SIDE yusuke
先に謝ります。すみません。格好良いヒーローはどこにもいません。申し訳ありません。(土下座)
それでも許せる方はお付き合いいただければ幸いです。
綺麗な字を書く人だなぁ…
と言うのが、彼女の第一印象だ。
同期で経理部の早間千景さん。
入社オリエンテーションのグループディスカッションの内容発表の時に彼女がホワイトボードに書いた字を見て思った。
彼女の書く文字は、彼女の真面目な人柄がにじみ出るような、綺麗で読みやすい文字。
字の下手な俺からすると、字が上手い人はそれだけで尊敬に値する。
だからか、とても印象に残ったのだ。
その後、営業に配属された俺は日々の仕事で手一杯で、経費の書類などは疎かになってミスをして経理部の人たちに注意されまくってやさぐれかけていた。
そんな俺に優しく丁寧に書類の訂正箇所を教えてくれた早間さんには本当に感謝しかない。
うっかり領収書をつけ忘れた時も慌てて提出しに行くと、応対してくれた彼女は、謝る俺を叱るどころか
「ありがとうございます。助かります。」
と笑顔を返してくれた。
チョロい俺はその笑顔にあっさり落ちた。
真面目な彼女からすると、俺みたいなチャランポランな男は眼中にないだろうな…
いや、少しは意識してもらえるように仕事を頑張ろう!
俺、野間祐丞は、片想い相手に良い所を見せたいという動機も相まって、今日も仕事に精を出すのだった。
その日は営業部の同期三人で飲むことになった。
とりあえずビールで乾杯の後、仕事の愚痴を言い合い、ネタも尽きてきたところで、一人が気になる女の子の話をし出す。
「総務の林さん…今日も綺麗だった…」
同期の佐々木は三年先輩の林さんに憧れている。
社内で見かける度にこんな感じで報告してくるので、いい加減聞き流している。
そんな俺たちの反応に不満そうに眉をしかめながら佐々木が言う。
「お前らだって綺麗で可愛い子に興味ない訳じゃないだろうが。」
「お前の報告には何の進展もないから飽きただけだよ。」
「同じく。」
「うるせぇ。見てるだけでも癒しだから良いんだよ。」
「純粋か。」
「純情か。」
「だまれ。汚れたクズどもが。」
軽口を叩き合いつつ、枝豆片手にビールを飲む。
もう一人の同期の秋山が思い付いたように言う。
「………あの娘良いよな。経理の早間さん。」
枝豆の皿に目を向けていた俺は、その言葉に思わず、ばっと勢い良く顔を上げ、秋山の顔を見てしまう。
その反応に俺以外の二人が面食らったような顔をした後にニヤリと笑う。
「ほーう…そうか…早間さんか…」
「穏やかで優しいもんなぁ…うちの部にはいないタイプだな。」
「なんだよ。良いだろ。別に。」
俺はいたたまれない空気にビールをあおる。
「早間さんなら、うちの事務の樋浦と仲良いじゃん。………そういや、樋浦、今日は友だちと飲みだって言ってたな。」
という秋山の言葉に悪乗りした佐々木が、その飲み会の場所に行こうと言い出した。
「早間さんもいるかもしれねぇじゃん。偶然を装って一緒に飲んで仲良くなれたらラッキーじゃね?」
そんな佐々木の言葉にぐらついた俺は二人に手を引かれるように二軒目に向かうのだった。
向かった二軒目で早間さんたちがいないかと通されたテーブル席でキョロキョロしていると、後ろのテーブルから知った声が聞こえてきた。
「フェチってあるじゃない?私は結構、男の人の手が好きかもしれない…ネクタイを緩める時の手の形とか好きなんだけど…」
と、明らかに酔っている感じで話すのは営業事務の樋浦。これは…探していた団体は俺の後ろにいるようだ。
「え?それはノロケ?彼氏の手が好きって話?」
樋浦につっこみをいれているのは同じく同期で人事部の松本さんだ。
というか、待て。こんな話をされてるタイミングでは声が掛けられない。いや、早間さんが後ろにいると決まったわけでは…
「千景は?何かある?」
いたぁぁぁー!!!
マジか。本当にいるんか。
「う~ん…強いて言うなら…声かなぁ…?好みの声で謝られたら何でも許しちゃいそう。」
「あ~、声フェチは多いよね~。」
「確かに、好みの声はあるよね。」
「営業さんって話し慣れてるからか声良い人多いよね。」
「あ~、電話の印象良くするのに良い声無意識に出してるかもね~…」
「えらい塩な意見ね。」
男三人、運ばれてきたビールとお通しに手をつけることもなく、黙って聞き耳を立てる。
「で、千景の好みの声の人はいるの?うちの営業に?」
樋浦ぁー!お前、なんてこと聞くんだぁぁぁ!!!
動揺する俺に追い打ちをかけるような質問を樋浦は興味津々に早間さんに向ける。
「経理部のあんたの上司もなかなかの良いお声の持ち主なのに、それよりも先に営業の話が出てきたから、好みの誰かがいるんだろうなって。」
え?何それ?そうなの?!
え、待って待って。これで俺、誰かの名前出されたらマジで泣くけど。え?聞きたくないけど。
「誰?同期?秋山?佐々木?」
樋浦が名指しで聞いている。急に自分たちの名前を出されて営業部男三人に緊張が走る。
「そう言えば、こないだ野間が千景の字がキレイだって褒めてたわ。」
不意に松本さんに名前を出される。いや、そんな話は………したかもしれない…
「えっ?!」
早間さんの裏返った声が聞こえた。
………え?
「野間か…」
「なるほど…」
「………っ……あのっ…声が好みだって話で、そのっ…あのっ…」
何かを察したような樋浦と松本さんの呟きと焦ったような早間さんの声がする。
さっきまでは好みのタイプが誰かなんて聞きたくないと思っていたのに、今は一言も聞き逃すまいと思ってしまう。
「う~…だって、好みどストライクなんだよぅ…」
困ったような早間さんの声が聞こえる。
秋山や佐々木に頭やら肩やらをバシバシと叩かれていることも気にならないほど俺は固まっていた。
…今、俺の声が好みどストライクって言った…?え?これ、俺、期待しちゃって良いやつ…?
「謝られたら何でも許しちゃう?」
「声が好みってだけで、どうこうなろうとは思ってないの~…」
からかう松本さんの声に早間さんが答える。
………いや、こちらといたしましてはむしろどうこうなりたい気持ちありまくりですけど。こんな声で良ければいくらでもお聞かせいたしますけれども。
「そうね。奥ゆかしいからね、千景は。」
「でも、あっちの好感度も悪くないんじゃない?」
「良いだろうね。字がキレイなんて話題に上がるくらいなら。今度、飲み会でもする?」
「ムリ!変なこと口走ったら恥ずか死ぬ!」
恥ずかしい、と早間さんの普段は出さない大きな声が聞こえる。
え、何それ、可愛い。
いくらでも変なこと口走ってくれてOKですけど。むしろ、それを皮切りに全力で口説きにかかりたい所存ですけれども。
そんなことを考えていた俺の耳に樋浦の声が聞こえた。
「え…野間…?」
あ…バレた…
振り返ると真っ赤な困り顔の早間さんと目が合った。
どんな顔をして良いかわからず、とりあえず手をつけていなかったビールを勢い良くあおる。
しばらくの沈黙の後、松本さんが言った。
「とりあえず、一旦、店出るか。」
会計を済ませ外に出る。
早間さんは恥ずかしそうにうつむいている。
俺は彼女たちの話を聞いてしまったことがバレた後ろめたさで彼女の顔を直視できない。
しかし、彼女に話しかけたくて、駅へ向かう道を他のみんなから遅れて歩く彼女の隣について歩く。
早間さんに話しかけたいのに何をどう話したら良いのかまとまらずに無言で歩き続ける。
下手にみんなに聞かれて冷やかされるなんて彼女は嫌だろう。
その内に前を歩くみんなが角を曲がる。その時、反射的に彼女の腕を掴んでしまった。
立ち止まって彼女が俺を見る。
「あ、あの…さ…」
話すことがまとまっていなかった俺はしどろもどろになりながらも彼女に一番聞きたいことを他の誰にも聞こえないように彼女の耳元で聞く。
「俺の声が好みって…ホント…?」
次の瞬間、彼女が膝からかくんっと崩れ落ちる。
慌てて彼女を支えると俺の胸にもたれ掛かるような体勢になる。
そんな彼女の顔は、耳や首まで真っ赤に染まっている。
俺のことを意識してくれてる…
そう思ったら衝動的に彼女を抱き締めていた。
「やべ…嬉しい…」
真面目な彼女はチャランポランな俺なんて眼中にないと思ってたのに。
嬉しすぎて、頭の中がふわふわしてくる。
あれ?これ夢かな…?夢でも良いかな。早間さんが俺の腕の中にいる。夢の中でもいい匂いするとかもう最高なんですけど。
「俺…早間さんのこと、ずっと好きだったから…今、めちゃくちゃ浮かれてる………ごめんね。もう離してあげられないかも…」
いや、離れたくないので夢でも現実でもこれから全力で口説き落とす所存ですけれども。
字が綺麗な人はそれだけで好感度爆上がり案件だと思います。(私見)
最後までお付き合いいただきありがとうございます。




