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第2話

 暗い夜道の中、スーツを着た社会人男性の俺とパーカーを着た男子大学生が2人横に並んで歩く。仕事終わりに酔っぱらった男子大学生とぶつかってしまった俺は、何故か彼を俺の家に泊めることになってしまっていたのだった。


『……まあ、話聞いてたら流石に可哀そうだから、泊めてやるくらいならいいけど』


 可哀そうな彼の話を聞いて、勢いでそう言ってしまった俺だったが、冷たい夜風に吹かれながら歩き続けていくと少しずつ頭も冷静になってくる。そしてふと今の現状を客観的に捉えられるようになり、思考をグルグルと回しながらも黙々と歩いていく。


(もし今の状況が知り合いとかに見られたらなんか恥ずかしいな……。夜中だから大丈夫だろうけど、さっさと家に帰ろう)


 端から見ると、俺たちの関係はどういう風に見れるんだろうか。『友達』という風には見えないだろうし、年が結構離れているから『先輩後輩』みたいな関係にも見えないだろう。もしこの状況で知り合いにでも会ってしまったら、状況を上手く説明できる自信がない。


(冷静に考えると、俺は道端で知り合った男子大学生を家に泊まらせようとしている訳だよな。これって相手がもし女だったら犯罪レベル……。というか、ちゃんと確認してなかったけどコイツ流石に男だよな?)


 俺は急に今の状況が不安になった。頭の中でまるで走馬灯のように出会ってからの一連の記憶が蘇る。手を握られた時のあの柔らかかった感触。整った顔立ちの童顔。高くも低くはない中世的な声。まさか、とは思うが、そんな訳はないよな。俺は目をチラッと寄せて彼(?)の胸の方を見てみるが、大きめのパーカーを着ているせいで判断がつかない。


――もし『社会人男性が、酔っぱらった女子大学生を道で見つけて家に連れ込んだ』、なんてことになってしまったら大問題だぞ。もし明日朝起きてコイツに警察へ通報でもされてしまったら言い逃れできない。そういえば最近、人事担当がその権力を悪用して女子大学生に性的暴行をして捕まったなんてニュースも聞いたことがある。さっきは『俺も会社辞められるんなら辞めてぇよ』なんて一人で言ってしまったが、そういう方向性での退職は希望してない。


 俺はそんなことを頭の中で考えた後、挙動不審になりながら、隣を歩く彼に質問をする。


「……一応確認だけど、お前って男だよな?ちょっと可愛らしい感じがするだけで」


 可愛らしい、という言葉がこぼれるように自分の口からポロっと出たことに自分自身でも驚いた。無意識のうちに彼のことを可愛いと俺は思っていたらしい。


「え……?お兄さんはどう思ってるんですか?」


 彼はまたいつものあざとい顔をして、質問に対して質問で返してくる。面倒な女みたいな奴だな。いや、まさか本当に女なのか?頭が混乱してくる。


「えっと、その……、男、ですよね⁈」


 これでもし彼が女性だったらめちゃくちゃ失礼なことを言っている、と思いながらも、俺は彼が男であることに賭けた。というかそうでないと事態がややこしくなりすぎる。頼む、どうか男であってくれ。


「うーん、じゃあ、確認してみます?」


 彼はにやけながら俺に顔を近づけて、小悪魔みたいな喋り方でそう聞いてくる。近くで見る彼は睫毛が長く、鼻はこじんまりとして程よく高い。これだけ顔を近くで見ても、彼が男であるとは確信が持てなかった。


「……確認って、どうやって?」


「見ても良いですし、触っても良いですし!さっき、お家に泊まるためなら何でもするって言ったばかりなので……!」」


 彼は腕を大胆に広げてそう言った。なぜかやたらテンションが高く、嬉しそうだった。


「馬鹿か!俺にそんな趣味ねえよ!!」


 俺は恥ずかしくなり顔を赤らめながら勢いよくそう答える。コイツはきっと男だとは思うが、万が一女性だった場合を考えるといきなり裸を見たり体を触ったりすることなんてできない。いや、男だったとしても初対面同士で年も離れているのに、裸を見たり触ったりするのはなんか違うだろう。


「……んー?何か勘違いしてますか?コレのことです、コレ。」


 彼はパーカーのポケットに手を突っ込んだかと思うと、財布を取り出しテッテレーと言いながらまた学生証を見せてきた。そして、それを俺の手にそっと渡してくる。


「どうぞ、好きなだけ見たり触ったりしてくださいな」


「……あぁ、そういう事?」


 と一瞬納得しかけたが、学生証なら触って確認する必要なんてなく、見せるだけで充分なはずだ。こいつはきっと、わざと変な言い回しをして俺のことを弄んでいるのだろうと思った。いつもは面接で大学生達を手のひらで転がしている俺が、まさかこんな男か女かも分からない大学生に遊ばれるとは……。


(まあよく考えれば、さっき学生証を見た時に、性別の記載があるかも一応確認しておけばよかったんだな。それは俺のミスだと認めよう)


 学生証を見ると、彼の本名・性別・大学・学部などの様々な情報が一度に手に入った。顔写真は今とは違い黒髪で、今よりも少し幼い感じがした。おそらく入学当時の写真なのだろう。


「平山爽、男性、国立大学法人B大学、法学部……。よかった。お前、やっぱ男だったのな」


「もちろんそうですよ!たまに女性に間違われたりはしますけど」


「やっぱり間違えられるのか……。名前は、『そう』でいいのか?」


「そうです!……えっとダジャレとかではなく」


「ふーん」


 俺は特にツッコむこともなく、学生証を読み込みながら歩いていく。何となくあんまり賢くはなさそうだと思っていたが、意外にもこの辺では有名な国公立大学に通っているらしい。少なくとも俺よりは学歴が上か、と思うとなんとなく悔しくもあった。今更学歴のことなんて気にしても仕方がないが。


「まあ、ひとまずお前が男で良かったわ。……そういえば、家までもうちょっとでつくぞ。さっさと帰ろう」




――ガチャッ


 ズボンのポケットから鍵を取り出して、鍵穴に差し込み回すと綺麗な音が廊下に響く。幸いにも、俺が住んでいるこのマンションの部屋に辿り着くまで、知り合いに出会うことは無かった。二人で歩き始めて数十分、ようやく俺の部屋までたどり着くことができたのだった。ドアノブを握り扉を開けると、後ろから爽が部屋の中をすぐさまに覗き込んでくる。


「わあ、良いお部屋に住んでいるんですね!」


 俺は仕事と歩きで無性に疲れていたが、爽はなぜかやたら元気だった。まだ酒が頭に回っているのだろうか。


「ちょっと部屋片づけるから一瞬だけ待ってくれ」


 俺はそう言って爽の腕を引っ張り、部屋に入れて鍵を閉めた。俺の部屋にはまず玄関があり、小さな廊下を通った後にさらに扉があり、リビング兼寝室的な一番大きい部屋がある間取りになっている。俺はその部屋をざっと片付けた後、爽の待っている玄関に向かう。すると意外にも、爽は素直に玄関でじっと待っていたようだった。


「ほい。上がっていいよ」


「あ、はい!失礼します……!」


 さっきまでの軽い雰囲気はいつの間にか消えており、少し緊張しているようだった。きっと待っている間に酔いがさめてきたのだろう。なんだかやりとりが面接みたいだな、とも思ったりした。


「まあ、今日寝るだけだからな。あんまり勝手に物をいじったりしないように。」


「それは大丈夫です!」


 部屋に入ると、爽がキョロキョロと周りを見て部屋の様子を観察しだした。この部屋に見られて恥ずかしいものはないはずだが、あまりじっくりと見られると、何か片付け忘れたものが残っていないかすこし心配になる。


「お兄さん、これ!!」


 急に爽が大きな声を上げる。部屋の中だから静かにしてほしい、と思うと同時に、何か変なものでも見つかってしまったかという不安が襲う。冷たい汗が体中の毛穴から流れ出していく感覚がした。


「この漫画、好きなんです……!全巻読みました!」


 爽は俺の部屋にある本棚に指をさしてそう言った。指がさした先を見てみると、俺が昔読んでいた少年漫画のことのようだった。なんだ、漫画の話かと俺はほっとした。


「そうなんだ、珍しいな。……というか、お前は世代じゃなくないか?俺が中学の頃に連載してた漫画だぞ」


「お兄ちゃんが居て、その影響で読んだんです!最終回は何回も泣いちゃいましたよ……」


「まじか!俺も最終回は大号泣しちゃって……。バッドエンドも覚悟してたんだけど、最後みんなが救われて良かったよなぁ……」


 ――俺達は、気づくと1時間もその漫画について熱く語り合っていた。時計の針の音も、外の真っ暗さも気にならなかった。俺は明日も仕事があるはずなのに、そのことはすっかり忘れてしまっていた。ただ、流石に空腹だけはどうしようも出来なかったので、家にあった冷凍パスタをチンして二人で食べることにはなったが。


 爽と俺は10歳近くも年が離れているはずだった。だが俺達は同窓会で同級生と再会した時かのように笑いながらその漫画について話した。爽から色んな話を聞いてみると意外にも、好きな漫画・アニメ・ゲーム・音楽・映画と様々な分野で同じ作品が好きだということが分かってきた。もちろん世代が違うので、ジェネレーションギャップを感じる部分も多かったが。


(……もし俺に弟が居たら、こんな感じだったんだろうか)


 爽と話しながら、ふとそんなことを思う。俺は母子家庭で一人っ子だった。いつも一人で、夜遅くに帰ってくる母を待つ間、この漫画を読んでたんだよな。当時、誰とも共有することができなかったその漫画の感想が、腹の中にずっと溜まっていたかのようにスラスラと出てくる。


「――そういえば、今日はどんな感じで寝るんですか?」


ひとしきりの会話が盛り上がった後、爽が俺に尋ねる。


「あ、ベッドあれしかないから、お前が上で寝なよ」


俺は部屋の隅にあるシングルベッドを指差す。すると、爽は言う。


「え、一緒に寝ましょうよ、お兄さん!」

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