第十話:1日の終わり
夕ご飯をなんとか乗り切り、ぼーっとしていたら
深夜になり、いつの間にか雨は止んでいた。
寝間着にしている長袖のジャージは、やっぱり暑くて、 夏用の布団に無造作に脱ぎ捨てる。 肌に残る湿気が、妙に落ち着かなかった。
言語化はできないし理由ははっきりしない。
ただ、じっとしていられなかった。
気づけば足は、車庫として使われている蔵のほうへ向いていた。
じいちゃんと菖蒲さんの寝室は一階の反対側にある。 足音を殺せば、外に出るのは難しくない。 家のつくりを覚えている自分に、少しだけ驚きながら、 引き戸をそっと開けた。
夜の空気は、昼間よりずっと冷たく、澄んでいた。 雨上がりの土と草の匂いが混じって、肺の奥まで入り込んでくる。
この町に、コンビニもファミレスもないことは知っている。 夜に行き場がないことも、最初からわかっていた。
それでも。 部屋に戻る気にはなれなかった。
息苦しさから逃げたかっただけなのかもしれない。 家族の気配や、誰かの視線や、 今日一日の出来事すべてから、ほんの少し距離を置きたかった。
蔵の前で立ち止まり、空を見上げる。 雲の切れ間から、弱い月明かりが滲んでいた。
静かすぎる夜だった。
この町での生活は、まだ始まったばかりだ。 帰ってきたはずなのに、どこにも戻れていない。
そんな感覚だけを胸に抱えたまま、 俺の一日目は、静かに終わった。




