第十二話:散歩とヒルガオ
俺が持っている鷲巣中学校の情報は、ほんのわずかだ。
菖蒲さんが一時期、教師として勤めていたこと。
そして、今は真夏が通っているということ。
普通に考えれば、父の母校でもあるはずなのに、
不思議と学生時代の話を聞いた記憶はなかった。
意図的に避けていたのか、それとも――
もう、語れるほどの“思い出”じゃないのか。
身近にいたはずの人を俺は何も知らなかった
湿ったアスファルトを踏みしめ、
ところどころに残る水たまりを避けながら歩く。
少し大きめの側溝には、昨日の雨が勢いよく流れ込んでいて、
澄んだ水の中に、まだ夜の名残が混じっている気がした。
車の通りはほとんどない。
けれど、遠くから確かにエンジン音が聞こえてくる。
見えないだけで、世界は動いている――
そんな当たり前の事実が、妙に胸に引っかかった。
平坦な道を十分ほど歩いていると鬱蒼とした茂みが突然現れた。
朝日を遮り大きな影は緑を濃く演出しているように思えた。
その中にヒルガオの群生地がある。
白や淡い桃色の花が、無秩序に絡み合って咲いている。
朝顔によく似ているけれど、違う花だ。
雑草と呼ばれても仕方のないこの植物が、
俺はひどく不快だった。
ちゃんと手入れされた朝顔の花に仲間のように振るまい、
人の手を借りず、勝手に根を張り気づけば隙間に入り込んで
紛れ込むように咲く、偽物の花。
誰かの大切なこと場所に、許可なく自分の居場所だと言わんばかりに、
堂々と、「咲いているだけだ」と当たり前の顔でそこにいる。
――それが、どうしても許せなかった。
綺麗なものと、そうでないものの境界が曖昧になる感じ。
努力や価値なんて関係なく、
ただ“そこにいる”だけで許される存在。
(……嫌だな)
理由を言葉にできないまま、視線を逸らす。
ヒルガオは、何も気にせず風に揺れていた。
俺の世界に、
俺が望まない形で入り込んでくるもの。
その感覚が、
なぜか――胸の奥に、嫌なほど馴染んでしまっていた。
ひどくその場を去りたくなった。




