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139話 ラッキースケベは突然に

「まじか……」


 古民家の裏庭へと続く扉を開くとそこには立派な露天風呂がありました。

 こんなことを何も知らない人に言って誰が信じるだろうか。


 いやまあ実際にはちゃんと脱衣所があったんだけどさ。

 さすがに男女まで分けるほどの広さはないようで、小さなスペースで服を脱ぎそして今扉を開けたばかりだ。


 当然後輩がいなくなっていることはちゃんと脱衣所で衣類の類がないことを確認している。


 後輩とのラッキースケベなんてなんもうれしくないからね。

 だって見た目はよくても中身があれだから……。


「さむっ」


 あまりの衝撃に思考がどうでもいい方にいっていたが、時折体にたたきつけてくる風が冷たくて現実に引き戻される。


 そりゃ真冬に素っ裸で外に立っていたら、いくら風呂の湯気が立ち込めているとはいえ寒いに決まっている。


 とっとと湯船につかるに限るな。

 一拍1000円とはいえ旅館なんだし露天風呂くらいあって当然だろう。

 すでに1000円以上のおもてなしはされているような気がしてるけど。


 ほんとあのおかみさん、ホームページに記載するときに一桁料金を間違えたんじゃないかな。


「あー生き返るー」


 思わず声が出てしまうほどに湯船につかった瞬間全身に温かさが染み渡る。


 露天風呂ってずるいよね。

 何の効能がないとしても外にあるだけで外気温にさらされた後の身体に染み渡る温かい湯なんて、極上でしかないんだから。

 まったく罪な存在だよ露天風呂ってやつはさ。


「あーーーー」


 疲れのピークが出たのはタクシーの中だと思っていたけどどうやら勘違いだったようだ。

 湯船につかっていると全身から疲れという疲れの気がどんどん抜けていくような錯覚に陥る。


 というか腰にも足にも力が入らない。このままだとおぼれてしまう。

 ここについてもう動かなくていいっていう安心感から疲れを自然に忘れてただけなのかもなあ。


 間違いなく今が一番疲れを感じており、同時に解消していると断言できる。


「ばーん」

「ぶわっつぷおうぷぷぷ!!」


 完全に寝落ち半分で快楽という名の湯船に溺れかけていたけど、急に裏庭の扉が勢いよく開かれ、聞き間違いようのないレイの声が耳に飛び込んできた。


 焦るあまりに湯を大量に摂取してしまうわ、態勢を戻そうとして足を滑らせて余計に溺れそうになるわで一瞬三途の川見えたぞ。


 そんな方法で俺を死の世界に引き込もうなんてレイもなかなかにやりおる。


「行きます」


 やっと湯船から顔を出し落ち着きを取り戻してレイの声がした方に顔を向けると、彼女はなぜか服を着たまま湯船の縁に立ち片手を高く振り上げていた。


 その表情はどことなく真剣だが、俺には彼女が今から何をするのか直感的に分かってしまった。


 そして止める間もなく想像した通りレイは手を挙げたままジャンプをして湯船の中に飛び込む。

 もちろん水しぶきが立つわけもなく湯面すら揺れずにレイは湯船の中に姿を消した。


「レイ!?」


 少し待ってみるがレイが姿を現す様子はない。

 まさかレイの身に何か起きるなんてことはないとは思うが、彼女自身にも周りの環境にも何も変化がないとさすがに心配になる。


「ばあ」


 そろそろ潜ってでも確認しようかと思っていた矢先、レイが万歳した状態で湯船から勢いよく現れる。


 しかも飛び出てきたのは飛び込んだところではなく、俺の目の前。


 いたずらが成功したかのような満面の笑みを浮かべながら出てきた彼女は、なぜか今は全裸になっている状態だった。


「レイ……」


 声をかけると手を下ろした状態のレイがこてんと首をかしげながらこちらを見つめてくる。


 レイは今俺の目の前で全裸で立っているが当然のように湯けむりが邪魔して全身はよく見えなくなっている。


 今日も湯けむりはいい仕事をしてくれるぜ。

 ……そうじゃなくて。レイには一言言っておかないといけない。


「温泉に飛び込んだら危ないでしょ」

「……? びっくりした?」


 いやもはやびっくりよりも安心の方が大きいけどさ。


 レイはひとしきりやりたいことやって満足したのか俺の隣に座るとそのままくつろぐように大きく伸びをしている。

 というかさっきは遊ぶって言ってたのに結局温泉はいりに来たのね。


「入りたくなった」


 レイはこういうところ本当に自由だよな。欲望に忠実というかなんというか。


「結果は?」

「まんぞく」


 むふーという鼻息とともににへらと笑ったその例の表情は完全にだらけている。

 彼女も疲れてたんだろうな。

 まあ俺もレイと温泉に入れて満足だよ。


「ふんふんふーん」


 露天風呂の空間に癒しの雰囲気が流れていたのに、突如耳に入ってきた絶妙に音を外していそうな鼻歌に全身が硬直する。


 レイはそんなこと全く気にせずにくつろいでるみたいだけど。

 いやいや今はレイのことより今聞こえてきた声の方が問題だろ。


 どうして? 奴がいなくなっていることは間違いなく脱衣所で確認していた。

 こういうことがないように万全の確認は行ったはずだ。抜けは何もなかったはず。


「ふんふーんふん!」


 何やら気合の入った鼻歌はすぐそこまで近づいてきている。

 まあ今更焦ったところで逃げようがないんだが、とりあえず俺はすわり位置をレイの前に移動する。


「おじゃましまー……え?」


 え? って言いたいのはこっちだよ。

 目の前には全裸の後輩が仁王立ちでこちらを見つめ立っていた。


 こういう時の湯けむりさんは仕事をしてくれないらしい。

 ばっちりと後輩の全身が目に入る。


 それと同時に彼女の眼を見開いた表情も確認できる。 

 俺も同じ顔してそうだけど……。


「ななななんでいるんですかあ!!」


 それもこっちのセリフだよ。

 ああ、もうめちゃくちゃだよ……。


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