113話 いつも戦いとは急に訪れるもの。大体勝利しても得るものは少ない。
今俺は全身がびしょぬれになっている。さっきまでは砂の熱さにやられていたというのに。
温度差激しすぎて本当に風邪をひいてしまうかもしれない。
どうしてこんなことになってるかというと、理由は明白で妹が手に持っているバケツの中にはもともと海水が入っていて、それを俺にぶっかけたから結果として俺はびしょぬれになってしまったんだろう。
……うん、頭では理解できてるけど怒っている状況はさっぱりわからない。
どうして突然妹がそんな奇行に及んだのか、さっきまで罵倒していた海となぜ結託をしていたのか。
聞きたいことは山ほどあったが、その前にまず一つだけ確認したいことがあった。
「そのバケツはどこから持ってきた?」
「気にするとこそこ?」
いやいや大事だろ。
もちろん自前でバケツを用意しているわけがない。
特に何の目的もなく来たのだから、何かを用意してるわけでもない。
それなのに突然バケツを持って現れたら、どこかの釣り人から盗んできたのかと思っちゃうでしょうが。
だからこれは非常に大事なことなのだ。
「はあ、さと兄ってホント怒んないよね。殴られるかと思ったのに」
いや別に怒ってないわけじゃないけど。
というか怒る以前に突然の状況展開に頭がパニックになってるんだから、そんな感情も湧き出てこないよね。
まず何でこんなことになってるか説明してほしいもん。
なに、俺に怒ってほしかったの?
それなら別にこんなことしなくても、日常の中で結構怒ってると思うけど。
「安心して。そこらへんに落ちてるやつを使っただけだから。盗んだりはしてない」
妹はあきれたように腕を下ろしながら、そう発言する。
まあそんなことだろうとは思ったけど、衛生面とかそこら辺のこと考えると全然安心はできないよね。
むしろ不安しかないよね。
なんでそんな衛生的に不安になるものに海水を注いで、実兄にかぶせたの?
「ちょっと貸して」
若干警戒の色を見せた妹からほとんど強引にバケツを受け取ると、ゆっくりとその場にしゃがみバケツの中に海水を汲む。
きっと妹は何をされるか察しているだろうし、ここからは時間との勝負だ。
俺は素早く立ち上がると同時に汲んだばかりの海水を妹に向けて、ぶちまける。
「あまいねえ」
しかし次の瞬間、水の衝撃が訪れたのは俺の方だった。
顔面に思いっきり海水を浴びてより一層濡れる。
何が起こったのか全く理解ができない。
目に染みてくる海水をなんとかぬぐい取り、妹の方に目を向けるとなぜか彼女の手には再びバケツが握られていた。
慌てて俺の手元を確認するが、俺が奪ったバケツが奪い返されたわけではない。
しっかりと俺の手にもバケツはまだある。
「いやー、ここら辺いっぱいバケツが捨ててあるんだよね。一つだと思ったのが間違いだったね」
ということは背後とかに隠していたというわけか。
でも俺も間違いなく妹に向かって水をぶちまけているわけだから、ちょっとくらい濡れてもいいものだが、妹は全く濡れている様子はない。
それどころか実に涼しげな表情をして、水を滴らせている俺の方を見下しているようにすら見える。
俺は涼しさを超えて寒くなっているというのに、ほんとに腹立つ。
「さと兄は一生私に勝てないのよ」
ほう? 一生とな?
よかろう。そこまで言うのであれば俺も男だ。そして貴様の兄だ。
兄の威厳というものを見せつけてやろう。
覚悟しろ! 合戦じゃあ!
こうして俺と妹の第一次バケツ合戦が開幕した。
そんな中レイは海と戯れることに飽きたのか、砂浜の方に戻ってしゃがみこんで何かをしていた。
すまんレイかまってやれなくて! でも今は一世一代の大戦!
兄の威厳を取り戻すためにこの勝負負けるわけにはいかないんだ!