10
12月25日。クリスマス。奇跡的に駅近くのカラオケBOXの部屋が予約できたので、多岐川さんとバッティングセンター部でクリスマス会と『多岐川さん私学推薦合格おめでとう会』を開くことになった。
「遅れましたー!」
「ちょっとスカートの丈がさ・・」
「あたしトナカ~イっ!」
男子よりコスプレの着替えに時間が掛かった女子陣は、稲葉さんと多岐川さんはサンタコスっ! もなかさんはトナカイの着ぐるみ的なスーツ!
男子は俺と寿田君がスノーマン。古幡はサンタだ。
「おーっ!」
「つ、角のクオリティ、た、高いっ」
「ウィンターハリケーンっ!!」
持ちネタが漁港まで行ったメン以外に通じない古幡。酒、頼んでないよな?
ほどなくトータルでは割安になるクリスマスパックの料理もドドーンと並んだ。
「うぉおおっっ」
「すごーい!」
「ね、年末、ち、チートデイ多過ぎて・・」
「やったぁーっ!」
「ウィンターハリケーン!!」
「古幡君、キャラおかしいよ? ふふっ」
「ハリケーンさっ!」
店員が去ると先にドリンクバーで確保したソフトドリンクを改めて全員持ち、
「じゃ、まずサンタの方で」
なんとなく俺が音頭を取る。
「「「メリークリスマスっ!!!」」」
クラッカー禁止だからタンバリンとマラカスで盛り上げる。
ここで稲葉さんカットイン。
「からのっ、多岐川パイセン!」
「「「合格おめでとうっ!!!」」」
紙吹雪はカラオケBOXで買えるのでOKだった。多岐川さんを紙吹雪まみれにして、ワーワーした。
「ありがとう、なんていうか、ありがとうね!」
「ハリケーン!!」
「ハリケーンうるさいです」
真顔で古幡に警告するもなかさん。
「ふふ。あ、中矢君も合格してるからね?」
「ああ、まあ」
「「「おうおうおぅっ」」」
残ってた紙吹雪がちょっとだけ俺にも降ってきた。うむ。
そこからは飲んで食べて歌って、騒いだ。
「「わたしカロリー 肥るカロリー 君のカロリー カロリー カロリー カ~ロ~リ~」」
稲葉さんともなかさんが、ポータブルオーディオプレーヤーとポータブルスピーカーで曲を鳴らし、カラオケ機の画面に繋いだパソコンのCGキャラの動画を映して音に合わせて踊る形で連動させ、熱唱していた。
ヤケクソ気味の古幡と、普通に盛り上がってる寿田君が声援を送る。
「・・楽しいな。よかった。私、高校時代は『なんとなくスネた感じで』終わってくと思ってた」
アップルソーダを飲んでいる多岐川さん。
「バッティングセンター部も前はそんなに活発じゃなかったんだよ? 本当に、バッティングセンターで顔を合わせて、ちょっとだけ連絡を取って、メンバーは駅まで自転車で帰ってく・・もなかは私が帰るまで事務所の方に居座ったりもしてたけどっ」
様子が想像できる。笑ってしまう。
「それはそれでいい付き合いだったかもしれないよ」
古幡もハリケーンしなかったろうし、稲葉さんも特に相談せずに自分で飲み込んでチア部から離れていた・・かな?
不用意に踏み込まず、傷も開示しない。急には変化しない。普通だと思う。皆、そうしていたらきっと収拾がつかない。
「たまたま噛み合っ」
言い終わらない内に、ギシッと重いカラオケBOXの部屋の扉が開けられた。
全員ギョッとさせられた。現れたのは私立中学の制服を着た。細身でつり目。左頬を張られたような腫れがあるような・・?
「カズネ」
前にスマホで見た多岐川さんの義理の妹さんだ。
「ここの駅、N駅から遠いですね。あ、あとお茶か紅茶ありますか? 口の中、ちょっと切れてるんで、消毒したい」
ズンズン入ってきて俺と多岐川さんが座ってるソファの端に座り、古幡が「まだ飲んでないよ?」と差し出したアイスティーを口に含んで顔をしかめるカズネさん。
よく見ると涙の跡があった。
「今日、エリちゃん家に行ったんじゃないの?」
「わたし以外全員彼氏呼んでた。最初からハブるつもりだったんだよ。全員グル! 最悪っ。文句言ったら、肩押してきたから押し返したらビンタしてきた! やり返したけどっ。エリとはもう絶交っ!!」
「あんたは、もうっ」
心底困った顔をする多岐川さん。これにもなかさんが目を剥いたっっ。
「N駅からここまで来て、部屋探し当てて構ってもらいにきたのかYOっ!」
曲は稲葉さんが切っていたけどマイクを持ってるからラッパー風になるもなかさんっ。
「はぁっ? お前が、ショートメールで『この人』とカラオケBOXでクリスマス会! とか自慢してきたから『口のケガ消毒しに来た』だけでしょぉっ?!」
超理屈っっ。というか2人、ショートメールで連絡は取り合ってるんだっっ。
「あたしの方が一歳年上! お前、言うなっ!」
ステージで地団駄踏みだして稲葉さんに宥められるもなかさん。
俺と古幡は目配せし合った。
「よしっ、料理は多いくらいだし、カズネさん? も一緒にクリスマス会、しようじゃないか?」
「いいと思うよっ? 多岐川姉妹、揃い踏み! ハハハ」
イケるか? どうだ? 俺も古幡も反応を伺った。
「・・自分の分のお金は払います。プレゼント交換のヤツも、ある!」
学校指定だと思うスポーツバックから、くしゃくしゃになった未開封の可愛くラッピングされていたであろう包みを出すカズネさん。
「カズネさん」
参ったな。女子同士は時々残酷だ。
「よ~しっ、もなかさんの歌でちょうどいいのがあるよぉ? 一緒に歌おう! ハリケーン!! さぁっ、2人と寿田君も!」
「えー?!」
「は、はい」
「曲出しますっ!」
「・・いい?」
ぶっきらぼうに多岐川さんを見るカズネさん。
「好きにしたら。ただ9時前までに連れて帰るからね」
「早~」
カズネさん、ステージに合流! もなかさんと肘で押し合いながら、4人で歌いだす
「「「強欲、食欲、噛みつき欲、欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲っっ!!! お前の足から食べてやろう、お前のお尻から食べてやろう。ガブガブガブっっ!!!」」」
多岐川さんは溜め息をついて脱力していた。
・・・プレゼント交換。俺のは和音さんのファンシーな『リボンをした黒猫のハンドパペット』だった。
義理の姉妹は余裕を持って8時前には帰っていった。制服に着替えた多岐川さんはずっと困り顔だったが、和音さんはスッキリした様子だったな。
「もなかちゃんはよかったの? 家、近いんだよね」
「和音がうるさい。あたしはナナをお姉ちゃんと思ってるけど、アイツはナナをママだと思ってるんですよっ。赤ちゃんだ!」
「「「・・・」」」
いや困ったな。全員っ。
「和音のお母さんは仕事忙しい人で、再婚してからも忙しい。ナナのお父さんもわりと忙しいし。ナナは割り切る方だけど、和音はずっと溜まってたみたいで、ナナん家に来た最初の頃、ナナが面倒みてやったから、もう大爆発だよ! 鳥の雛の刷り込みと一緒っ」
「感情的には、見えたかも?」
「ど、どうしたもんかな?」
なんとなく皆の視線を俺に集まった。俺?
「・・えー、ま、バッティングセンター部に、入ってもらう?」
安直だがっ、他に思い付かなかった。
「そうだね。人間関係は拡げてこう」
「猫みたいで可愛い感じも!」
「お、怒られそうだけどっ」
「ナナの負担は減らしたい、です」
反応は色々だったけど、和音さんを誘ってみることになった。
それから今日俺、別に用があってスノーマンの下は私服だったのと、車を駅の駐車場に停めてたから、もなかさんと家遠めな寿田君を最寄り駅まで送った。
うーん、和音さん。手強そうだな・・




