121話 幽霊が出迎えてくれるのが、家の平穏な日常です。
妹の突撃訪問以降我が家には久しぶりに平穏な日々が訪れていた。
最近後輩が襲来してきたり、妹が来たりと何かと忙しなかったからなあ。
確かに家に誰か来ないかなとか淡い期待を抱いていた時期もあったけど、最近の奴はなんか思っていたのと違う感じだったし。
もっとこう甘酸っぱい大人になっての青春。みたいなのを想像してたのに、実際に起こったことといえば非常識と非常識のカオスな空間が完成しただけで甘酸っぱいも何もなかった。
仕事も最近は落ち着いてるし、やっと日常が返ってきたって感じがする。
そんなことを考えてしまう仕事帰りである。
「ふーただいまー」
大げさにため息をつきながら家に入ると、冬の到来を感じさせる冷たい空気が全身に降りかかる。
……いやこれ冬になり始めたからってだけで起こっていい冷たさじゃないよね。
顔をあげるとやはり目の前にはボーっと突っ立っているレイの姿があった。
しかもなぜか髪の毛で顔全体を隠して暗い雰囲気をまとっている。
「びっくりした。何事?」
玄関前に立ってるなら声かけてくれてもいいのに。
どうして無言で突っ立ってるの?
あれ、おれただいまっていったっけ? 確か言ったような気がするけど。
いやでもいつもだったらレイは必ずおかえりって返してくれるし。
もしかしていってないのかもしれない。
「えっと……ただいま」
「…………」
頑張ったのに無視された!! ちょっと家から出て行ってもいいですか?
頭冷やしてくるのでちょっと待っててもらっていいですか!?
いまだにただいまっていうのちょっと恥ずかしいんだからね?
俺のそんな意図を汲んでくれると嬉しかったんだけどな!
「……精神統一中」
「……なるほど」
全くわからんけどとりあえず頷いておこう。
精神統一とか言いながらいつも以上に冷気垂れ流してますけど。
感情ブレブレだけどそれ本当に精神の統一できてるの?
とりあえずそんなよくわからない行動をとるレイの隣をすり抜けてリビングへと向かう。
冷気が消えない限り後ろからついてきてるんだろうな。
振り返るとやっぱり髪の毛をだらーんと前に垂らしたままとぼとぼと俺の後ろをついてきていた。
まあこういうのも今に始まったことじゃないしな。
なんか妹が帰った後あたりから、レイはこうしてよくわからない行動をとりながら無言になることが増えていた。
さすがに玄関前でやってることは初めてだったからびっくりしたけど。
何か考えていることでもあるのか、はたまたただ単純な気まぐれなのか、俺には止める権利もどうするつもりもないので、そのまま放置している。
俺はそのまま自室へと向かう。
当然のようにレイも部屋へと入ってくる。
ベッドの上で座ってどうするのかなあと観察していると、彼女は少しの間部屋の中をぐるぐると回りはじめた。
精神統一って禅的な何かをイメージしてやってるのかと思ってたんだけど、違うのか?
それだけ動き回ってたら逆に精神乱れそうだけど。
目とか回らないの? 大丈夫?
そんな感じで眺めていると、何を思ったのかレイはそのままテレビの裏に消えるように入り込んでいった。
そしてそのままなんの動きも反応もなくなったため、観察をやめる。
こうして観察してるけど結局何がしたいのかわからないしなあ。
スマホでもいじってようかな。飽きたら出てくるでしょ。
そんなことを考えながらテレビに背を向けてスマホをいじること数分。
「ばあ」
突然レイの顔が横に飛び出してきた。
そちらに目を向けるとなぜか満面な笑みで何かを期待するような目をこちらに向けていた。
「埃とか溜まってなかった?」
「……あれ?」
テレビ裏とかあんまり掃除とかできないもんなあ。
レイの様子を見る限り埃とか被ってるわけではなさそうだけど。
そう思い声をかけたのだが、何が不服だったのか彼女は首をかしげながら俺をじっと見つめていた。
「テレビから出てきたら驚くんじゃないの?」
……あーこれはあれだな。たまたま見てたテレビかなんかのドラマに影響されているパターンか。
確かにテレビから誰か出てきたらびっくりするよ?
それが知らない人だったりおぞましいものだったりしたらの話だけど。
だってテレビから出てきたのレイじゃん。
知ってる人だしおぞましいどころか可愛らしいからむしろこっちから出迎えに行くわ。
何、レイは俺のことを驚かしたかったのか?
なんかレイに驚かされなきゃいけないようなことなんかしたっけ?
記憶にないな。
「むむむ、おかしい」
確かにレイが出てきた方に目を向けると彼女はテレビから上半身を出している。
でもそれテレビの裏で頑張って足伸ばして俺の方まで顔出してきてるってことでしょ?
いくらレイが幽霊だからって宙に浮けるわけじゃないし。
その光景を思い浮かべると微笑ましくすらあるよね。
「出直してくる!」
レイはそう言い捨てると、まるでどこぞのモブキャラのようにたったったっと音を出しながら自分の部屋へと戻っていった。
結局何がしたかったんだろう?