英雄になりそこなった男
その男は英雄になりたかった
行方不明の幼女
自転車事故で頭を打った少年
暴漢に襲われていた女
ブラック会社に追い込まれて自殺しようとしていた若者
詐欺に多額のお金を入金しようとしていた老人
みんな予知夢によって助けた人々だ
その男は飽きていた
その男はうんざりしていた
なぜ救えるのが一人一人なのかと
八百万の人間を救えたらどんなにいいか
恍惚とした想いは日に日に高まり
ついに男は待ちに待った予知夢をみた
二◯×△年十二月○日、午後六時十三分発、◯◯行き
何百人もの乗客を乗せた列車が脱線するというものだった
男はその日、その時間、そのホームに立ち
乗客や駅員に危険を警告し続けたが
信じてもらえないどころか
不審者として警察に追われ
足を踏み外して走ってくる列車の前に落ちた
寸前、その男は笑っていたそうだ
「最悪、人身事故で遅延してるじゃん。早く帰りたかったのに」
「ほんと迷惑だよね。ひとに迷惑かけないで死んでほしかった」
「いるよね、そういう人」
「まぁでも、元から遅れてたから」
「そうなの?」
「ほら来た、次来るのが六時十三分のだよ」
その男は英雄になりたかった。