7-1
「ぁ……ぁあ……うぅぅ」
「だから……ここは危険な場所なんだから来るなって言っただろ」
呆れてそう言うと、彼女は膝を抱えてその場に座り込んだ。
拗ねたのか──と思ったがそうじゃない。
「お前、文字が書けるのか」
「ぁい……ん、んん」
読めと言っているのだろう。どれどれ──。
教会で神父の世話になった子供は、文字の読み書きも教えて貰える。
まぁ覚える気のない子供もいるけど、神父は無理強いはしない。
前世の記憶が蘇る前の俺は、なかなか優秀だった。
ちゃーんと神父から文字の読み書きを教わってマスターしていたのだから。
今目の前で彼女が書く文字は、俺が神父から習った物と同じだ。
【大丈夫。見つからないように気を付ける】
「いや気を付けるったって……」
【外は真っ暗。月ない】
月が無いってのは新月のことだろうか。
空気穴から上を見上げると星が出ているのは見える。だが月が無いってだけあって、普段よりも暗く感じた。
「上で見つからなくっても、こっちで見つかったら意味ねえだろ。あのな、地下街ってのは罪人も多いんだ。奴ら、ここなら追手が来ないからって好き勝手していやがるし」
「うぅ……う!」
【見つかったらすぐ逃げる。そしたらもう来ない】
はぁ……そりゃまぁ飛べるのなら、直ぐ飛んで地上に出てしまえば捕まることもないだろうけど。
「なんでそこまでしてここに来るんだよ」
「ぁ……ぅ……」
文字を書く手が止まる。
やがてゆっくりと【誰もいないから】という文字を書いた。
誰もいない──家族がいないってことなのか。
今まで書いた文字を消すと、今度は少し長い文章を彼女は書き始める。
空気穴から落ちてきたあの日、彼女は奴隷狩りから逃げていた。
奴隷狩りから逃げるのは、なにもその日が初めてではなかったらしい。
何年も前に住んでいた集落が襲われ、その時に両親とも逸れてしまったそうだ。
「じゃあお前……ずっとひとりで逃げてたのか?」
「ぁ……い」
【あちこちずっと、飛び回った。お父さん、お母さん探した。でも見つからなかった】
あぁ、だからか。
あの日、家族という言葉を言った後、この子は大泣きした。
ずっとひとりで逃げ続け、ずっとひとりで悲しみを抱え込んでいたのだろう。
それがあの時、一気にあふれ出したのかもしれない。
「いや、だからってここは……あぁクソ。分かったよ。けどな、俺だって毎晩ここに来ている訳じゃねえ」
彼女がコクコクと頷く。
「そうだな。新月──今日みたいに月が出ない日の夜だけだ。それと他の奴らに見つかったら、そん時は──」
【直ぐに逃げる】
「逃げた後はもう絶対に、二度と、決して、ここには来るな」
「ぁぅ……」
「あうじゃねえ。さっきお前が言ったことだろうが。約束できねえのなら、俺の方が二度とここには来ねえからな」
「うぅぅ」
眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな目で俺を見る。
ここで甘やかしてはいけない。
こいつのためなんだから。
観念したのか、唇を尖らせて彼女は【約束する】と文字を書いた。
「それでよし。じゃあ自己紹介だ。俺の名前はリヴァ。お前、名前はあるよな?」
少女は頷き、地面に【セシリア】と書いた。
「セシリアって名前でいいんだな」
「あいっ」
「ところでお前……その、言葉を話せるのか、話せないのか、どっちなんだ?」
声は出ている。返事も、まぁ一応出来ている。
まったく話せない感じではない。
するとセシリアはまた地面に長文を書き始めた。
【私有翼人。有翼人同士は頭の中で会話出来る】
【喋ることも出来る。他の種族とは口で喋らないといけないから】
【大きくなると喋り方教えてもらう。でも教えてもらう前に】
【お父さんとお母さんと離ればなれになっちゃった】
頭の中で会話……テレパシーみたいなものか。それで言葉を話す必要がない……と。
でも他の種族とコミュニケーションをとるために、喋り方は教わるようだ。
教わる前に奴隷狩りにあったのだろう。だからセシリアは言葉を話せないようだ。
「文字を書けてよかったな。文字すら書けなかったらお前、いろいろ詰んでるからな」
「うえぇぇ」
いかにも嫌そうな顔をして、セシリアは唇を尖らせた。




