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「月下美人」

作者: こみこみこ

「それで、会社はやめたの、結局」

「ああ」

兄の風吾は家に帰ると、一番になぜか俺の部屋に来る。

彼は五年前に大学進学を機に家を出た。

夏休みなど大きな休みがない限り家には帰ってこない。

その兄が何て事のない平日の夜に実家に帰ってきた。

両親は旅行中で家には俺一人だった。

彼女の優未が泊まりに来る予定のところに兄がやってきたのだ。

俺は小一時間くらい、兄が大学を出てすぐに就職した会社について話を聞いていた。

「次の就職先は決まってるの?」

「いや。これから。ていうか、起業しようかと思って」

「何の、起業?」

「まだはっきりとは決めていないけど。まあ、司にはわからないよ」

だいたいいつも兄の言葉はこんな感じで閉められる。

自分のほうが偏差値の高い大学に行ったということからの結論のようだった。

俺にはわかっている。兄が起業などするようなタチではないことぐらいは。

たぶん、兄は3か月以内に再就職をするだろう。

兄は雇われ人が似合っている。

「なあ、聞いているのかよ」

「聞いてるよ」

スマホをいじる俺に兄が苛ついている。

俺は優未に近くのコンビニで待つようメッセージを送っていた。

「で、今日うちに泊まるの?」

「いや、これから一緒にやめた同期と飲みに行こうと思ってる。司も来る?」

「何で?」

「だよな。帰るよ」

兄は何かを察したようだった。

俺は近くの駅まで兄を送った。

兄の半歩後ろを歩く。

子供のころからの俺の定位置だった。

長身ですらりとした兄のスーツ姿は少しくたびれて見えた。

「司は3年生だから、そろそろ就職活動か」

「うん」

「変な会社に入るなよ」

「うん」

通りかかったコンビニの中を見ると、優未の姿が見えた。

目が合ったので軽く手を挙げる。

「ここでいいよ」

振り返った兄の眼差しは優しかった。

帰りにコンビニで優未と落ちあった。

帰路にあるファミレスで食事をして、優未と手をつないで帰った。

肩にかかった髪から甘い香りが漂った。


二人で風呂に入り、お互いの体をいじくりあって無邪気に笑った。

俺のベッドはシングルサイズで狭い。

季節は冬の手前で裸で絡み合うにはちょうどいい場所だった。

カーテンの隙間から差し込んでくる月の光が、優未の乳房を青白く染める。

何度温めても冷え性の優未の肌はすぐに冷たくなる。

俺はそれが悔しくて、体の奥から熱くさせることを試みる。

股にひたすら舌先を滑らせると、掴んだ太ももがほんのり汗ばんだ。

ひと時乱れる姿を楽しんだ後、俺は優未の中に入っていった。

しがみついてくる優未の体全体からうっすらと熱を感じた。

唇を重ねた後のため息に興奮して、優未の細い腰を激しく突いた。

そういえば、兄にこのようなことをする相手はいるのだろうか。


優未の体から離れたあと、一瞬で俺の肌は冷たくなった。

しばらく二人で並んで寝ていたが、優未は落ち着かないと言ってベッドから降りた。

「帰ろうかな」

「もう遅いよ。電車まだある?」

正直、駅まで送るのが面倒くさくてそんなことを言った。

優未はスマホをいじった。

「人身事故だって。いつ動くかわかんないって」

「あきらめて、泊まりなよ。寝れないなら、もう一回しようよ」

俺は優未の手首を握った。

優未は素直にベッドへ戻り、俺の上に乗った。

こういうちょっといやらしいところも優未のことが好きな理由の一つだった。


翌日、その人身事故で亡くなったのは兄であると知った。

俺は、いつも兄の話の聞き手として優秀であると思っていた。

兄はちょっと自分を大きく見せるところがあったが、それを突き詰めず彼の言う通りが真実であると受け止めることに徹していた。

だから、兄が会社を辞めたのではなくクビになったことを知ってもそれが本当のことだったとは今でも認めていない。

遺体も見たし、葬式もやって殺風景な一人暮らしの部屋を片付けてもそれは変わらなかった。

兄のスマホのフォトアプリから、優未のあられもない姿が出てきた時も認めないことにした。

優未は今日も俺の上でしなやかに揺れている。


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