111話 だいたい何かしらイベントが発生すると、いろんなところでいろんなことが起きるからカオスになる。
「海だー!!」
あれ、今のセリフさっきも聞いたような気がするけどなんかループしてる?
まあ叫んだ妹さんは全速力で俺たちを置き去りにして海へと猛ダッシュしてるけど。
確かに海を見てテンション上がるのはわかるけどさ。頼むからそのまま飛び込んだりしないでね。
今の時期は普通に遊泳禁止だから。
どこぞの映画みたいに突然海から飛び出してきたサメに喰われても、俺助けられないからね?
ま妹もそこまで馬鹿だったわけではないらしく、靴と靴下をその場に置き去りにするレベルにとどまり、そのまま海にダイブすることはなかった。
何がうれしくて妹が落としていった靴と靴下を拾い集めなきゃいけないんだよ。
別に血のつながった兄妹なんだから、ここからシンデレラストーリーが始まるわけでもないしね。
レイも妹の声ですっかり目が覚めたのか、さっきまで歩きながらうつらうつらとしていたのにすっかりと元気になって、砂の上を踏みしめている。
確かにレイにとっても海に来るのは初めてだもんな。
砂の感触が新鮮なのか、地面をじっと見つめがら何度も何度もその場で足踏みをしている。
いやあ可愛い。一生見てられる。
俺はレイから近すぎず遠すぎずの距離を保ちながら、砂で遊んでいるレイの姿をじっと見つめる。
もう妹のこととかどうでもいいくらいレイが可愛い。
こんなレイの姿が見れたから、海を提案してきたそこだけは妹に感謝だな。
レイは足踏みをしながらゆっくりとしたスピードで海の方へと向かっていく。
俺はその後ろを保護者のような視線を向けながら後をつけていた。
いや後をつけていたっていうのは人聞きが悪いな。
俺はレイを見守っているのだ。
そう、レイが万が一にも転んでしまわないように、たとえ転んだとしてもすぐにフォローができるように、しっかりと見守っているのだ。
断じて後をつけているわけではない。
誰に向けてかわからない言い訳を考えながら海の方へと目を向ける。
いやあ晴れてよかった。
やっぱりだいぶ気温も下がっているからか、肌に触れる空気はちょっと寒いくらいだけど、それを日の光がいい感じに緩和してくれている。
それに波があれているということもないから、水面が光っていい感じの景色に見える。
「ばかやろーー!!」
なんかどっかの誰かの叫び声でそんな情緒豊かな景色も台無しになってる気がするけど、他人の振りしとこ。
ていうかあいついったいどこまで行ってんだよ。
声がした方に目を向けても妹の姿は豆粒ほどにしか見えない。
かろうじて姿が見えるといったくらいだ。
どれだけテンション上がって走り回ったのか。
昔から体力お化けだと思っていたが、それはいまだに健在だったようだ。
それにそんなに離れてるのにこんなにしっかりあいつの声が聞こえるって、どれだけ大声で叫んでるんだよ。
なんか嫌なことでもあったのか?
まあそうじゃなきゃ俺のところに来るはずもないけど。
「お前らのことなんてどうでもいいわーー!!」
また叫んでる。
相当うっぷんがたまっていたんだろう。
それを全く関係ない海にぶつけるのもどうかと思うけど。
海を泥沼な人間関係に巻き込むのはやめてあげて!
今の純粋なままのきらきらしたままの海でいさせてあげて!
俺人間関係に疲れてメンヘラ化している海なんて見たくないよ!
「私はわたしだーー!!」
なんか哲学っぽいこと言い始めたんだけど。
私とはいったい何者なのか。
「自由だーー!!」
今のお前ほど自由なやつはいねえよ。
海に来て周りの釣り人とか俺のこととか一切関係なく大声で叫んでるお前ほど自由な奴はほかにいないから。
宣言しなくてもわかってるから。
頼むからこれ以上恥をさらさないでほしい。
「ばかやろーー!! ぎゃー!!」
それは一回聞いたぞ。
ネタ切れか?
というか海に反撃されてんじゃん。しっかり波に足すくわれて転んでんじゃん。
そりゃ海も自分全く関係ないのに、知らない人間から突然ディスられだしたら怒りたくもなるよ。
これに関しては妹が全面的に悪いからね。
ほんとうちの身内がご迷惑おかけしております。すいません。
せめてもの誠意の証として海に向かってお辞儀でもしておこう。
そのあとも妹は周りの目を一切気にすることなく、ひたすらに海に向かって罵倒を続けていた。
そろそろ通報されないか心配になってきたけど、巻き込まれるのは嫌だしひたすらに他人の振りをしておこう。
そもそもこれがしたくて海に来たかったの?
海にいったい何のうらみがあるのさ。
わざわざ罵倒するために海に足を運ぶ人ってなかなかいないと思うけど。
「さとる!」
聞きなれていたはずなのに、懐かしくも思える久方ぶりの俺の名を呼ぶ声に即座に反応する。
いった。首ひねった。
しかししっかりと俺の名前を呼んできたレイの方に顔を向けることに成功した俺。
レイのためなら首の一つや二つくれてやらあ。
俺の名前を呼んでくれたレイはおびえたような表情でこちらへと走ってきていた。
「襲われる!」
レイは海の方を指さしながらまっすぐと俺の方へと駆けてくる。
おい海!! うちの可愛い幽霊に何してくれとんじゃ!!
条件反射でレイが指さした方向をにらみつけた直後、謎の衝撃が体全体にのしかかり俺はそのままバランスを崩して、砂浜の上に大の字で寝転がった。
あれ、久しぶりのコミュニケーションで加減がわからなくなったのかな?
なぜか俺がレイに襲われてるんですけど。