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120話 雨降って地固まるのは聞いたことあるけど、海水かぶってノックダウンは聞いたことない。

「……とる。さとる」


 声がする。耳元がやけにくすぐったい。


「んー……もうちょっと」


 感覚的にはさっき寝たばっかりだ。

 朝までにはまだまだ時間があるだろう。 


 誰かが俺の名前を呼んでいる気がするが、今は眠気の方が勝っている。

 俺は再び心地よいまどろみに身を任せて夢の中へと……。


「さとる!」


 右耳から顔にかけて吹きかけられるとてつもない冷気。

 生命的本能から俺の脳は途端に覚醒して目を見開く。


 目の前には長い髪をだらりと俺の顔に向かって垂れ流し、うつろな瞳でこちらを見つめながら頬を膨らませている少女の姿があった。


 普通に生命の危機を感じるからこういう起こし方は勘弁してほしいんだけど。

 窓の方に目を向けるとやっぱり日の明るさは感じないから、まだ寝てそんなに時間もたってないんだろう。

 頭も重いし。


「見て!」


 しかしそんな悪健康な俺の状況など知る由もないうちの幽霊、俺の命の灯を脅かしたレイさんはくるくると回りながら俺から離れながら、ベッドの横でバン! と音が出そうなくらいすがすがしい顔で両手を広げた。


 なんというか、今日のレイはすごいもこもこしていた。

 いつの間にそんなパジャマを買ったのか。いや十中八九妹と一緒に買ったんだろうけど。


 なんというか眠るだけで起きた時にはベッド周りが糸くずだらけになってそうな……そんないい方したら可愛さも何もなくなりそうだけど、ともかくもこもこしてるパジャマを着ていた。


 しかもここからが重要かつ重大なことなんだけど、そのパジャマにはフードがついていた。

 もちろんフード付きでレイが被らないわけがない。


 ここまでは別にいつも通りでなんらおかしいことはない。

 ただもこもこしているだけだし。


 ただそのフードには耳がついていたのである。 

 猫耳のような少し小さめで遠慮するようにちょこんとつけられた耳。

 耳までもこもこしている。 


 そしてなぜか、その耳はぴょこぴょこと小刻みに動いていた。


 レイも動いていてそれに連動するように動いているならまだ理屈はわかるよ。

 でもレイは両手を広げて俺の感想を待ってるんですよ。

 つまりそこから全く動いていないわけなんですよ。


 でも彼女の頭にあるフードについてある耳はずっと動いてるんですよ。まるで元から彼女の体の一部であったかのように。

 あざとい。だがそれがいい。


 原理はわからんけど、服を一瞬で着替えられる時点で超次元的な何かなのだから、耳が動くくらいどうってことはない。


 だって可愛いんだからなんでもいいでしょ!!


 寝起きで頭回ってないからそこまで気にならないっていうのもあるけど。


「……どう?」


 しびれを切らしたのかレイがフードの奥からつぶらな瞳をのぞかせて、不安げに首をかしげている。


 ここはクールかつ素直な感想を言ってあげないとな。

 下手にオブラートに包んで言うとレイの場合、それを素直に受け取って俺が死にかねない。


「か、かか、かわいいです」


 めちゃくちゃどもってしまった。


 俺のそんな情けない返事でも満足したのかレイは飛び跳ねながら自分の部屋へと戻っていった。

 飛び跳ねてるときも耳はあらゆる場所にぴょこぴょこと動き回っていた。


 結局あのパジャマ姿を見せたかっただけなのか?

 突然のレイのイメチェンにすっかり目はさえてしまって今から寝ようにも寝れそうにもない。

 というか起きてわざわざあのパジャマに着替えたってことなんだろうか。


 俺に見せるために?

 何それ可愛すぎるでしょ。


 ちょっと前まで避けられていたのが噓のようなレイの振る舞いがかわいくて仕方がない。

 だからちょっとどもっちゃうくらいしょうがないよね!


 そんなことを考えながらもそもそと布団の中に潜ろうとしていると、再び扉が開かれる音がする。

 どうやらまだ終わりではなかったらしい。


 次は一体何が来るのか。

 覚悟を決めるように俺はベッドの上で正座をしてレイが現れるのを待つ。


 そして飛び出すように俺の前に現れたレイを見た瞬間、俺はノックダウンされた。

 文字通りベッドの上で俺はなぜか寝転がっている。


「ぐはっ」


 吐血してないよね? 鼻血も出てないよね?

 うん大丈夫。体は正常のようだ。


 服装自体は王道的なショートパンツにタイツ、そしてグレーのロングカーディガン。

 ロングカーディガンがちょっと長くて燃え袖気味になっているとことかタイツ姿が新鮮すぎる時点で、破壊力は抜群だ。


 それなのに極めつけのハーフアップ。これはだめだ。

 まさか髪型まで変えてくるなんて想像もしていなかった。

 そんなことされたら俺が耐えられるはずがない。


「さとる?」


 心配そうな声が耳に入る。

 その瞬間飛び起きてレイの方へと顔を向けた。


「違う違う。今のは可愛さの圧に負けた結果というか、幸せの過剰摂取で幸福死したというか!」


 あれ、これ言い訳になってる?

 そう思ったけどレイは特に何も言わずに首だけかしげてまた部屋に戻っていった。


 そのあともレイのファッションショーは続いた。

 ゴスロリにクール系女子(眼鏡付き)、極めつけにはメイド服に制服ともはやなんでもありだった。


 そのたびに髪型も変わってたからもしかしたら妹と試着した時の髪型を再現しているのだろうか?

 服の着脱が一瞬でできるんだからそれくらいできても何も不思議ではない。

 むしろレイの超常現象の中では普通なくらいだ。


 というかあの制服妹が着ていたやつっぽいけど、なんで家に持ってきてたわけ?

 パニックになりすぎて、思い出に浸りたくて、思わず持ってきたとか?

 どういう心理状況だよ。


 ともかくあらゆる可愛いを俺に見せつけてきたレイは今は最初に見せたもこもこパジャマ姿に戻っている。


 髪も下ろしてフードもかぶりいつものレイである。

 ベッドの上で横になり撃沈している俺の横で足をブランブランさせながらベッドの上に座るレイ。

 その様子は漂う冷気や表情からも上機嫌であることが見て取れる。


「なあレイ?」


「なあに?」


「どうして俺を避けてたんだ?」


「避けてた……?」


 ボーっとする頭の中で思わずほとんど考えなしに口に出してしまった。

 一瞬後悔するが気になってたのは事実だし、レイも特に機嫌を損ねることもなくんー?といいながら首をひねっている。


 もしかして心当たりないの?

 レイの様子を見てそんなことを考えたが、一瞬はっとしたような顔をして彼女はこちらをじっと見つめてきた。


 な、なんだろう。

 やっぱり俺が知らない間にレイに対して何かやらかしていたのだろうか。


「んー……内緒?」


 首をかしげてなぜか頬を赤く染めはにかみながらそう言うレイの姿はどこかいつもより大人びて見えて、一層可愛く見えてしまった。


 ……結局内緒なんだね!!


 何の答えももらえなかった俺はそのあとすぐに俺の腹の上に頭を乗せてすやすやと眠り始めた彼女をしり目に、朝まで悶々と悩む羽目になってしまった。


 出た結論は

「まあ元通りになってるしいっか」

 という投げやりなものだった。


 しょうがないよね。ほとんど徹夜で頭回らないし。


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