53-2
「フォルオーゲスト侯爵はあまり躾に厳しい方ではないようだな」
「そのようで」
同じ貴族出身のアレスとしては、頭が痛くなる光景だろうな。
あんな奴と自分が同列に見られるのは悔しかろう。
「ん? 今父上の名を口にした者がいるな」
真っ青な鎧の男がこちらへとやってくる。
おいおい、地獄耳だろこいつ。
咄嗟にアレスを庇うようにして前に立つと、奴は俺を見下ろすようにして睨んで来た。隣に立つ小さいの、弟のほうか? そいつも一緒になって睨んでいる。
「ん? 貴様、どこかで……あぁ、モンハウを潰したルーキーじゃないか。こんにちはお嬢さん。もう気が変わってそいつから離れたくなる時期じゃないか?」
俺の話をしたかと思ったら、速攻でセシリアを口説いてんのかよ。
「私、リヴァと結婚したの。私、あなた嫌い」
「け、結婚!? こんななんの取り柄もないような男とか!? いやいやお嬢さん。それは余りにも人を見る目がないというもの」
「ハッ。ストレートに嫌いだって言われて、そんなにショックかよ」
「なんだと貴様!?」
すると今度はディアンが俺の前に立つ。
長身且つ、体格のいい彼が奴を見下ろし、そして威圧しているようだった。
馬鹿兄弟は後ずさりし、明らかに動揺している。
「くっ。き、貴様っ。この私を誰だと思っている!」
「バーロン様──」
兄貴のほうはディアンに食ってかかろうとしたが、後ろでは弟の方が魔術師風の奴とひそひそ話を開始。
バーロン……バーロン……どこかで聞いたような。
「な、なんだって!?」
内緒話が終わったのか、弟の方が大きな声を上げた。
「どうしたバーロン」
「に、兄さん……それがその……」
今度は兄弟でか。
すると弟同様に兄貴の方も声を荒げる。
「な、なんだと!? 本当なのかそれはっ」
「間違いないです。僕も目を凝らして見てみましたが……います」
「くっ。つまり奪われたということか」
なんだかよく分からないが、完全に俺たちを──いや、俺に対して敵意をむき出しにしてやがるな。
「彼らがあっさり引いたのは、予想外だったね」
「なんだか気味が悪いですねぇ」
アレスの言う通り、紅の旅団の奴らは大人しく引き下がった。
お陰で俺たちもこうしてすんなり中に入れたけど、あとで何か仕掛けてくるんじゃないかとヒヤヒヤだぜ。
俺が恨まれるのはいいが、アレスたちを巻き込みたくはない。
同じ貴族でも彼は別格だ。
ちゃんと場も弁えているし、ルールに従っている。
口調はかたっ苦しいけど、横暴ではないし傲慢でもない。
まぁ中に入ってしまえば早々出くわすこともないだろう。
「ん? あの穴はなんだろう?」
地下一階に下りて少し歩けば、あの断崖絶壁のような穴が見える。
アレスはその穴が気になるのか、近づこうとした。
「アレス、落ちたら確実に死ぬぞ」
「え? 深いのかい?」
「実際の所、どのくらいの深さなのか分からねえ。最低でも百メートルはあるようだけどな」
「は、はは。確かにそれは死ぬだろうね」
このダンジョンを発見した時のこと、そしてギルドの職員から聞いた内容を彼らにも伝え、あの穴には近寄らないよう注意をしておいた。
さすがにこの話を聞けば、アレスも近寄ろうとはしない。
「しかしどこに繋がっているのだろうね、あの穴は」
「このダンジョンの最下層とか、そういう所だったりしてな」
まぁその場合、浮遊系魔法の使える魔術師がいたら最下層まで一直線だな。
残念ながらセシリアにはそれがない。精霊使いだからな。
そんな話をすると、キャロンが否定した。
「他のダンジョンでのお話なのですが、同じような崖が地下数階の所で見つかっているのですが、浮遊魔法で下りた方の悲鳴が、途中から聞こえて……」
「それっきり──という話は、俺も耳にしたことがあります」
「魔法が遮断……されるとか?」
「恐らくそれでしょうねぇ」
ひぃ、こええぇ。
それでさっきから誰もあの穴には近づこうとしていなかったのか。
ズルせずに一歩ずつ地下に下りてこいっていう、迷宮神の思し召しかね。




