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少年アルヤの罪業

「アルヤ……庭に犬の死体が埋められていた。それについて、何か知っているかい?」


 ゴート家、屋敷の奥の父の部屋。

 たくさんの書物が棚に並べられた部屋で、父のジョセフ・ゴートが僕に訊ねた。

 その表情はとても悲痛に満ちていて、とても誤魔化せられるものではないなと幼心に分かってしまった。


「あの野良犬がいけないんだ。母上もルミネも、夜中に吠えるあの犬のことを鬱陶しく思っていたから」

「だから、殺したのか?」

「うん。でも、誰にも見られていないよ」


 父はふうっと深く溜息をついた。

 僕と同じ赤毛――というより家族は血のように真っ赤な髪の毛だった――の毛先をくるくると巻いて、指を放した。少し癖になっている。


「見られていないからと言って、犬を殺すのは良くないことだ」

「どうして? だって、あの野良犬は――」


 同じ理由を繰り返そうとしたら、父は悲しそうに、本当に悲しそうにしていた。

 黙ってしまった僕の代わりに、父は「じゃあなんで――」と言う。


「なんで、すぐ近くに猫や小鳥の死体が埋められていたんだ?」


 野良犬を殺したのは母上とルミネのためだけど。

 猫や小鳥を殺したのは、自分のためだった。

 どうしても、殺したかったから。


「アルヤ。お前はもうすぐ八才になるね」


 話が変わったように見えて、そうじゃないことに気づく。

 僕は「うん、そうだよ」と答えた。


「今週から魔物狩りに同行させよう。そこで学ぶんだ」


 多分、父のジョセフは自分のせいだと思っているのだろう。


「殺し方だけじゃない。隠し方も誤魔化し方も学ぶんだ」


 瞳がひたひたと濡れていて、僕のことを憐れんでいる。


「お前は、いつか人を殺すだろう。そのときのために備えるんだ」


 普通なら医療院に閉じ込めるのだろう。

 普通の親ならそうするはずだ。

 だけど、父は僕を愛していた。

 僕の一生を台無しにしないように、精一杯の努力をしてくれる。


 そんな父がとても好きだった。

 尊敬していたし、愛していた。

 だけど、それ以上に――殺したくて仕方が無かったんだ。



◆◇◆◇



 僕、アルヤ・ゴートの古い記憶は赤ん坊の頃よりも遡る。

 信じられないことに、僕には前世というものがあった。

 その人生で、僕は後藤平三という名で――殺し屋をしていた。


 孤児として育った僕は殺し屋を創業し、反社組織に雇われたり、逆に反社の人間を殺したりしていた。

 政府の人間もわんさか殺した。

 僕を捕まえようとする警察官も同じように殺した。

 復讐に来た反社の人間も返り討ちした。


 やがて千を超える人間を殺したとき。

 僕は世界から『害悪』だと認定された。

 大勢の人間が僕を追ってくる――殺しに来た。

 たった一人でたくさんの暴力には勝てない。

 結局、僕は身体が四散し、脳髄と内臓をまき散らして死ぬ結果となってしまった。


 なんてことはない。

 悪人が一人死んだだけの話だ。

 その過程で百人程度が犠牲になっただけの話だ。

 善が悪に勝ったけど、被った犠牲が多かった。それだけのことだ。


 というわけで、僕は死後の世界に行くことになった。

 はっきり言って死後の世界など信じていなかったけど。

 既に死んでいる人々の列に並んで、これまた信じていなかった閻魔大王の裁きを受けると知ったときは、流石に動揺した。


 地獄逝きだと思う。

 千を超える人間を殺したのだ。当然の結果だ。

 自分の人生を後悔するけど、もう遅いみたいだ。


 鬼の邏卒に周りを固められて、その鬼よりも恐ろしくて巨大な閻魔大王の前に引き出されたときは、生きた心地がしなかった――既に死んでいるけど。


「後藤平三だな。よくもまあ、これだけの人間を殺めたものだ」


 閻魔大王は巻物を眺めながら地の底に響く雷のような声で言う。

 僕はやはり地獄逝きなんですか? と分かり切ったことを訊ねる。


「むしろ天国に行けると何故思えるんだ?」

「いえ、思っていませんけど」

「情状酌量の余地なし……と言いたいが、少し事情があってだな。貴様にチャンスをやろう」


 和服姿の閻魔大王から『チャンス』という言葉が出たのは、少しだけ変に感じたけど、チャンスがいただけるのなら、なんだってするつもりだった。

 地獄が楽しいものであるはずがない。

 現世で地獄を体験しているのだから。


「とある世界に貴様を転生してやろう。そして世界を救うのだ」

「はあ……世界を、ですか」

「あまり得心がいっていないか? ま、人間界で多くの人間の命を奪った貴様なら容易いことよ」


 人の命を奪うことと世界を救うことの違い。

 殺人鬼の僕にはピンと来なかったけど、閻魔大王には何となく分かっているようだった。


「それとあらかじめ言っておく――人をなるべく殺すなよ」

「それは魚にえら呼吸するなと言うようなものです」

「死んだ魚の目をしているお前にぴったりな喩えだな」


 傷つきはしないものの、閻魔大王もジョークが言えるんだと、感心してしまった。

 閻魔大王から緑の光が発せられる。そして小さな電球くらいの緑の光が僕の胸に溶けていく。なんだろう、害はないようだが。


「これは貴様に科せた制限だ。『閻魔の天秤』という。使い方は追い追い分かるであろう」

「そうですか……」

「ふむ。長々としてしまったな。これより貴様を閻魔の名において、転生させる!」


 次の裁きがあるからか、後半は早口となり、あっさりと僕は転生させられた。

 足元に大きな穴ができて、そのまま落下していく。

 そして気づいたら、僕が生きていた世界とは違う異世界に生まれていた。


 こうして殺人鬼の後藤平三は死んで。

 弱小貴族の長男、アルヤ・ゴートとして僕は生を受けたのだった。

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