第7話 フェデリカ、見破られる
カルミネは現状が理解できないようで、ぽかんと血まみれの首を見つめている。フェデリカは振り返って首を投げ込んできた方を見る。人だかりと喧騒、灯りに照らされて鈍い光を放つ凶器。
「またか」
「また? ここではこういうことが多いのですかな?」
「そこそこな。おい、片付けろ」
ディーラーは無言で男の首を持ち去る。
「まっ——」
「座れ。カルラ」
カルミネは上げかけていた腰を下ろす。膝の上で握りしめた拳が、小さく震えていた。
「怖がらせてしまいましたか、お嬢さん」
「妾は荒事に慣れていないのだ」
「なるほど、それは失礼を。お詫びにお茶でもご馳走しましょう」
「酒はなしで。妾は酒に弱い」
大嘘である。フェデリカもカルミネも酒豪だ。
「了解しました、Mr.F」
ウェイターのトレイからグラスを3つ取る。ワインが二つ、シャンパンがひとつ。
「あぁ失礼、Mr.Fも必要でいたか?」
「結構。若人におごられるほど落ちぶれてはおらん」
「国外ともお取引されているとか。それは妙に高いプライドが出てくるものでしょうね」
「誉め言葉として受け取ろう」
「我々とは仲良くできそうではありませんか」
いや別に観察使ではないので潜入捜査とかはしたくないんですが。
「――冗談だと思っておきましょう。金銀と名乗るあなた方とは仲良くなれそうにない」
「おや、これは残念」
隣国の訛りがわずかに残る声で、男は宣う。
「ああああああああ!」
そこに聞こえてきたのは絶叫だ。何事かと再び振り返ると、剣を抜いている男の数が増えている。
「乱闘か」
チっ、と金銀ふたりのジェントルは舌打ちし、剣を抜いた。こちらにも複数の男が向かってきていた。
【やはり私も】
【約束は絶対】
カルミネは唇を噛むと、スカートの下に隠しておいた剣をフェデリカに渡して、奥の方に一目散に駆け出した。トイレの奥に、古びて使われなくなった、地上につながる隠し扉があることは把握済みだ。カルミネ自身、剣や槍といった武術は苦手だ。ましてドレス姿では、動くこともままならない。
だから、乱闘騒ぎになったときはいち早く離脱すること。それも約束の一つだった。
フェデリカは鞘から剣を抜く。
「剣を扱えるのですか」
面白そうな声音に、ちらりと横を見る。名前の知らない紳士は、短剣を持っていた。
「あなたの想像よりは動けるでしょうね」
金銀をすり抜けてきた男たちが走ってくる。フェデリカは剣を構えた。
「殺しはしない主義ですか」
「あなたこそ」
カルミネが一足先に抜けたはずの道を、二人で歩いていた。
彼もフェデリカも、殆ど峰打ちで対応していた。ひとりも殺していない——フェデリカは、殺せない、だけれど。彼の方は短剣が武器だというのに随分扱いがうまく、フェデリカが対応できない分を引き受けてくれた。正道の剣術と下町のごろつきの体術を混ぜたような、不思議な戦い方だった。
ひとまず今日のところは収穫があったから、このまま地上に出てカルミネと合流しよう。合流場所も、決めてある。無事だろうか。カルミネのことだ、乱闘に巻き込まれなくても、変なところで転んだり、地上に出てから絡まれていそうだ。
「ここまでもぐりこんだ輩はいないようだから、先に行った彼は無事だろうね」
ええ、と答えそうになって、はたと口を噤む。
——今、彼と言ったか。この男。
「――私の妾のことですかな?」
「うん、吹き出したくなるからその辺にしないかい? アンヌンツィアータ嬢」
兄君の実際を知りたいという志は立派だけどね、と言葉が続けられたが、フェデリカはどうしようもなく混乱していた。いつ、どこで、どうしてわかったのか。カルミネのことも理解しているのは、なぜ? そもそも彼は誰なのか。
混乱するフェデリカを見て、彼はまた笑った。くすり、と小さな音で、記憶が蘇る。
フェデリカはいろんな意味で、青くなった。掠れ声は地声だった。
「......王弟殿下?」
大正解、と仮面をとって、彼は笑った。
「ねえ、アンヌンツィアータ嬢。君の企みに、私も混ぜてくれないかな?」
そうしたら何も言わないよ?という言外の意味を汲み取り、フェデリカは目を瞑った。
「......喜んで」
フェデリカが今回の潜入を引き受けたのは、カルミネの意思に折れたから——それともうひとつ理由がある。
フェデリカが経営する商会で取引されている隣国の商品が裏ルートから密輸され、商品価値が落ちていると耳にしたためだ。誰かしら賭博場に送り込んで確かめさせようと思っていたので、それが自分自身でもいいか、と思ったという面も大いにあった。
「へえ、メッシーナ商会の会長が君だったとはね」
「......王弟殿下こそ、破落戸の武術を身に着けていらっしゃるのはどういうわけでしょう」
「何、在学時代に頻繁に平民街に下りていてね。私は整った顔をしているから、絡まれることが多かったのだよ。彼らとやりあっているうちに身についてしまった」
「左様ですか」
王弟殿下は、在学中から女遊びで有名だったらしい。らしい、というのは、フェデリカが社交界デビューした5年前には、女遊びから手を引いたらしく、そういった浮名を耳にしたことがないためだ。
「かませてほしい、と言ったけれど、単純に、国難になりそうな情報があったら教えてくれないかな。ルアルディは私の友人だから、彼に提出する書類にまぎれさせてくれればいい」
「畏まりました」
「しかし、よかったよ。君を王位継承候補から外しておかなくて」
思わず顔を上げた。王位継承権第1位の青年は、感情を悟らせない笑みを浮かべていた。
「君になら、安心して玉座を渡せる」
キャロモンテ夫人や、ヴィアダーナ伯がいる——自分がその言葉を口にできないわけが、フェデリカにはわからなかった。
「――さようですか」