みちばたの精霊
そこはとても暑い国。
ガジュマルという大きな木が森を作っていました。
森の中を赤い髪の毛の精霊たちが駆け回っていました。
その精霊たちはキジムナーと呼ばれていました。
霜月透子さんの個人企画「ひだまり童話館」と「開館9周年記念祭」の参加作品です。
拙作『胡桃ちゃんの人形劇』の登場人物がでますが、旧作を知らなくてもお楽しみいただけます。
とある暑い国のガジュマルの森にキジムナーとよばれる小人達がくらしていました。
キジムナーたちは木の幹をかけ上ったり、手から小さな火や水を出すなど、ふしぎな力を持っていました。
多くのキジムナー達には名前がありませんでしたが、特に能力の高い9人のキジムナーに長老が名前をつけてくれました。
1から9までの番号がキジムナー達の名前です。
長老のキジムナーはみんなに名札を作ってくれたのです。
キジムナーの9くんと6くんは、名札の形がにていました。
9くんと6くんは、それまでよりもなかよしになりました。
そして、ときどきおたがいの名札をとりかえっこしていました。
ある朝のことです。いつのまにかキジムナー達の名札の字がひっくりかえっていました。
そのせいか、キジムナー達はふしぎな力が使えなくなったのです。
長老はいいました。
「これは北の方に住んでいるヤンバルの森の魔女のしわざかもしれないな。だれかヤンバルの森にいって、いたずらをやめるように言ってきてくれないか」
9くんと6くんがおたがいの名札をとりかえると、ふたりは力をつかえるようになりました。
9くんが長老に言いました。
「ぼくと6くんでヤンバルの森にいってくるよ」
「だけど、長老さま。ヤンバルの魔女さんが犯人じゃなかったらどうするの?」
6くんが首をかしげていいます。
長老は少し考えて、こういいました。
「黒砂糖をおみやげにもっていくといい。魔女にたのんで、魔法で名札を元にもどしてもらおう」
こうして、キジムナーの9くんと6くんは旅に出ることになりました。
野をこえ、丘をこえ、谷をこえて、はるかヤンバルの森をめざしました。
* * *
「ねぇねぇ、偉文くん。このキジムナーってパイナップルの妖精なの? それともカブとダイコン……」
従妹の胡桃ちゃんが言った。
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、小学生の胡桃ちゃんが遊びに来ている。
胡桃ちゃんは僕が書いた絵本の案を見ている。
「いや、僕の絵が下手だから食べ物みたいに見えたみたいだね。キジムナーは沖縄の妖精で、ミチバタとも呼ばれているよ。ほら、こういうの」
僕は胡桃ちゃんに沖縄の観光ガイドを見せた。
「あ、こんな感じなんだ。あたしがかいてあげる。色えんぴつを借りるよー」
胡桃ちゃんは白い紙に絵をかき始めた。
書きながら胡桃ちゃんは言った。
「ねぇ、偉文くん。数字の6と9って、ほんとに似ているよね。なんでかな」
「アラビア数字の古代の形は直線の組み合わせでできていたんだ」
僕は紙に昔の数字を書いた。
「大昔はこういう形だったんだ。カドの部分に青い点をつけてみたけど、この点の数なんだ。昔は7に横棒があったんだね。その後にいろいろと省略されて丸っこい字になったんだ。6と9は文字の作り方がにているね」
「へぇー。そうだったんだ。あ、偉文くん。小人さんの絵ができたよ」
胡桃ちゃんが出した紙に、長い赤い髪を頭の上でゆわえたキジムナーの絵があった。
「わぁ、胡桃ちゃんってあいかわらず絵がうまいね……」
「えへへ……。ねぇねぇ、偉文くん。この部屋に入ったとき、いい匂いがしたけど何か作ってた?」
「あ、気づいたか。おやつに沖縄ふうのクッキーを作ってたんだ。もってくるね」
僕はあらかじめ作っておいたクッキーを持ってきた。
棒の形のものと丸い形のものがある。
「いただきまーす。あ、おいしい。これ、作るの大変だったよね。どうやって作ったの?」
「かんたんだよ。小麦粉とラードと砂糖を適当にまぜて、生地を作るんだ。それの形をととのえて、オーブントースターで焼いたんだよ。たくさんできたから、暦ちゃんにもおみやげに持ってってね」
暦ちゃんは胡桃ちゃんの妹で物知りな子だ。
「ねぇねぇ、ラードって何?」
「ブタの油のことだよ。ブタ肉で角煮を作ってて、油がとれたからそれを使ったんだ」
かたまりのブタ肉を弱火でじっくりとにこむと、油がういてくる。
いったん冷蔵庫で冷やすとラードのかたまりがとれるんだ。
「ふーん。ブタの角煮かぁ……。あたし、それも味見してみたい」
「ごめんね、胡桃ちゃん。角煮はまだできてないんだ」
今は油が抜けて、味のないブタ肉だな。冷蔵庫でめんつゆにつけているところだ。
「そっか。また今度食べさせてね。ところでこの丸い方は、何か模様がついているみたいだね」
「それ? 実は焼く前に数字の形をつけてたんだ。ふくらんだら消えちゃったけどね」