131話 うちの後輩はもう少し恥じらいと周りの視線というものを感じた方がいいと思うんだ。
「おー、さむっ」
「おー」
参道を歩いてるときも寒いなあとは思っていたけど、清水の舞台に立つと余計に寒く感じるな。
人が多くて観光どころじゃないかなと思っていたけど、舞台の上は意外にもひとがまばらで好きな場所で見ることができた。
だからこうしてレイと一緒に舞台の端っこまで来て見てるわけだけど、結構寒い。
それに思っていた以上に高さがあって怖い。
後輩?
あの変態はいつまでたっても写真を撮っているので、そこら辺に放置してきた。
いっそのことこのまま放置してここに置いて帰った方が会社や俺のためにも鳴るんじゃなかろうか。
後輩も嫌がらないだろうし。
そういうわけでもはや顔面崩壊レベルでにやけ面を晒しながらカメラを構えていた後輩は放っておいた。
「おー」
レイも調子が戻ってきたのか、俺の隣で柵に体重をかけて景色を眺めている。
体重をかけすぎて地面から足離れちゃってるけど。
これ以上前のめりになると、真下に落ちそうなくらいだ。
「危ないぞ」
俺はレイに触ることができないため、口を隠しながらレイにだけ聞こえる音量で注意する。
まあ目キラキラさせて楽しそうだからいいんだけど。
それに幽霊だからもしかしたら、落ちても体的には大丈夫なのかもしれないけど。
たとえ大丈夫だったとしても俺の精神衛生上大ダメージを食らいそうなのでよろしくない。
まあそんなことを考えながらもレイの気持ちもわからなくもない。
見晴らしもよく風もとおっている。
夏とかに来れば涼しくていいのかもしれない。
今は吹き抜ける風が冷たすぎて、ただでさえ寒いのに余計に寒く感じる。
「それにしても清水の舞台から飛び降りるとはよく言ったもんだな……」
少しだけ柵から顔を出して下を見てみるが、相当に高いような気がする。
確かにここから飛び降りることを考えたら並大抵の覚悟や決意では足りないだろう。
というか普通に死にそう。
「昔の人は結構実際に飛び降りたりしてたらしいですよ」
先ほどまで変態的様子を周りに惜しげもなく晒していた変態が、何食わぬ顔でいつの間にか隣に立っていた。
「命知らずというかなんというか……」
そちらが何も言わないのであれば俺も別に突っ込むこともせずに、会話にのってあげますけども。
すました顔してるけどよだれの跡がついてるからね? 突っ込まないけど。
「そうでもなかったみたいですよ。意外と生存率高かったらしいですし」
へー。昔の人の方が身体的にはたくましかったのかもしれないな。
まあいくら体が頑丈でも俺はここから飛び降りようなんて思わないけど。
「ここから飛び降りて生きていたら願いが叶うとか言われてたらしいですけど、そこまでしたいほどの願いって何なんでしょうね」
死んでもいいから万一にかけてでも叶えたい願いって言うのがある人にはあるんだろう。
俺には……まあもしここから飛び降りて生きていられたらレイに触れるようになりますっていう話なら、一考の余地があるかもしれない。
それはもはや失敗して死んでいる可能性の方が高いけど。
「私がもしここから飛び降りて生きていたとしても、その生きるために使った運をどこか別の場所で使えばよかったって後悔する気がします」
そういう考え方もあるんだな。
レイの方にも顔を向けるが、俺と後輩の会話には興味がないらしくほとんど柵と平行になるくらいにまで、身体を持ち上げて真下を見つめている。
変なところで度胸があるというか、こういうことでは怖いと思わないのかもしれない。
俺としてはひやひやして仕方ないから今すぐやめてほしいけど。
「先輩、滝飲みに行きませんか?」
また後輩が意味わからんことを言い出した。
滝飲むって何よ。俺そんな滝をがぶ飲みするほど巨大な胃袋は持ってないんですけど。
「何を想像しているのか分からないですけど、私を変人みたいな目で見るのやめてもらいます?」
いやそんな俺が悪いみたいな目で見つめられても、突然滝飲みを「一件行きます?」 みたいなノリで誘ってくる後輩は間違いなく変人だと思うけど。
というかそれがなくてもあなたは「変人みたいな」ではなく紛れもない変人ですから。
そろそろ自覚したらどうですかね。
「音羽の滝っていう有名な滝があるんですよ! それを飲める場所があるからそこに行きましょうって話です」
ああ、そういうことね。観光地として有名な場所があるのね。
てっきり道なき道を進んだ山奥までいって、滝に打たれながらがぶ飲みするのかと思った。
そういうことなら確かに気になるかもしれない。滝を飲むなんて普段なら絶対しないことだしな。
「行くぞー」
レイに声をかけると、十分に景色を満喫していたのか意外にもすんなりと柵から離れて、俺の傍へと近寄ってきてくれた。
「先輩? 誰と話してるんですか?」
「!? ……ほら、滝飲みに行くぞー」
「ちょっと先輩!? 急に背中押さないでください!」
押すな押すなは押してくれってな。
俺はごまかすように後輩の背中を思いっきり押し、さっきのことをうやむやにしようとする。
そんな俺と後輩のやり取りを見たレイは俺たちが遊んでると思ったのか、俺の真似をするかのように背中を押すしぐさを見せてきた。
成り行きとはいえどうして京都についてから俺たちは連結して移動したがるんだろうか。