ニーベルンゲン子爵家の家族事情ー半年前ー
―あの子、魔力少ないんだってよ
―え、あのニーベルンゲン家なのに?
―どこかの捨て子を拾ってきたんじゃない?
―どうせ家じゃいらない子でしょ
小さな影たちが小声で喋る。しかしそれは私に聞かせているようなもので。あの時は下唇を噛んで悔しさを紛らわせるしかなかった。紛らわせることなんて出来なかったが。
―セティエ。
私の名前を呼ぶ声がする。先程までの声とは違い、私を包み込むような優しい声。それを聞くと顔を上げなくちゃと思えるようになる。だって私の自慢の姉なんだから―
―全員晒し首にしてくるから待っていてくださいね
「ちょっと待ったーーー!?」
物騒な言葉を聞いて飛び起きる。目覚めた場所は見覚えがある。城内の医務室の1つだ。どうやらそこのベットで寝かされていたらしい。そしてその横に置かれた椅子に座っているのは―
「起きたばかりなのにそんな声を張り上げてはいけませんよ、セティエ」
「…アディ姉様」
翠色の瞳と少し幼気だが綺麗に整った顔立ちで、濃紺の髪を肩に切り揃えた女性―ニーベルンゲン家三女アデレード・ニーベルンゲン、アディ姉様が微笑んでいた。
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アディ姉様は私の意識がなくなった後のことを教えてくれた。
私がなかなか来ないのに訝しんだ洗濯場の先輩が近くを通りかがった衛兵に私の捜索を依頼。最初は「働き始めだから迷子になったんだろう」と彼一人で探しはしたものの見つからず。なかなか見つからず誘拐の疑いが出てきたので彼の上司であるアディ姉様にこの事を報告(彼女は主に城の警備が任務の第三騎士団団長)。すぐに捜索班が編成され女性騎士が白百合の庭で倒れている私を見つけてくれたのこと。ちなみに最初の衛兵はアディ姉様に「なぜ私にすぐさま知らせなかったのですか?」と静かな口調で殴られ床に沈められたらしい。最後の情報は必要ですか?
そして私は丸1日眠っていたらしい。残念ながら病室には日付を確認するものがないのでアディ姉様を信じるしかないが私を騙す理由がないので本当のことだろう。それよりも聞いておきたいことがある。
「あの…洗濯物が入った籠はどうなりましたか?というより仕事…」
「籠の中身はそこまで散らかってなかったし、何より聖剣絡みだからそのことも仕事のことも気にしなくて大丈夫ですよ。それに最近休みを取っていなかったでしょう?侍女長から数日ほど休暇を頂けましたよ」
洗濯物の件はよかったが休暇の件は微妙である。長く休暇を取らないと実家に帰ってもゆっくりできないので働いていたのだけれど。
「そういえば夢でアディ姉様が「晒し首にしてくる」とか言ってましたけど、気のせいですよね?妙に現実味があるような気がしてならないんですが…」
姉様は可愛らしく首をこてんと傾げる。
「気のせいではないですよ」
「…はい?」
「私は実際に言いましたよ?「晒し首にしてくるから待っていてくださいね」と」
私は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「聖剣を盗み出した人については目下調査中です。まあ検討はついていますが証拠がなければ厄介な相手ですので手間取っています。
武器庫の衛兵は鍛錬が足りないと言うことで、騎士団で可愛がることになりました。ふふ、ティフ姉様とフレッドはもう向かわれましたよ。二人ともいい笑顔でした」
アディ姉様も恐らくそのいい笑顔である。
彼女の話の中で出てきたティフ姉様が次女のティファニー・ニーベルンゲン、フレッド兄様が四男のフレデリック・ニーベルンゲン。ここにいるアディ姉様と私、そして子爵領で領地運営しているアル兄様こと長男アルバート・ニーベルンゲンがニーベルンゲン子爵家の五人兄弟姉妹である。
フレッド兄様と5歳違いで生まれた私は上の4人に溺愛と言ってもいい程に可愛がってくれた。それは私が15になっても「お前はいつまでもかわいい妹だから」と言って変わらなかった。アル兄様が最近になってようやく妹離れしてきたけれど。このことはいろいろと周りが語り継いでいる伝説というものがあるのだが、それは別の話。とにかく私の兄姉は重度のシスコンなのである。
私は心の中で武器庫の衛兵の冥福を祈っていると
「ところでセティエ」
「は、はい、何でしょうアディ姉様」
「聖剣の声を聞きましたね?」
質問というより確認するように聞いてきたアディ姉様は真剣な表情で私を見つめていた。
「えっと、アディ姉様。私確かに聖剣の声を聞きましたけど、多分適合者ではないんです。ほらこうして倒れましたし。魔力がもともと少ない私はどうやっても姉様たちみたいには…」
「セティエ」
言い訳とも何とも言えないことを口籠っているとアディ姉様に遮られる。ああ、さようなら、侍女生活。どうやら私も軍属して訓練に参加しないといけないようです。
しみじみと感慨に耽っていると
「ごめんなさい」
「ア、アディ姉様?」
突然アディ姉様が頭を下げた。しかし謝罪される理由が分からない私は困惑するしかない。
「えっと、何故姉様が謝罪なさるんでしょう?」
「…そうね、あなたは覚えていない、いえ。忘れさせられたのですから仕方ありませんね」
「…はい?」