117話 とある妹と幽霊の話
レイちゃんと仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
その点に関してお兄ちゃんは終始不満そうにしてたけど、そこは男女の違いじゃないかな。
それかコミュニケーション能力の違いじゃない?
レイちゃんはお世辞にも話し上手とは言えないし、そんなレイちゃんとコミュニケーションを破壊するお兄ちゃんがすんなり仲良くなるなんて、あんまり想像がつかない。
今あんなに仲良くなってるのだって奇跡だと思うし。
最初にレイちゃんの部屋で話した時だって、ほとんど私が一方的に話しかけてただけだし。
それでもちょっとずつ警戒を解いてくれて、ぽつぽつと話をしてくれるようになって。
といってもレイちゃん自身の話はほとんどなくて、お兄ちゃんとの話ばっかりだったけど。
レイちゃん自身、自分のことをあまり覚えてない様子だった。
幽霊ってみんなそうなんだろうか。今まで幽霊とじっくり話す機会なんてあるわけもなかったから、わかんないけど。
四六時中幽霊と話す機会があったら、それはもう声優なんて目指さずに霊媒師とかにでもなってたかもしれないしね。
まあレイちゃんからお兄ちゃんの話を聞いている時も相変わらずだなって思った。
そんなところがレイちゃんが惹かれた部分でもあったんだろうけど。
自分の家に住み着いた幽霊のために、服を買ってあげるって普通意味わかんないからね。
理解ある家族じゃなかったら速攻病院に連れて行ってるところだよ。
ほんと理解のある家族であることをお兄ちゃんには生涯かけて感謝してほしい。
二人でショッピングに行くころにはレイちゃんともだいぶ仲良くなっていて、いっぱい話をしてくれるようになっていた。
まあそれも最初に比べたらっていう意味で、会話の数自体は少なかったと思うんだけど。
ショッピングに行ってても楽しそうにお兄ちゃんの話をするレイちゃんを見て、ちょっと意地悪な質問をしてしまった。
「レイちゃんはさ。さと兄のこと好きなの?」
「うん、好き」
思ったより即答で恥ずかしがる様子もなく、アイスを食べながら答えるレイちゃんにはちょっとびっくりしたなあ。
アイスに気を取られすぎたのかもしれないけど。
もっと深くまで突っ込みたくなってしまった私は、そこで余計な質問を続けてしまった。
「レイちゃんの言ってる好きってどういう好きなのかな?」
レイちゃんは私の言っている意味が分からなかったんだと思う。
首をかしげて考えるそぶりを見せながらも、ずっとアイスを食べていた。
本当にレイちゃんってアイスが好きだよね。
お兄ちゃんにもっとしっかりしたもの食べさせなさいっていうの忘れてたなあ。
「好きは……好き?」
「うーん、なんていうんだろうなあ。私もね、さと兄のことは好きだよ? 本人には口が裂けても言わないけど。変なところが多い……というか変なところしかないけど、安心感があるし、本人に自覚はなくても色々と助けてもらってるわけだし。でもいくら好きだとしても、さと兄とずっと一緒にいたいとか、密着したいとかは思わないんだよね」
「一緒にいたい……密着……」
「そう。レイちゃんはさと兄とどうなりたいのかな?」
今思えば余計な横やりをしたなあって思う。
単なる好奇心だけで人の関係に口出すなんて絶対しない方がいいのに。
レイちゃんはアイスを食べながらも必死に考えている様子だった。
冷たい空気が対面にいる私にまで伝わってきたからね。
本当にレイちゃんって物理的に感情の変化が分かりやすい。
だからこそお兄ちゃんも気兼ねなくレイちゃんに接することができるのかもしれない。
「さとるとずっと一緒にいたい……。ずっとくっついてたい」
ぽつりとつぶやくように吐き出したレイちゃんのお兄ちゃんに対する想い。
レイちゃんはその時に初めて自分が抱いている感情を理解したのかもしれない。
もしかしたら私が捻じ曲げてしまったのかもしれないとも思ったけど、多分そうじゃなくてレイちゃんがずっとお兄ちゃんに抱いている想いを、自覚できていなかったことを自覚するようになっただけ。
「レイちゃんは本当にお兄ちゃんのことが大好きなんだね」
「うん、だいす」
そこまで口にしてレイちゃんは唐突に口を閉じた。というよりも続く言葉が無理やり止まってしまっているように思えた。
急に猛烈な冷気が私の全身に襲い掛かってきた。
あの時の寒気は正直怖くもあったし、一生忘れないくらいの衝撃があった。
でもその時のレイちゃんの顔は冷たい空気と真反対に真っ赤な顔をしていた。
そんな顔を隠すようにしてうつむいてはいたけど、私にははっきり見えていた。
だからレイちゃんはその時初めて自分が抱いている愛情が、私がお兄ちゃんに対して持っている『家族愛』ではなく、別の感情だということに気づいたんだと確信した。
『好き』という言葉は不思議な力を持っている。
相手のことを好きになればなるほど簡単に言葉にして伝えられなくなってしまう。
その言葉はある種の呪われた言葉のようで、伝えると暖かくなれる祝福の言葉でもある。
大好きなアイスに手を付けずにそれが溶けていく様子を眺めているようにも見えるレイちゃんの姿を見て、私は素直に幸せになってほしいと思ったんだ。