27.夏休みの思い出 03
「なあ、本当に大丈夫なんだよな?」
拠点から離れ、魔物の気配が濃いエリアへと足を踏み入れる。 グイード君は先ほどから何度も同じ質問を繰り返していた。 顔色は青白く、足取りもどこか覚束ない。
「な、何を言っているの? 聖女様に連なりし神獣様が勢ぞろいで守られているこの状況、危険なわけありませんわ!」
そう言い放つシルヴァーナちゃんだが、その膝は生まれたての小鹿のように震えている。 彼女の左右を固めるベアトリーチェちゃんとフェデリカちゃんは、すでにフル装備で、周囲を油断なく警戒していた。
今回の狩りには、父様とカーリーおじさん、それにディーゴさんも同行してくれた。これ以上ないほど贅沢な布陣だが、一つ大きな問題があった。一向に魔物と遭遇しないのだ。
「父様、それに二人も。もう少し気配を消してくれませんか?」
ボクがそう提案すると、三人は困ったように顔を見合わせつつも「わかった」と頷いた。
三人は母様と違って、その身から溢れる強者の威圧感を隠すのが致命的に苦手なのだ。 侵入者に無条件で向かってゆく迷宮の魔物と違い、野性の魔物は生存本能が鋭く、強すぎる者の気配を感じれば、戦う前に逃げ出してしまう。
「俺、ちょっと離れてようか?」
気配を隠すのが一番苦手なディーゴさんが苦笑いして距離を取る。 三人の中ではマシなカーリーおじさんは何とかその存在感を希薄にし、父様も必死に魔力を抑えようと試行錯誤を始めた。
ようやく周囲から微かな魔物の気配が漂い始めた、その時だった。 背中に、誰かの手が触れた。
「ね、念のためよ。 怖いわけじゃないの。 手近に良い盾があるから、使ってみただけよ」
振り向くと、シルヴァーナちゃんがボクの背中をグイグイと押していた。 彼女の左右には不安そうな顔のベアトリーチェちゃんとフェデリカちゃんが寄り添い、その後ろではグイード君が、最後尾を歩く父様の巨体に挟まれるようにして安全を確保していた。
「あっ、来たね……お猿さんだ」
ボクの言葉に、四人が小さく悲鳴を上げる。
頭上の木々を、奇声を上げながら俊敏に渡ってくる大猿の群れが視認できると、四人の悲鳴がさらに大きくなる。
ボクは指先に魔力を込め、拳大の石礫を三つ生成した。 それを正確に放つと、木の上の三匹の大猿は、なすすべなく地面へと叩き落とされた。
「……」
あっけに取られる四人。 だが、落とされたうちの一匹、フォレストモンキーがまだ息を吹き返していた。 地面に伏しながらも、低い声でグルルと唸りを上げる。
「きゃっ!」
三人の女の子が同時にボクにしがみ付いてくる。 グイード君に至っては、完全に父様の足にしがみ付いていた。
「誰かとどめを刺したらいいんじゃない?」
ボクの言葉に、四人は石のように固まった。
その沈黙を破り、最初に声を上げたのはシルヴァーナちゃんだった。
「わ、私が行くわ!」
「ではこれを」
カーリーおじさんが、彼女に一振りの細身の剣を手渡した。 それはシルヴァーナちゃんが普段持っている長剣よりも、遥かに攻撃性の強いものだ。 魔力を込めれば切れ味が増す、いわゆる魔剣と呼ばれるものだ。
ボクも何本か持ってるけど、その切れ味は普通の剣とはまったく違うものとなる。
カーリーおじさんから魔力を込めることを教えられたシルヴァーナちゃん。 緊張しながらも剣を握った彼女は、ボクの背後に隠れながら、なおもボクの背中をグイグイと押して猿へと近づく。 そして、ボクの肩越しに必死に手を伸ばし、猿の首筋を一突きにした。
「ふぁ……」
不意に、シルヴァーナちゃんが吐息のような声を漏らした。 その声にボクの心臓が不自然なほどドキリと跳ねる。
「レベルが上がったようだね」
父様の言葉に、彼女は驚いたように自分の手を見つめ、深く頷いた。 自分よりはるかに強い魔物を狩ると、一気にレベルが上がる。 その感覚は一度味わうと癖になるものだ。
その様子を見ていたベアトリーチェちゃんとフェデリカちゃんも、決意を固めたように顔を上げた。
「もっと、狩りましょう!」
「私たちだって、強くならなきゃいけないのです!」
二人は鼻息荒くボクの背中を押し、シルヴァーナちゃんもそれに加わる。 グイード君だけは未だに乗り気ではなさそうだったが、逃げ道はすでに塞がれていた。
その後、四人で数体の魔物を仕留めていった。 ビッグバイパーが現れた時は、全員がパニックに陥りそうになったが、ボクが動きを封じ、泣きそうなグイード君を無理やりけしかけて、なんとか止めを刺させた。
ボク自身も、この午後の狩りを通じて随分と「手加減」というものを覚えた気がした。
拠点の広場に戻る頃には、女の子三人は「明日も狩りに行こう」と完全に乗り気になっていた。 グイード君だけが魂の抜けたような顔をしていたが、彼はすでに強制参加が決まっていた。
その日の夕食は、森で仕留めたワイルドボアの肉を豪快に焼いた。
滴る脂が炎に焼かれ、芳醇な香りが広場を満たす。ロンドおじさんこと国王様は、娘が仕留めたという肉を独り占めしようとして王妃様に叱られたり、父様たちに責められたりしていた。
「美味しいね、シルヴァーナちゃん」
「ええ、まあ、当然ですわ。 私が仕留めたのですから!」
少し得意げに肉を頬張る彼女を見て、ボクは思わず微笑んでしまう。
騒がしくも温かい、森の夜が更けていく。この時のボクは、この何気ない夏休みがいつまでも続くような、そんな錯覚に陥っていた。
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