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私は不幸なんかじゃない



リズテイシア・イゴーツ


そんな名前の女の子が居た。

その子は私の父の妹の娘らしく……簡単に言えば父方の叔母に当たる。

珍しい真っ白な髪とシミひとつ無い綺麗な肌。

まだ8歳と言う若さと、その有り得ない境遇に……お爺様の葬式と聞いて飛んで帰って来た私は思わず飲み込んだ物を詰まらせた。



「んぐっ、ごふっ!」


「ああ、お茶!お茶!」


「何してるのアナタって人は……」



差し出されたまだ熱い茶を飲み干して、思わず隣の部屋の端にある椅子に1人ポツンと座り込む少女に視線を向けた。



「え、隠し子って事?」


「戸籍上はお爺様の娘って事になっているわ……私も悲報を聞いて飛んで来たら役所の人間とあの子が居て……こんなに近くに住んでたのに」


「そんなに私達の事嫌いだったのかしら……疎遠とまでは行かないにしても、もっと交流を持って居たらこんな事には……」



ハインツフォルク家は、名家としてこの国にそれなりに深く歴史を残していた。

私の兄弟で、1番上の兄と2番目の兄は国の騎士として、ひとつ上の姉は街の仕立て屋として。

親戚のアルベルトは商館の相談役として各ギルドとの橋渡し役を担っており、そのまた親戚は協会のそれなりの役職だ。

そんな中、下の下、産まれた時から彼等を追い越す気の無い私と言えば流浪の旅人として各国を回っていた。

真面目腐った人間共から産まれた異分子、親戚の叔父様達がそう言っているのを小さな時から知っている私だ。

思わず「お爺様素敵!」と鼻を明かした気分になった時「おい」とキッチンへと数人がやって来た。



「葬式に遅刻して来ただけでなく、そんなところでボーッとしているのはどこの誰だ?」


「やだなー叔父さん、この顔を見忘れた?」


「コリンダの娘はエリン1人じゃなかったか?」



こう言う言葉を親の前で平然とするくらいにデリカシーが無いから結婚出来ないんだよと、唾吐き付けてやりたい気待ちを飲み込んで「エルナだよ」とため息と共に名乗ってあげた。

しかしその後ろに居た叔父さんが「知らんな」と笑うもので、何度帰って来てもここには居場所が無いんだと理解してしまう。

母も、もちろん姉も……男に養われていると言う錯覚から強く出れないのはよく分かっているつもりだ。

私は外に出て、1度この場所から出ているからよく分かる。

腐っていると。



「で、なに?わざわざ喧嘩ふっかけて」


「そんな低俗な事を私がしていると?」


「どうでもいいから、なんなの?」


「チッ」



あっさりと交わすと、舌打ちと共に後ろを親指で指す。

そして、部屋中に聞こえるであろう声で「あのゴミを放って来い」と叫んだ。

私は思わず開いた口が塞がらなくて、声も出ず、あまりの対応に目を見開いた。



「じいさんの血が混ざっていると言う証拠も無い、何よりどこの女とも分からん奴から産まれた娘がこのハインツフォルク家に居る資格など無いだろう?」


「なっ……バカじゃないの、あんな子供に……!!

あの子にはなんの責任も無いでしょ」


「責任?誰が取るんだ、じいさんは死んだ!母親も居ない!

ならばどうする?あのゴミの処分は」


「最低だなアンタ!!人が人として生きている事を喜び支え、手を取り合うのがこのハインツフォルク家の家訓じゃ無かったの!?」


「嘘も方便……いや、身内にはもちろん手厚い監護を約束するさ、身内なら、な?」



その笑い方が嫌で、私は思わず女の子の方へと視線を向けた。

外を見るその視線はこちらに興味が無いからか、それとも聞こえていて無視を決め込んで居るのか。



気付けば私は叔父さんを突き飛ばして隣の部屋へと走っていた。



「貴様!!」


「エルナ!!」



母と叔父さんの、叫び声。

もう、私は本当に短気だ。



「……リズテイシア」


「……」



名を呼ぶと、ふと気付いた様に顔を上げた。

整ったその容姿は人形の様で、思わず可愛いと言いそうになって飲み込む。



「難しい事言うよ、この場所で使い捨て奴隷の様に扱われ自由を捨てるか……私と来て自分なりの幸せを見付けるか……どっちが良い」


「……」



じっと瞳を覗き込むと、綺麗な緋色をしていた。

白い髪とのその対比に思わず私が見蕩れてしまう。

ハッとしたのはわざとらしく鳴らされた足音のおかげだった。

私は指を鳴らして他人を拒否するシールドを周囲に張り巡らせる。

リビングの1部、私とリズテイシアの周りだけが静かになった。



「……お姉ちゃんは、ここが嫌い?」


「ここじゃなくて、あの人達がね。

私が最底辺のゴミクズだってさ……同じ血を持つ人間なんだけどね」


「……おじいちゃんは……私にここに居て欲しいかなあ」



そう言って窓の外を見る。

その視線の先には、小さな庭があった。

昔何度か愚痴りに来た時、低木ではあるがラズベリーの成る木があって、良く食べていた。

まだあったんだなとホッとしていると「でも、私もあの人達は嫌い」と言って立ち上がる。



「お姉ちゃん、私……お姉ちゃんと行く」


「そうしよう、おじいちゃんにお別れしてから行こうか」



小さなその手を取ると、ゆっくりと握り返してくれた。

母と姉さんが何か言っている。

叔父さん達も何かめちゃくちゃ叫んでいるが、声は届かない。



「みんな、何してるの?」


「さあ、聞くに絶えない事しか言ってないんじゃ無いかな」



お爺様の骨壷に向けて頭を下げ、私はもう一度指を鳴らして叫び続けて居た連中を振り向いた。



「リズテイシアは連れて行く、こんな場所に居たんじゃ奴隷扱いされて一生を棒に振る。

……この一族の女連中みたいにね」



そう言うと、女性陣の顔付きが曇った。

圧倒的なまでのヒエラルキー。

男尊女卑、夫の言う事、男の言う事に従わなければ立場が危うくなる。

貴族にありがちな事ではあるが、こんな忘れ去られたみっともない血が流れていると思うとゾッとする。



「私、実は今までの事……色々な場所と人とで記録を残してたんだ」


「は?」


「こう言うの最近の王政では遅れてるらしいよ?

知ってる?貴族制の見直し、立場云々の根底からの否定……現国王って話しの分かる人だったよ〜」


「き、貴様何を……」


「叔父さん達、私がお爺様のお葬式に遅刻したって言ってたよねぇ?

でもそれ勘違いだよ……私、ちゃんと居たもん、昨日から」



にっと笑うと、数人の顔色が真っ青に変わって行った。



「恥を知れ」


「貴様ァ!!」



私に向けられた筈のナイフは空を切る。

そして私はリズテイシアと共にその場から消え去ったのだった。

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