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144話 それは無傷であっても無傷ではない

 瓦屋根の木造家屋が立ち並ぶ往来で忍者が大手を振って闊歩し、その向かいには外衣を羽織りその腰に刀を差した金髪の侍が着物姿の女性と横並びに歩いている。

 このまま両者がすれ違えば一触即発。しかし両者ともに歩みを遅くすることも、わき道にそれることもなくその距離はどんどん縮まっていく。

 そしてすれ違うや否や緊張感はピークまで高まり両者どちらともなく刃を相手に向ける。

 

 ……ことはなくやけに親し気に一言二言言葉をかけあうとそのまま両者ともに視界から消えた。

 

「おーい? 生きてますかー?」

 

「うお! なんだやるのか?」

 

 そちらが抜くのであればこちらも抜かねば無作法というもの。

 静かに腰に手を添える。

 

「やるのかってなんですか。それになんで腰に手を当ててるんですか。先輩刀なんて持ってないでしょ」

 

 ……おお、あまりの風景の変わりようと温度差にタイムスリップした気分だった。

 そもそも忍者がこんな往来を闊歩してたり、金髪の侍がいる時点で、それはもうタイムスリップじゃなくて、世界線どっかで変わってるでしょ。

 歴史の教科書全部書き直しだよ。

 

「もう雰囲気にのまれすぎですよ」

 

 目の前に立ち先ほどまで俺の顔の前で手を振っていた後輩は呆れたようにこちらを見つめ、その隣に佇むレイは何か琴線に触れる部分があったのか、俺の真似をするように腰に手を当てている。

 なぜか両手を腰に添えているから、はた目から見たら威張っているようにしか見えないんだけど。

 

 そもそもなんでこんな江戸時代の情緒あふれんばかりの場所にいるのかっていう話だけど。

 伏見稲荷で鳥居につられるまま最奥まで進んでいた俺たちですが……ええ、もちろん奥まで行きましたよ。

 

 あんなの運動不足の社会人が歩いていいところじゃないよ!

 普通に山登りじゃん! 確かに鳥居と朝日というマッチングした景色によってしんどさは軽減されていたかもしれないけど、それでもしんどいものはしんどいのよ!

 まあそんな山登りもとい参拝をしている最中に旅館の話を後輩にしていた。

 

 いや別に幽霊が云々とかっていう話はごまかしたというか、後輩が勝手に勘違いしてくれたけど、結果的にほとんど一般宅のようなところに二泊もするのは申し訳ないよねという話でまとまった。

 本当に後輩はたまに鋭い時があるけど、基本的にあほだからこういう時助かるよね。

 

 ただこのまま帰るのはもったいないよなって思ってたら「じゃあ映画村に行きましょう!」と後輩が言い出して、長時間の運動による酸欠と寝不足に襲われていた俺は、そのまま連れてこられるがままに映画村まで来ていたというわけだ。

 じゃあってなんだ、じゃあって。

 

「一つの建物がどーんってなってるのもいいですけど、こう芸術的な建物がずらーってなってるのもまたいいですよね。イケメン選び放題、どれだけ浮気しても怒られない! 選り取り見取り! って感じで。分かります?」

 

 分からないよ。

 後輩基準のイケメンを見すぎたせいなのか語彙力もなくなってるし、後半は常人には理解できないことを言ってるし、そんなこと一般人である俺が理解できるはずもない。

 

「そこの者ども待たれよ!」

 

 そんな後輩のよくわからない話を右から左に聞き流しながら歩いていると、背後から声をかけられ突然すぐ真横を黒い物体が複数通過し、直後土埃で先が見えなくなってしまった。

 こうなったら足を止めるしかない。

 

「あれ……?」

 

 大体何が始まるのか予想できるからそれはいいとして、ふと横を見ているとさっきまでいたはずのレイの姿がどこにも見えなかった。

 どこかで置いてきたっけ。

 いやでもついさっきまで俺の周りを忍者走りしながらついてきてたはずだけど……。

 

 そんなことを考えていると目の前の土埃が晴れると、予想した通り4、5人の忍者が俺たちから背を向けて立っていた。

 そして10人ほどの侍が忍者たちに立ち向かう形で立っていた。

 

 まあそれは予想出来ていたことだしやっぱりって感じで驚きはなかった。

 いやこの人数いったいいつからスタンバイしていてどこから出てきたんだとか、さっき忍者と観光者らしき侍がすれ違った時は、和やかに会話してたじゃんとか言いたいことはいっぱいあるけど。

 

 それよりも今一番問題なのはそんな一触即発のショータイムが始まるっていうそのど真ん中になぜかレイがいるということだった。

 巻き込まれたのか自らそこに行ったのか……いや巻き込まれることはないから自分からそこに行ったんだろうけど、完全に侍と忍者に板挟みされてその迫力に気圧されてか周囲を見渡し困惑している。

 

「レイ!」

 

「まだ我らの悲願の邪魔をするか!」

 

「我らは何度だってお前たちの前に立ちはだかろうぞ!」

 

 呼びかけようにも大声は出せないし、そもそも俺の声なんて侍と忍者のどすのきいた声にかき消されてしまうだけだ。

 さりげなくレイに向かって手を振ってみたりもするが、よっぽど混乱しているのか俺のことを見失ってしまっていて、全く目が合わない。

 

「いざ尋常に!」

 

「お覚悟!」

 

 レイとコミュニケーションが取れないままショーは進んでいき、いよいよ乱闘が始まる。

 侍は走り出し忍者はその手に手裏剣を持ち投げようと構える。

 

 レイは完全に勢いにおじけづいたのかその場でしゃがみ込んでしまい、動けそうにない。

 このまま侍が忍者に突っ込んでレイの方に走ったとしても、彼らの足はレイをすり抜けるのだろう。

 

 例えばこのまま忍者が侍の足に向かって手裏剣を投げて、そこにレイがいたとしてもその手裏剣はレイには当たらないんだろう。

 そんなことは分かっている。

 だからこのままショーが終わるまで待っていても何も影響はない……。


「ちょっと先輩!?」

 

 目の前で好きな女の子がおびえている。

 彼女が現実の何かに影響を及ぼすことは少ない。彼女自身に被害が及ぶことは皆無だ。

 

 それでも大きな足や鋭利な手裏剣が目の前に迫ってきたら、それは怖い。

 俺は目の前に立ちはだかる忍者たちをかき分けて無理やりショーに乱入した。

 

「危ない!!」

 

 忍者の人に大声で注意されるがレイの元にたどり着くと彼女をかばうように自分の背で隠す。

 

「……さとる?」

 

「大丈夫か?」

 

 突然の乱入者に先ほどまで勢い勇んで迫ってきていた双方の足と手が止まる。

 完全にショーを中断させてしまった形だ。

 

「……あ、争い程無益なものはござらぬ! 我は未来からそれを見てきた! だ、だからこの戦いを止めに来た!」

 

 この場を何とかしなければという一心で絞り出した言葉はそんな意味の分からないものだった。

 もちろんその後のショーは一時中止となった。


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