持ち直せたのはコーチの人柄だった。それは強い部を作る能力じゃなかったけど・・
「こっちに帰ることにしたよ。あ、神主じゃないぞ? 今日は新年前の内々の祭事が色々あって手伝いだ」
「そうッスか」
「中矢、俺はやるだけやったぞ? 野球。面白かったなぁ! ハハハ!!」
肩をバシバシ叩かれ、俺はちょっと泣いちまった。『そこそこ真面目に練習する、ほどほどに楽しい部活』で満足しちまって面目無いよ・・
古幡と稲葉さんは御札の包装や注連縄飾りなんかの手仕事を社務所で。
多岐川さんと和音さんは外の掃除。俺はひたすらあっちの物をこっちに、こっちの物をあっちに運ぶ係だった。
昼頃、一段落ついて旧農村の方々に昼御飯を御馳走になってそのまま少し休憩になった。
作業の都合で戸を大きく開けた社務所のテーブルで、多岐川さんと和音さんが程好く疲れた様子で穏やかそうに古幡やコーチや村のお年寄りなんかと話しているのをチラっと見てから、俺は高台になってる神社の囲いの石の列の側まで行ってみた。
旧農村とその先の山々が見える。ちょっとタイムスリップ感ある。
「和音ちゃん。毒気が抜けたらみたいです。2人だけだと煮詰まってたのかも?」
稲葉さんがきた。ダウンを着てるけど、場のフェーズの違いから、最初のボランティアの時よりちょっとお洒落なヤツに切り替えていた。
「かもな」
「野球部のコーチさん見て改めて思いました。チア部のコーチのこと・・あの人の競技への本気さ。私が勝手に傷付くのはお門違いだって」
「うん」
稲葉さんは冷たい空気を吸い込んでから言った。
「チア部、正式に辞めます。受験に専念して、スポーツで腰を痛めた人を治すことを大学で学びます。腰のリハビリは続けますけど。バッティングセンター部も!」
稲葉さんはすっかり伸びた髪を今は纏めてる。綺麗になった、て思う。
「凄く、いいと思う!」
「中矢先輩、応援して下さいね?」
「おう。応援してるっ」
しばらく2人で田畑や野山を見ていた。
・・・元日の昼過ぎ。せっかくなので、旧農村の神社に俺達バッティングセンター部と多岐川さんは来ていた。
凄い混んでる!
「夜と早朝は混むし、田んぼに落ちるからやめとけ。て言われて昼来たけど凄いなっ」
「土砂崩れがあったから、人が集まったんだろうねぇ」
「応援や関係者はいいけど、土砂崩れの跡の画像とか動画やたら撮ったり、どうかと思う人達もいるよね」
「お尻ガブガブしてやりたいですっ」
「そういうの喜ぶ人もいるんじゃない?」
「お前、丸くなったって噂はデマだったなっ!」
「はぁ~ん?」
「や、やめなよっ」
「でも初詣の準備間に合ってよかったです!」
『卒業だから』と多岐川さんは振り袖を親に着せられていて、歩き難そうだから、俺達はそれをガードする陣形で歩いていた。和音さんのガードが一番固いのが微笑ましい。
「でも、私だけ着物、恥ずかしいな」
「似合ってるよ? ハリケーン!」
「ハリケーンうるさいですっ」
なんだかんだで無事お詣りは済んだ。古幡の合格祈願は全員でやっといた。
車は俺のコンパクトカーと古幡のコンパクトSUVの2台に分かれるわけだけど、くじ引きの結果、和音さんと寿田君が俺の車に乗った。
で、どういうワケか助手席に乗ってきた和音さん。カーナビはもう買ってる・・
しばらく走り、寿田君が後ろで爆睡してるのを確認すると、視線をこちらに向けた。
「『ハリケーン古幡』が相手にされなくて、寿田が『口だけダイエットマン』なのは理解した。もなかはまぁいいや」
呼び捨て! あだ名! もなかさんの扱い!
「『野球部、中矢拓実』。あんたは菜々美のことどう思ってんの? あとなんか『チア部の人』はどうなの?」
「え~? あー」
・・ダメだ。和音さん、鼠を狙う猫の目のごとき圧を感じるっ。逃げられんな。前を多岐川さん達を乗せた古幡車がT市へと走っている。
「多岐川さんは、好き、だと思う。でも、人間的にも好きだ。女性だから意識してるだけで、友情なのかもしれない」
「なに?『地球に来たばかりの宇宙人』みたいなこと言ってるけど」
言うよな、和音さん。
「・・チア部は?」
「稲葉さん、な。魅力的な人だと思う」
「どういうことよ?『ご飯』と『おかず』理論なの?」
「いやいやいやいやっっ」
酷過ぎるぞっ、和音さん!
「なんにしても、菜々美を傷付けたらブッ殺すよ?」
「了解したよ。はぁ」
それきり和音さんはマンションの前までムッツリ黙ってた。手強いなぁ。
俺、殺されんのかな?




