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33話 謎現象連発しすぎて、もはや慣れてきたかもしれない

 今俺の目の前には背中をこちらに向けて首をかしげているレイが立っている。

 ちなみに背中から下は湯煙が黙々と立ち込めていて、全く何も見えない。

 ほんとこの湯煙いい仕事するよね。


「どうするの」

「とりあえずそこにある風呂椅子を持ってきて座ってくれ。俺の手が届く範囲で」


 なんで俺はこんなノリノリで的確な指示をレイに出しているのだろうか。

 頭はパニック状態だというのに! 手が届く範囲って何!?

 もうやる気満々じゃん!


 別にジェスチャーで教えて、レイ自身にやってもらえばいいんじゃないの?


 あ、そっか。その手があった。


「レイ、別に持ってこなくていいや。適当に座ってくれ」

「届かなくていいの?」

「別に俺がやる必要ないと思ってな」


 いやあここで気づけてよかった。流れのままに何やらわけわかんない展開になるところだった。

 危ないところだった。


「やってくれるんじゃないの?」


 レイはそういうと首をきょとんと傾げたまま、風呂椅子を引き寄せて俺に背中を向けたまま座った。

 ……レイよ、素直なのはいいことなんだがもう少し俺の機転に感づいてだな。


 いやそれをレイに求めるのは酷なことか。元々俺がやろうかとか口走ったことが事の発端だし、これはもう仕方ないよな。


 ……仕方なくだからな! ああ仕方ないなあ!


「……とりあえずそこにある青い容器二個こっちにおいてくれるか」


 俺が指さしたシャンプーとトリートメントが入っている容器をレイは危なっかし気に持ち上げると、浴槽のふちに置く。


 いや、さすがに体を洗うのは難易度が高すぎるから、髪の毛だけに勘弁してほしい。

 いや別に髪の毛洗うのが難易度低いとかそういうわけでもないんだけど、どちらかというとそりゃ髪の毛だろう! 


 これはただのレイに教えるための作業。何もやましいことはない。仕方なくだしな。


 よし、まずはシャンプーからだな。

 しかしシャンプーを手に付けてから俺はある重大なことに気づく。


 ……あれ、俺レイに触ることできないんじゃないんだっけ?


 さっき湯船につかっているときもそうだったし、普段からもそうだがレイの体は透けてるから俺とぶつかるくらいの距離にいても、実際に体がふれることはない。


 すり抜けて貫通する。


 もちろんそれは髪の毛も例外ではないはずだ。実際これまで俺の手にレイの髪の毛が絡みつくなんてハプニングは起こったことがない。


 あれ、これってそもそも無理ゲーでは?


「はやく」


 レイはそんなことに気づいた様子もなく、せかすように声をかけてくる。

 え、レイって自分が透けてることに気づいてないとか? 


 いやいやさすがにそれはないだろ。

 ええい、ごちゃごちゃ考えてても仕方がない。ままよ!


 俺は意を決してシャンプーを泡立てるとレイの背中まで流れている長い髪の毛を掴む感覚で手を近づける。


 ……うわーなにこれ。


 実際には触れてる感覚もないし、手に重みが増えたわけでもないのになんかレイの髪の毛が俺の手の動きに合わせて浮いている。


 そのまま感覚的に手櫛の要領でレイの髪をといてみると、手についているシャンプーの量は減っていないのに、彼女の髪の毛にシャンプーの泡がついていた。


 まるで俺が触っているかのように、実際には触っている感覚はないのに、髪の毛が自動的に動いていた。


 ……もう何があってもたいていのことでは驚かないつもりだったけど、この謎現象はさすがにびっくりだ。


 俺が干渉していないはずのものがまるでそこに存在しているかのように勝手に動いている。

 こんなの見たことがないし、味わったこともない。


 俺はひたすら空気を握っているような感覚なのに、透けている髪の毛が俺の手の中にある。そんな変な感じ。

 とりあえず俺がレイの髪を洗ってやることはできそうだが、問題はここからだ。


 女の子の髪ってどうやって洗えばいいんだろうか。


 いや、俺女の子の髪の毛とか洗うどころか触ったこともそんなにないからね!?

 そんな俺に突然髪の毛を洗いなさいってそもそもの難易度がベリーハード、エキスパート級なんだよ、わかってる!?


 ……とりあえず、俺がいつも自分の頭洗う時にやっているようにやればいいのか?

 あんまり乱暴にするのもよくないよな。

 この長い部分はどうすればいいのかまったくわからないんですけど、とりあえずてっぺんから攻めるか。


 まるで俺は城攻めをするような気分で、いや、そんな戦国大名なことしたことないんだけど、気分的にはそんな感じ? 

 そうかー、戦国大名って城攻めするときこんな不安と期待に満ち溢れた感覚だったんだな!


 現実逃避を試みながら、それでもやっぱり顔が熱くなりながらも、俺はレイの頭に手を乗せる。

 そして手をわしゃわしゃと動かしレイの髪の毛を洗う。


 うん、イメージ的にはそんな感じ。実際にはひたすらに俺の指先がレイの頭の中に突っ込んでて、俺は手を空中で振っている感じ。結構疲れるね。


 でもやっぱり謎現象でレイの髪の毛はどんどんシャンプーの泡で覆われていき、ふとレイの顔に目を向けると、彼女はどこか気持ちよさげに目を細めている。

 おーなんか猫っぽい。


 しばらくそういうことをして、長い後ろ髪に関しては手櫛のようにして髪を梳く感じでやってみた。

 特にレイから文句は出なかったので間違っていなかったのだろうか?


 まあそもそもレイは風呂に入るという行為すら知らなかったわけだから、怒る余地がなかっただけかもしれんから、俺のこの洗い方があっていたのかどうかは全くわからん。


 しかしやってみると意外と楽しいもんだな。レイは気持ちよさげにしてるし感覚はないけど俺が触ったところがどんどん泡立ってきてるし。


 なんだかんだ徐々に慣れてきた俺はレイの前髪に手をかけて、ちょっと持ち上げてみる。


 すると突然レイがこちらに振り返り、真っ赤な顔で俺の方をにらみつけてきた。

 物凄い冷気を放ちながらフルフルと首を横に振っているレイに逆らえるはずもなく、俺はレイの前髪から手を離す。


 前髪により顔が半分くらい隠れたことで、レイは落ち着いたようで、再び俺に背中を向けておとなしくなった。


 え、もしかして顔を完全にみられるのは恥ずかしいとか? 全裸なのに?色々見ちゃってるっていうのに、顔を見られるのは恥ずかしいのか?

 まあレイの髪は細いしさらさらしてるからちらちらと顔は見えてるんだけど、前髪をあげられるのはどうやら相当嫌らしい。


 レイの恥ずかしがるポイントがいまいちわからん……。


 俺は頭をひねりながらも何とかレイの髪の毛をシャンプーまみれにすると、シャワーで洗い流した。

 この時もシャンプーは俺の手についている量のものしか流れていないはずなのに、レイの髪からシャンプーの泡がなくなっていくという不思議現象を目の当たりにした。


 その後のトリートメント、体洗いはレイ自身にやってもらった。


 いや、さすがにこれ以上は俺の心臓が持たないから。

 いくら感覚がないとはいえ、これ以上のことを俺に求めないでほしい。

 俺頑張ったと思うよ?いろいろと刺激が強すぎるから!ほんとに!


 まあ自分の体をあわあわの状態にしているときは結構レイも楽しそうにしていたし、結果オーライじゃないだろうか。


 結局いつまでもあわあわしているままボーっとしてたから、洗い流すのは俺がやったんだけど。

 さすがにシャワーを近づけるのは気が引けて、頭から一気にシャワーかけて泡を落としたけど、特に怒られなかった。


「終わりだな。楽しかったか?」

「ほくほくした」


 レイは満足そうにそう言うと立ち上がり、今度こそ風呂から出て行こうとしている。


 まあ風呂は楽しむっていうよりはそっちの方が醍醐味って感じはするよな。

 なんだかんだ気に入ったみたいでよかった。

 俺はいつ心臓が飛び出るかってくらいドキドキして生きた心地がしなかったけどな!


 がらがら……


 あ、今度は普通に扉開けるのね。ほんとにすり抜けるときと開けるときの違いを教えてほしい。


 ていうかレイのやつ出た瞬間にもうパーカー着てるんですけど!? 

 あ、もうフードかぶった。え、服濡れないの?大丈夫?


 心配になってよく見てみたが、レイの髪はもう乾いているのかさらさらとレイが進むたびに左右に揺れているのが見えた。


 ……なんか今日はいろいろと新しい謎現象を目撃したな。


 俺もそろそろしたらちゃんと出るか。 

 ほんとは今すぐ出たいところだけど、まだもう少し時間が必要そうだ。

 なんで?とは聞かないでほしいところだな。



 その後レイが出て行ってから俺もきっちり体を洗って、長風呂から出たわけだが、どういうわけか風呂場からレイの部屋に続く廊下は水浸しで、湯を抜くと浴槽の排水溝にびっしりと大量の長い髪がまとわりついていた。

 それなのにやっぱりレイの様子を見てみれば、やっぱり濡れてるような感じは一切なかった。


 え、もしかしてこれって俺が片付けるの……?

 あ、それとレイに俺が風呂入ってるときは入ってこないでっていうの忘れた。

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