第八話:家族団欒とは?
箸をつけ始めてしばらくすると、
気まずい空気はまだ薄くまとわりついたままだった。
さすがに居心地の悪さを察したのか、
じいちゃんと菖蒲さんが、次々に話題を投げてくる。
「和ちゃん、電車長かったでしょう?山越えするから揺れるでしょ」
「駅前は寂れとるが、山と川は一級品じゃぞ」
「真夏ちゃん、今日濡れなかった?夕立ひどかったでしょ」
「和ちゃん、混ぜご飯おかわりあるわよ」
会話のテンポがやけに速い。
まるで生放送のトーク番組みたいに、話題がぽんぽん切り替わる。
俺と真夏は、そのたびに順番に受け答えをしていく。
――そして気づく。
真夏は、俺に向ける態度とは打って変わって、
驚くほど丁寧だった。
「いえ、大丈夫でした。傘をさす前に少し濡れましたけど」
「はい、お料理、とても美味しいです。ありがとうございます」
「今日の天気、山のほうは崩れやすいですね」
声は淡々としている。
けれど言葉の選び方は一切雑じゃない。
余計な棘も、投げやりな響きもない。
育ちの良さ、というより――
人と距離を取ることに慣れすぎた、真面目さ。
(……さっきの態度からは想像できないな)
横目で見ていたら、ふと真夏と目が合った。
ほんの数秒。
次の瞬間、彼女は何事もなかったように視線を皿へ落とす。
――冷たいけど、不誠実じゃない。
そんな印象が、少しずつ輪郭を持ちはじめていた。
そのとき、菖蒲さんが話題を切り替える。
「そういえばね、鷲巣中の同じクラスになるのよね?」
俺と真夏の声が、重なった。
「え?」
「……え」
「え、あ、はい。転入で、夏休み明けから通いますけど……」
「……同じ……クラス……」
真夏の声は抑えられていたが、
ほんのわずかに揺れていた。
同じ学校。
同じクラス。
さっきまでの出来事を思えば、
気まずい、なんて言葉じゃ足りない。
横で、じいちゃんが何でもないことのように言う。
「ちょっと早いが、真夏ちゃんも清和も夏休みを満喫すればええ。
勉強しても、川遊びでも、山遊びでも」
山遊びって……
中学生相手でも、だいぶ古風だと思う。
菖蒲さんが、くすっと笑って補足した。
「せっかくだし、一度みんなで予定を合わせましょう。
真夏ちゃんも、和くんも、遠慮しないで。
しばらくはここが“家”なんだから」
その言葉に、真夏が一瞬だけ俯く。
髪が揺れて、表情は見えない。
――家。
その一言が、彼女にとってどれだけ重いのか。
俺にはまだ、測れない。
少し間を置いて、真夏は小さく答えた。
「……はい。ありがとうございます」
短いけれど、逃げない声だった。
俺も慌てて背筋を伸ばし、
「よろしくお願いします」
と頭を下げる。
次の瞬間、
菖蒲さんの柔らかな笑顔と、
じいちゃんの「ほれ、どんどん食え」という雑な励ましが重なる。
気まずさは、まだ確かに残っている。
それでも――
この食卓で、同じ時間を共有しているという事実だけは、
ゆっくりと、確実に積み重なっていった。




