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「元のサイズに戻すときには、そこから垂れてる紐を引っ張ればいい。ただしテント内にこいつより大きな物が残っていたりすると、縮まない」
「こいつってのは、もちろんさっきの小さいサイズの?」
「そうだ。まぁ忘れ物をしないで外に出ろってことだ」
考えようによっては親切だな。
「実はこの地下で、最初はテント暮らしでもしようかと思っていたんだ。せっかくこれがあるんだしな」
「でも店主が部屋を貸してくれたと」
「そういうこと。おかげで五年もずっと袋の中にしまいっぱなしだったんだ。使ってやってくれ」
また厨房に戻って、さっきの小部屋へ。
次に取り出されたのは地図だ。何枚もある。
「ここが迷宮都市フォレスタンだ。この上の町な」
この迷宮都市を中心に描かれた地図と、別の町を中心に描かれた物──計九枚ある。つなぎ合わせると一枚の大きな地図になるものだった。
他にも魔物避けのランタン、コンパス、それに──
「こいつは『疾風のガントレット』だ。風の加護を受けたヤツで、装備すれば体が羽根のように軽くなる」
「こ、高級品そうなんですけど? それにこれは俺には大きすぎますってっ」
「心配ない。魔法の武具は持ち主に最適なサイズになるからな」
そう言って彼は青色の籠手の金具を外して俺の腕に巻きつけた。
するとしゅっと締まって、俺の腕のサイズに合わせて小さくなった。
「これ一つで敏捷のステータスが25ほど増える」
「一つって……え、じゃあ両腕で……」
「あぁ。50増えるな」
え、それめちゃくちゃ凄い装備じゃないか!?
「そ、そんな凄いもの、いただけませんよっ」
「そう言うな。これでは宝の持ち腐れだろう?」
ライガルさんはそう言って失った右腕を見せた。
二の腕の先からごっそり無くなった右腕では、確かにガントレットの装備が出来ない。
でも……。
「ならこうしよう。依頼が終われば戻ってくるんだろう? その時に返してくれればいい。ダンジョンに潜る時、依頼を受ける時、その都度貸してやる。そしてその都度返してくれ」
それはつまり、必ず生きて戻って来いと言う彼の言葉でもあった。
「気を付けろよ」
地下一階へと上がる階段の前まで、ライガルさんが見送りに来てくれた。
なんだか命の恩人にこうして見送られるのは恥ずかしい。
「テントはちゃんと入れたか?」
「はい」
「ハンカチは?」
「えっと……タオルなら」
「食いものは?」
「だ、大丈夫です」
「冒険者カード、忘れてないだろうな?」
「ここに」
「それから、えぇっと──」
いつまで続くんだ、これ。
「リヴァ、子供みたぃね」
「うるさい子供」
「いいいぃぃぃーっ。子供違うもんっ」
俺は成人しているけど、セシリアはまだ未成年なんだ。子供じゃないか。
「あぁ、そうだ。いいか、ルーキーの頃によくあることだが、冒険者になったことで自分が突然強くなった気になる奴がいる。自分を驕るな。強い奴はいくらでもいる。自分はようやくその底辺に立てたんだと、そう思え」
「底辺に……」
「そうだ。お前には見込みがある。俺の野生の勘がそう言ってるが、それは今すぐじゃない。驕って命を落せば、全て終わってしまうのだからな」
どんなに将来有望であっても、死ねばそこでお終い。その通りだ。
自分より強い奴らはいくらでもいる。ゆっくり、地道に──そいつらからステータスを強奪してやる!
「よし、二人とも行ってこい」
「「はいっ」」
一階へと続く階段に、一歩足を踏み出す。
あぁ、そうだ。
ずっと言いたかったこと、言い忘れてるじゃん俺。
「ライガルさんっ」
振り返り、彼に向かって頭を下げる。
「あの時、俺を助けてくれだありがとうござます」
「お、おい、こんなところでか? 恥ずかしいからやめてくれよ」
苦笑いを浮かべる彼に向かって、もう一つ……
新しく伝えたくなった言葉を──
「ありがとうございます! ライガルさん、生きていてくれてありがとうございますっ」
──伝えた。




